その心に触れられたなら
揺れる振り子、刻む秒針。大きなアンティークの時計がチクタクチクタクと時を重ねて頂点を指し示し、どこからかゴォンゴォンと金の音が聞こえてくる。
魔王さまから貸し与えられた豪華な部屋のど真ん中。火照りの鎮まらない体をベッドに横たわらせ華やかな天蓋を無心で見上げ、外から響いてくる夜鐘が耳の穴を右から左へ通り抜ける様子はさながら賢者タイム。
しかしながら心ここに在らずと言わんばかりの放心っぷりを見せるわたくし黒兼白子はヤることヤってこうなっているのではないのです。
魔王さまを落としにかかった時は、雪のような白い顔を真っ赤に紅葉させ、もうあと一歩というところでフイと顔をそらされてしまった。
『ま、待て・・・まだ貴様をそういう目では、見れない・・・』
イケる雰囲気だったじゃん?何でもって言ったじゃんか。
拒否された?えっ、あの感じ、もう次の瞬間にはお互い裸になってベッドインして朝チュンコースでそのままランデブーじゃないの?順序が逆?それはそうだけれども。
「なかなかこれは、心にくるものがあるなぁ」
鼻の奥がツンとする。女の子に拒否られただけでこんなにもガツンとメンタルをやられるなんて、今まで生きてきて一度もなかった。まあもう死んでるんですが。
彼女にフラれた男の子の気持ちってこんななのかな~。あーー確かにこれは病む病む。それに魔王さまには怖い思いさせちゃったかな・・・あんないきなり迫られたらびっくりしちゃうよね。
相手への好きがデカイほど胸が締め付けられるように苦しくてたまらない。今にも吐き出しそう。
この気持ちのまま明日も魔王さまに会って、はたしてわたしの心は平静を保てるのだろうか。
あ~もう。時よ戻れ!調子に乗ってバカなこと言う前のわたしに戻れ!!
★翌朝☆
あ~~ウソウソウソ、ぜんっぜん大丈夫でした。一目見てメンタル全快目の保養百薬の長。
天窓から差し込む光に照らされた黒髪に浮かぶ天使の輪もおみ足を大胆に晒して組んだ足も、見えそうで見えないスカートの中も。
そしてなにより顔が良い。朝からわたしの魔王さまのご尊顔最高すぎるだろ。
さっきまでの憂鬱も一気に吹き飛んでドキドキムラムラと興奮する。これはもう見る媚薬。
「おはよう。昨晩はよく眠れたか」
声のトーンも嫌そうな感じはない。よかった、心配していたのは杞憂だったみたい。
「はい、それはもう。・・・本当は朝まで寝ないはずだったのですが」
「うん?聞き取れんかったぞ。
もしや、部屋のベッドの寝心地が悪かったか?枕が変わって眠れなかったか?」
「いえいえそんな、もうバッチリグッスリですよ。魔王さまの夢を見て安心安眠です」
あなたさまの事を想いながら眠りについたのは何一つ間違ってません。
朝起きて、あなたの顔を見れるだけで小さな悩みなんて消し飛び小躍りするくらい心がけ跳ねますよ。
魔王さまにとってのわたしもそういう存在でありたいものです。
「さて、そろそろ朝食を食べたいところなのだが。いつまでそうして突っ立っているのだ?」
おや、確かに朝ごはんがまだでしたか。霊体なのでお腹が空かないせいですっかり忘れていました。
「んーと、もしかしてなんですけどぉ・・・それもわたしの仕事ですか?」
「他に誰がやるのだ。ほれ、早くとりかかるのだ」
それならおまかせ白子クッキングのお時間ですよ。
実はいつでも養ってもらえるようにオリジナル創作料理の研究を欠かした日はなく、それがこうして実を結ぶ日が来た。愛した人の胃袋を掴む事は円満の秘訣。費やした時間も流した食材達も、全ての努力は無駄ではなかったのだと。
★実食☆
「マッッズイ!なんだこれはァ!!」
魔王さまは前掛けをテーブルに叩き付けた。
「あれ?!お気に召しませんでしたかわたしの創作料理」
「料理?!貴様これを料理と申したか!?味見しなくてもいいから、この皿の上に乗ったブツを見てみろ!
