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千の線  作者: 七海トモマル
118/151

華道の本

ハヤトはネネに気がつかず、

一心不乱といった感じで本を立ち読みしている。

ネネはそっと近づく。

気配を消している気分。

ハヤトは気がつかない。

ネネはそっとハヤトの立ち読みの本の、表紙を見る。

華道の本だ。

「あ」

ネネは間抜けた声を上げる。

さすがにハヤトも気がつくだろうと思ったが、

ネネには何の声も降ってこない。

そっと顔を見れば、何事もなかったかのように、

華道の本に没頭している。

何で華道の本に夢中になっているのとか、

何でネネに気がつかないのかとか、

ネネは思うところいろいろある。

だからそっと手を上げると、ハヤトの耳を引っ張った。

「うわ」

さすがにハヤトは気がついたらしい。

立ち読みしていた本を落としそうになる。

あわてて本を直すと、ハヤトはようやくネネを見た。

「友井」

「ようやく気がついた?」

「うん」

ハヤトはうなずいて、華道の本を棚に戻す。

「何でまた華道?」

ネネは直球を投げる気分になる。

ハヤトはいつものように、ぼそぼそと話し始めた。

「月曜日に友井を描くに当たって」

「なんでまた」

「んー」

ハヤトは言葉を選んでいるようだ。

「絵画に美しいってのは、山ほどあるんだ。印象派とか写実派とか」

「言葉だけは聞いたことある」

「うん。でも、華道で美しいって、どう表現すればいいかなと」

「それで読んでたわけ?」

「華道はすごいな。美しい形を伝統にしているよ」

「あたしはそこまで至ってないけどね」

「俺は絵画描くに当たって、いろいろ試してみるけど」

「うん」

「華道の美しさにも、触れてみたいと思うよ」

「そりゃよかった」

ネネはうんうんとうなずく。

ハヤトもうなずく。

「俺が思うに」

ハヤトはぼそぼそと話し出す。

「無駄なことってないと思う」

「そう思うの?」

「うん、華道の本を立ち読みすることも、俺には無駄にならないと思う」

「月曜にあたしを描くから?」

「形を得ることの、基礎みたいな物もある気がするんだ」

「基礎かぁ」

「礼儀とか、手順とか、洗練されたものが残されていくと思うんだ」

「茶道のほうが顕著かもね」

「うん、それでも友井がいる世界をのぞきたかったんだ」

「なるほどねぇ」

ネネはうなずく。

「友井はどうしてここに?」

「華道の本を立ち読みしようと思ったら、ハヤトがいた」

「あ、そうなんだ」

「そう」

ハヤトはだまる。

「あの」

ハヤトがボソッと言い出す。

「なに?」

「コーヒー飲みに行かないか?」

「いいよ。本は買わないの?」

「買うなって言われたんだ」

「なんでまた」

「俺の部屋、資料の本と画材でめちゃめちゃなんだ」

ネネは想像する。

めちゃめちゃの部屋。

資料の本が山になっていて、

画材が何かはわからないけれど、

油絵はにおうと、どこかで聞いた。

そんな部屋で絵を描くハヤト。

どこかの映画監督を連想した。

イメージの中に閉じこもり、やがて生まれる芸術。

「結構いいかもね」

ネネはなんとなしにそんな言葉を言っていた。

「いいのか?めちゃめちゃの部屋だぞ」

「ハヤトらしい」

「なんでだよ」

「らしいからしいんだよ」

「なんだよそれ」

「芸術に言葉は要らないよ」

ハヤトはだまってしまった。

「じゃ、コーヒー飲みに行こうか?」

ネネが促す。

ハヤトはうなずく。

ちょっとだけ残念そうに、華道の本の棚を見る。

「いつもここに来れるわけじゃないんだよな」

「じゃあ買っちゃえば?」

「うー」

ハヤトはうなり、考える。

家族に止められていることを優先すべきか、

自分が本を買うことを優先すべきか。

部屋はめちゃめちゃなんだろう。

そこにさらに本を置いて大丈夫か。

そんなことを多分考えているのだろうとネネは思う。

「買う」

ハヤトは棚から華道の本を引っ張り出すと、

レジに持っていった。

ネネは心の中で笑った。

衝動に負けてしまうあたり、ハヤトも普通なんだとネネは思った。

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