お腹も心も満たされて
好きな人に、自分の好きの形のままでいてほしいと思った事はありませんでしょうか。
愛情を確かめ合うなかで、それまで自分が想像していたその人物像ではない部分を見て自分が好きだった人のままでいてほしい、という現実と理解の妥協点を探す際についつい相手へ行動の制限をかけて束縛してしまいたくなる、そんな気持ち。
わたくし黒兼白子は束縛するタイプの女ではないので、相手への理解を深めてより親密な関係へ発展させていきたい。そう思っていたのですが、自分の性分を少し見直して、自分自身の理解をまず深めるべきなのかもしれないと考えるようになった次第でございます。
いくら今現在の自分の体質を最大限に活かしたスマートなやり方だったとは言っても、年端もいかない少女の心を自分の都合の良いようにしたのは流石に状況が状況であったとしてもほめられたものではない。
しかし自分の中の倫理観とはうらはらに、強気な女を絶望させて無抵抗にさせて首輪をはめるに等しい行いは、駆け巡る電流のように背筋を震えさせ下腹部が疼いてたまらなかった。
メスガキの理解らせは素晴らしい。心ではなく魂で理解した。
「で、何故勇者が生きてるのだ。
我は命じたはずだぞ。討滅せよ、と」
少女を連れて魔王さまの前に戻ると魔王さまはそれはもう不機嫌でした。
本来殺さねばならない勇者さんを生かしたまま主の元に戻ってきた。それはさながら不審者を尻尾を振って招き入れた番犬に同じ。
「魔王さま。これにはちゃんとした理由があります。わたしが理由も無くこんなことするはずありません」
「なら何だ。貴様は情欲を向ける相手にその小娘を選んだとでも?」
いや、そんなことしていいはずが無いでしょう魔王さま。
「その手があった!!」
失礼しました、本音と建前が入れ替わってしまいました。
「魔王さま、わたしはこの娘に料理当番をして頂こうと思います。
不本意ながら、わたしの調理では魔王さまのお口に合うに足る手料理にはなりません」
「ああ、二度と厨房に入るな」
「ですので、代わりとして彼女に厨房を任せて魔王さまのお食事を作って頂こうと思い調略いたしました。
そもそもこの城にはわたし以外の使用人が見当たりませんし、この機会に使役するってのも悪くないんじゃないでしょうか」
事実この城の中で一度もメイドやバトラーを見かけてないのだ。
廊下の床や窓は埃で汚れてクモの巣まで張っている始末。どう言い繕っても掃除が行き届いてないことは明白。ゴミが散乱してないのだけが救いか。
「使用人か・・・」
魔王さまは俯き、唇を指でなぞりながら目を細めて少し考えたのち、こちらをチラリと目をやるとまた少し考えてからようやく口を開いた。
「・・・なら、我を満足させられる料理を振る舞ってみせよ。出来ぬようなら命は無いと思え」
魔王さまの寛容な心遣いに思わず心をピョコビョコと弾ませ今にもその細い腰に喜び余ってと抱き付いてみたい、という衝動を抑えながら隣の少女の形を寄せて「もちろんです!」と答えた。
とうの少女はビクビクしながら今にも泣き出し崩れそうな表情で青ざめていた。
★調理開始☆
とは言ったものの、いきなりこの娘に料理が出来るのかは甚だ疑問であった。
先述した通り年端もいかず、それまで大魔法使いになるため励んでいた子供から杖を取り上げてコック帽をかぶせてキチンと料理が出来るのか、わたしは不安だった。
「ねえ、君は料理をしたことがあるかな?」
「家の手伝いの範囲でならやったことあるわ。
けれど、その程度で魔王を満足させるなんて、ムリよ・・・・・・きっと・・・きっと作った料理を投げられて、アタシが頭からかじられて食べられちゃうんだ・・・うぅ、ヤだよぉ・・・」
始まる前から既に諦めムード。ううむ、これではいけない。
わたしが彼女の料理の腕前を危惧している場合ではない。年上のわたしが彼女を励ましてあげずにどうする。わたしが彼女を信じなくてどうする。
この城に攻め込んで来たときで分かるように自信家だ。この娘はちゃんと実績を重ねてある程度自信過剰にならないくらいに調教してあげればきっと素晴らしい人材になる。
調子に乗らないよう手綱をしっかりと握ってあげて、料理長として魔王城の食卓を彩る使用人にするんだ。
「大丈夫だよ。安心して。君ならきっと上手く出来るよ。お手伝いして覚えた知識は無駄じゃないよ」
「う、上手く出来るかな。アタシ、上手くお料理やれるかな・・・?」