動いてるではないか!!!」
「はい!食材を新鮮なまま魔王さまの胃袋へ届けようと」
「生きてるって言ってるのがわからんのか!!?
調理した食材が息を吹き返してるというか別のモンスターになってるだろう?!なぜ野菜を挟んだパンが跳ねてる!!?」
「食材も魔王さまに食べられる喜びに震えてるのです。口内が天国だと」
「テーブルの上が地獄だからだなァ!?」
★食事終了☆
あのあと魔王さまは厨房の食材をそのままかじっていた。
さすがのわたしも、魔王さまのその姿を見たら自分の料理で満足させられない事に気付いた。
これまで培った知識や努力も舵の振り方を間違えればそれは自分のためにならない。むしろ今回のようなケースに及ぶこともある。
わたしでは魔王さまの胃袋を満足させられない。認めなければいけない。わたしの料理の未熟さを。
それでもいつか、魔王さまのお腹を満足させるためにわたしは修練を怠らないのだ。わたしは諦めない!!!
意思を固めたわたしの耳にズドン!!!という大きな物音が突然響き、ふらつくような衝撃が走った。
『勇者襲来!勇者襲来!外で魔法をバカみたいに放つ勇者が現れた!
我が従者よ、至急侵入した勇者を討滅せよ!』
魔王さま?!脳内に直接語りかけてこれるのですか!!
と言うか朝から攻めてくる勇者さん元気すぎるでしょ。すこし遅刻するくらいで良いのにご苦労様ですね。
しかたなくわたしは魔王さまのナビゲーションのもと、城内に侵入した勇者さんを探すのでした。
★勇者到来☆
玄関まで出向くと、そこには小さな人影がありました。
背丈はわたしの胸元くらいでしょうか。髪は短く全体的にオーバーサイズの魔法使い風の装いを身に包む小学生と見間違うほど小さな勇者さんは、その背丈に見合わないほど大きな木製の杖を手に持ち、こちらの出迎えを待っていたような素振りで立っていました。
「ようやくお出ましね魔王手下!このアタシ、焔の勇者が来たからにはお前なんか黒こげにして魔王と仲良く炙ってくてやるわ!!」
魔女っ娘だーーー!しかも生意気なメスガキちゃん!自信満々で可愛いねぇ!異名に焔なんて付けてもらえてよっぽど嬉しかったんだね!
「ごきげんよう小さな勇者さん。魔法使いの勇者さんもいるんだね。(てか勇者って何人も居るんだ・・・)
お部屋の中で火を起こしたら火事になって危ないからお外で遊びましょうね」
可愛い勇者さんはツンとつり上がった大きな目をキョトンとさせて瞬き。そして次の瞬間には眉間にぐぐっと皺が寄って怒りだす。
「アタシを子供だと思ってバカにすんな!
魔法学校の先生を超える才能で皆より強くて、町のみんなから褒められて!パパとママに将来有望な大魔法使いになるって期待されてるんだから!!
くらいなさい!アタシのとっておきの上級魔法、フレイムテンペストッ!!!」
外見に見合わず魔法を呪文を唱えないでいきなり放ってきた。もしかしてこの世界ってフニャフニャと唱える必要ないのかな?
あーでもでもこれは危ない!部屋のなかが燃えてしまう!火事になってしまう!
やめてよわたしと魔王さまの愛の巣窟燃やすのは!許さん!!!!!
「はいはいすごいすごーい。すごいのは分かったからその魔法止めてね?お城敷燃えちゃうから。お姉ちゃんの言うこと、ちゃんと聞けるかなー?」
勇者さんの魔法の中をスイーっと進んで彼女の手をがっしりと握る。
やはり意識したら魔王さま以外の肉体にも触れること出来るんだ。
「・・・えっ?な、なんで?なんで魔法が効かないの?!
