罰
母は小学校の頃に亡くなった。病気にかかりあっという間に死んでしまった。
突然のことに心の整理もつかないまま幼いわたしは泣きじゃくった。父も同じように、わたしに隠れて涙を流していた。
それから数年後、父は再婚相手が出来た。父の悲しみを理解していたわたしは、少しでも父を立ち直らせられるのなら、と再婚には肯定的であった。
再婚相手は父によく尽くす女性だった。
仕事で忙しく心労の絶えない父を献身的に支えて仲は良好だった。ただわたしを除いては。
再婚相手の女性は父の前では良き母の顔をし、父の居ないところでわたしへ向ける目は冷ややかなものだった。
父の前以外ではまともに話したこともなく、家という空間に異物が出来たようで、逃げるように部屋に籠っていても聞こえてくる継母の声が苦痛でしかたがなかった。
家に居たくないと思ったわたしは必然的に外にコミュニティを求めるようになった。
学校の同級生や部活仲間、他校の同世代に顔も本名も知らないSNS上の知り合い。なんでもよかった。ただ刹那的でも自分の寂しさが紛れるなら。
浅く広い交遊関係は、時にはヤバイ奴とも知り合うことあり飽きることがない。そしてそういった交遊関係を気にかけてくれる人も引っ掛けられた。
思春期に入り反抗期真っ盛りにもなれば家に帰ることも少なくなり、友人宅を泊まり歩くことも多くなった。
その頃から自分の中の憧れには素敵な異性像と同時に、知り合った女の子達同姓への欲求を持つようにもなっていた。
しかしそこまで深い関係になることはなく、遊んで寝泊まりさせてもらう程度の仲でそれ以上発展させられず、こちらから踏み込む勇気さえ無かった故に一度としてその柔肌を堪能することはなかった。
そんな生活を続け次第に父との距離感も掴めなくなっていき、再婚相手との間に弟が出来ると父の関心もわたしから離れていった。
誰とも深く関われず、血の繋がりのある家族との絆も蔑ろにして死んだわたしが、死んでから多くの人に弔われるのを見て、わたしは受け入れられなかった。
生前のわたしにそんなに情を抱いていた人が居たか?泣くほど親しい間柄だったか?そんなわけないだろう。それなら生きている時にもっと心を通わせられただろ。
おまえたちならこんな時でもスマホいじってるはずだろ。このあとの話でもしてるはずだろ。なんなら喪服自撮り撮ってるだろ。どいつもこいつも辛気臭い顔して。
それよりなによりわたしの棺に泣きすがるあの女が許せない。ふざけんな、お前の涙でわたしの最期のベッドを濡らすんじゃねえ。
段々と怒りのボルテージが上がってきた。この勇者はなんにもわかってない。心の浅いところしか覗いていない。
「あの継母がわたしの死を悲しむなんて、ちゃんちゃら可笑しな話ですよ。血の繋がらない子供を自分の子同然に愛せる人間じゃありませんでした。
父さんだってそう。わたしになんの相談も無しに女連れてきて、今日からこの人が新しいママだよ~な人だ。娘への関心なんて外面だけ取り繕ったものですよ。
友人達も・・・てか、あなたスマホ知りませんもんね。現代人のスマホへの依存率も知らないからあんな光景作れるんですよ。そこらじゅうスマホまみれですよ」
「す・・・すまほ?!」
意識が少しずつ現実に戻ってきて、わたしは顔に添えられた手を握り締める。
ギリギリと締め上げられテレサはたまらず声を出し後ろに下がろうとするが、わたしはそれを許さなかった。
目の前の世界が元に戻り、雨のざあざあと降る音が耳に戻ってきて、全身が指先ひとつ動かせないほど脱力感にみまわれていた体に力がみなぎる。
想定外のことに目の前で気味の悪い笑みを浮かべていたテレサの顔も今では焦りと困惑の表情。やっぱり勇者さんっていうのは自分の力に絶対的な信頼と自信を持ってるものなんですねぇ。ま、キレたわたしには通用しないんですが。
「バカな・・・消えかけのクセに、なんでここまでの力が!ありえない!」
「現実受け入れましょうよ勇者さん。あなたはわたしを怒らせたんです。ただそれだけのシンプルな答えなんですから」
「消滅しかけのあなたの、どこにこれほどまでの力があるって言うんです!