「やれるさ。君はわたしの料理長なんだから」
不安げに憂いを帯びて未来を儚む少女の背中をそっと押して厨房へ送り出した。
本当に大丈夫なんだよ。なにせ、料理が生き返って動き出さない限りは魔王さまのなかの最低ラインを割ることはないのだから、それだけは安心してほしい。
君はここから自信を付けていくんだ。
やがて厨房の中からは包丁の音やフライパンで炒める音、何かをかき混ぜる音がしはじめ次第に香ばしい香りが立ち込めた。
それは今朝わたしが作ったどの料理から発生するにおいや蠢く音とは違う、ちゃんと調理されて出来上がった料理の香り。間違いなく彼女の料理は魔王さまのお腹を満足させることだろう。
生前、夕方の台所の向こうから漂うよだれを誘う美味しそうなにおいで夕飯を待ち焦がれていたことを思い出して、少ししんみりする。
これから彼女が料理の腕をどれだけ上げて、わたしがそれをほめてあげたとしても、わたしはそれを食べてあげられない。味わうことが出来ない。彼女の成長を舌で感じることが出来ない。彼女の育っていく美味しさを、わたしは見ていることしか出来ない。
「あーあ・・・・・・生きてたら良かったなぁ」
厨房前の廊下で一人、リズミカルに聞こえてくる彼女の料理の音を聞きながら、わたしは壁に寄りかかって小さく呟いた。
★実食☆
魔王さまの前に並んだ皿の上の品々はどれもありふれた一般的な料理ばかりであった。
しかしそのどれもが一般的である限り、それがわたしの料理を下回ることはない。
結果は明白。魔王さまは最初こそ恐る恐る口に運んでた手はすぐに次の料理へと伸びて、まともな食べ物にありつける幸福を噛み締めるように味わって完食した。
その食事の姿は少女にも影響を与えており、確かな手応えと自信になった。
「うーむ、我は満足だ。
おい小娘よ。これからも生きたければ毎日三食料理を作るのだ。驕ることなく研鑽に努めよ」
「いやー本当にちゃんとした料理だ。ねぇ、どうやって作ったの?」
「アタシはただ、置いてあった手帳に書かれていた通りに作っただけ・・・でも、よろこんでもらえて・・・良かった」
少女は小さく照れくさそうに笑った。
その向こうで魔王さまは「手帳・・・?アレのことか」と小さく呟いていた。
ともかく。これで元焔の勇者さんはわたしの使役する魔王城のコックとして生きていける事になりました。めでたしめでたし。
★完食☆
食事を終えて食器を洗い流したあと、少女がわたしに近付いて来た。
手を後ろに回して恥ずかしそうにモジモジしていた彼女はやがて意を決したように口を開いた。
「あの、さっきはアタシのこと励ましてくれて、アリガト・・・・・・怖くて包丁も握れるか不安だったのに、平気だったよ」
あら~ちゃんとお礼言えて偉いねぇ!包丁持てないくらい怖くて震えてたのかい?小動物みがあって本当に可愛くて可愛くて食べちゃいたいくらいだよフヒヒ。
わたしにそんなに助けられたなら、これからもわたしが君にいろいろ仕込んであげなくっちゃねぇ。
わたしは少女の耳元に顔を近付けて、精神に直接干渉する声で囁いた。
「偉いね。やれば出来る娘なんだね君は。すごいね、可愛いね、頑張ったね。
これからも魔王さまのために頑張ろうね。そしたらわたしが君を愛してあげるから」
催眠音声。蠱惑の囁きで彼女の耳から脳に直接幸福感を与えて刺激し、わたしの虜にする。
少女は背筋をフルフルと震えさせ小さく息を漏らすとトロりと目を細めて、恍惚とした表情で呼吸を小さく乱した。
その様子を愛おしく感じたわたしは彼女の頭を撫でてあげる。
これでこの娘はわたしのモノ。
反抗意識を潰した際に親類への承認欲求も封じたために、彼女は今わたしの言葉だけが彼女をの心を癒し満たし幸せに出来る。
最古の絵巻の主人公もお気に入りの少女を自分好みに育てようとしたのだ。わたしもそれに習い、彼女をわたしの好きな、わたしのことを好きな女に育てあげる。
「う、うん・・・がんばる。一生懸命やるから、もっとアタシを愛してください・・・」
「うん。君をちゃんと見てるからね」
「だから・・・だから」
少女はわたしの頭を撫でる手を取り頬に動かすと、上目遣いで消え入りそうな声で言った。
「アタシのことリタって、名前で呼んでください。お姉ちゃん・・・」
フヒヒ、良いよ♡
わたしは歪んだ笑顔で彼女に笑みを返した。
★終劇☆
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