つ、冷たい?!やっ、イヤ!触んないで!!」
そして昨日の勇者さんを倒した感覚。心臓をニギニギするのは思い出すとちょっとキモい。
けれど、これで少しわかった。
どうやらわたしの体は物理も魔法も通り抜けて効かないし、そして触れた命や精神に干渉出来るみたい。
わたしは彼女の望む通り手を握ったまま離してあげた。腕の魂を。
すると勇者さんの両腕はストンと力を失い、自慢げに握っていた杖を床に落とすとブラブラとだらしなく揺れた。
「あ・・・えっ・・・アタシの腕・・・。
アタシの、なんで・・・動かな・・・い・・・」
「触られてイヤだったみたいだから離してあげたんだよ?」
勇者さんは呆然とした表情のまま尻餅をついてしまい、スカートの中のモコモコとした愛らしいドロワーズが覗いた。
勇者さんの可愛いほっぺは引き攣り次第にその表情を青ざめさせる。
腕が使えず上手く立ち上がれない体は何度も倒れ、転がるように玄関の扉の前まで行き、お猿さんのような声を発しながら頬を付けて扉を押し開けようとする。
「イヤァァァッ!やだっ、ヤだァァ!死にたくないっ。死にたくなィィ!
パパ、ママ、助けてぇ!!先生、お兄ちゃん!!誰か、誰かぁ!!!」
ドアノブをキチンと回さないと開かない扉に何度も体を打ち付けながら勇者さんは半狂乱に泣き叫ぶ。
ありゃりゃ。ここまで怯えさせるつもりはなかったんだ、本当だよゴメンねぇ。
でもね。勇者さんが室内放火したり言うことを聞いてくれないから、わたしもつい手を出してしまっただけなんだけど、これではDV彼氏みたいじゃない。
優しい親や友達や先生に、天賦の才能に恵まれてちょっと舞い上がってしまっただけだよね。わかるなぁ。わたしもこの最高の顔面で産んでくれたお母さんに感謝してるし自分が可愛いもん。
大切な杖を置いて、逃げられもしないのにお漏らししながら必死に逃げようとする、その恐怖でクシャクシャに泣き腫らした顔も可愛いよ。
こんな愛らしい花を刈るのはあまりにも惜しい。
そうだ、とポンと手を叩いたわたしは勇者さまの肩を掴み振り向かせて顔を近付け、キチンと目を合わせて彼女に提案した。
「ちょっと待って、勇者さん。そんなに死ぬのが怖いなら、お姉ちゃんのために料理係りとしてここで働いてくれないかな?」
「はっ、はっ、・・・は・・・?」
「魔王さまにご飯作ってあげたいんだけれど、わたしの作る料理はダメみたいなの。
だから勇者さんが代わりに作ってくれないかな?」
「な、な・・・に?何を言ってるの?!イヤよ魔王に仕えるなんて!!」
勇者さんの目の前に抜き取った腕の魂を見せ付ける。
「これ、無いと困るよね?
おうちには帰してあげないけれど、腕は返してあげるからさ。ね?
魔王さまじゃなくお姉ちゃんに仕えるならいいでしょ?もうこれ以上お姉ちゃんに勇者さんを壊させないで。おねがい」
そこまで言うと勇者さんは、震えて上手く噛み合わない歯をガチガチと鳴らしながらコクリコクリと頷いてくれた。
わたしはニコリと笑いかけてあげると腕に魂を戻してあげて、彼女の胸を指先でなぞった。
「精神隷属」
触れた指先から勇者さんだった少女の反抗心が抜け出ていく。やっぱ霊体ってこういう事出来るんだね。そのうち取り憑いて体を乗っ取ったりも出来るかも。
自分の心とは裏腹に反抗の意思が抜け落ちてしまい、放心状態少女の頬を愛でるように撫でて優しく迎え入れてあげるのだった。
★WINNER 白子☆