実体がなく、霊体として魔力だけの概念的存在なのに・・・!」
しかしテレサは瞬時にハッとした顔になると、またニィィと笑い顔を歪めた。
「・・・ハハッ、そうですよ、魔力です。体が無く魔力を生成出来ない消滅しかけのあなたが、そんなに力を使えばすぐに魔力切れ!あなたは本当に死を迎える!わたしは勝つ!!」
へえ。体がないと魔力をつくれなくって、魔力の塊みたいなわたしが魔力を使い続ければそのうち使いきって消えちゃうってことなんだ。なんだか電池で動いてるみたい。
そこでわたしもまたハッとした。
「・・・わたし、良いこと考えたんですよ。天才的なやつ」
「な、なにをこの期に及んで今さら!どのみちあなたはわたしに勝ったところで幾らもない余命!どうやったって、あなたが消えることは決定的なんですから!」
「発電機だよ」
「・・・は?」
テレサはまたすっとんきょうな声を上げながら、はじめて聞くであろう単語の意味を理解出来ないでいた。
「わたしが電池で動く幽霊なら、自家発電出来るバッテリーを内臓すれば万事解決じゃん。
わたしがわざわざ魔力を生成する必要だってなくなるし、これはイノベーションだよ。天才的革新だよ」
「なにを、言ってる・・・?ばってりー?じかはつでん?」
「あー、つまるところ」
いつまでも理解できないテレサにわたしは出来るだけわかりやすく説明しようと努力した。
出来るだけ簡単に、短い言葉で。
「あなたを食って腹ン中で使うんですよ」
説明を聞いたテレサは、顔の力が抜けたようにポカン、と口と目を開いて少ししたあと、その表情を青ざめさせて顔を引きつらせた。
その顔を見ながら空いた手を、さっきの光景を見せられた意趣返しのようにテレサの頭を鷲掴みにする。
テレサは足掻こうと暴れて、再びさっきと同じように怪しく光って攻撃してきたがわたしにはもう効かない。
目の前に最上級のご馳走を置いて失心なんてしてられないから。
「ギッ・・・!やめろ、やめろ!わたしを、この龍脈の、霊脈のっ・・・幽刻の勇者を食らうだなどと!」
「最高のメインディッシュじゃないですか。今からそれ、全部意味なくなりますけれどね」
「ぎぃぃぃッ!こんなことして、あなただってただで済むハズないでしょう!?
他人の作った魔力に染まって、自我を失うに決まってます!!」
「染まらないよ。愛があるから」
「愛!!?」
唐突な単語に動きを止めて困惑するテレサの体をグイッと引き寄せ、そのあまりにも魅惑的な魔力に舌なめずりをする。
「わたしを見付けてくれて、必要としてくれて、顔が最高に良くて可愛いわたしの魔王さまへの愛が、あなたの作った魔力ぜーんぶ染め上げてあげますから」
だから。
「ーーーいただきます」
引き寄せたステラを自分の体に押し付けて、モノを吸収するイメージをしながら彼女を自分の中に押し込めていく。
やったことないし、やれる確証もないけれど、やれると思えばやれるのがこの体で使ってきた力の数々。
けたたましい絶叫を上げながらわたしの一部になっていくテレサの頭を押さえ込み、その絶望に染まった顔に最後の言葉を送る。
「・・・あなたが何の罪もないわたしを殺したのがあなたの最大の罪。だからこうしてわたしのために食われることがあなたへの一番の罰。手前勝手で利己的なあなたの最後に相応しいと思いませんか?
・・・まあ、わたしのお腹の中に入ってハイ終わり、なわけありませんからね。これからたくさん魔力作って、わたしと魔王さまのラブストーリーのために役に立ってもらいますからね。これ、最高にあなたの尊厳破壊になりません?」
苦悶と苦痛の表情で悔しそうな声をあげながら、テレサはわたしの中にスッポリと収納された。
暴食したときのような腹の重さとかはなく、かわりに何か自分の中で温かいものが生まれて増えていくような、満たされた感覚に包まれた。
満足げにお腹をさすり、ふう、と息を吐いて勇者さんの食事を終えるのだった。
降り続く雨はいつの間にか土砂降りのような雨足になり、雨音が轟音のように周囲の音を掻き消しながら大地を濡らす。
わたしはその豪雨の中で手を広げ天を仰ぎ、薄れていた体が再び輪郭をクッキリとさせていくことへの喜びを噛み締めながら、自分の可能性と魔王さまとの日々を続けられるこの上ない幸せを抱き締める。
激しい雨音は全てわたしを祝福する喝采。わたしの勝利と便利な発電機の開発を祝した万雷の喝采。
魔王さまとの日々を守ったわたしへのファンファーレ。
★WINNER 白子☆




