第1話 生きたい魔王
新作!
『生きたい魔王と逝きたい勇者』
学園中心の恋愛だったり現実ならではの戦いを書いていきたいです。
読んでくれてありがとうございます(*'ω'*)
びびりで心優しい魔王は、生きたい。
しかし突如現れた勇者によって、魔王は討伐されそうであった。亡き父の後を必死に守ってきた母親は、ある秘術によって娘を現代へと転移させた。
娘一人では生きていくことも出来ない。それを助ける為に一緒に世界を渡った執事が一人。
そして物語は異世界から現代へ……
「血が出たー!死ぬー!」
「軽く指切っただけです。魔王様。包丁一つ満足に使えないと生活できませんよ」
私は魔王……なんだけど、お母様によって飛んで来た世界は平和な日本と言う国家。自分のことは自分でやらなきゃいけないと言う、過酷で恐ろしい世界であると私は思う。
そして私は包丁によって指を切断しかけた。
「もうだめだ……死ぬ」
「指先を少し切ったくらいじゃ死にません」
「爺やは私に死ねと?こんな危ない武器を持たせて」
「これは武器ではありません。包丁と言って食材を美味しく調理する為の道具です」
「魔王の指を傷つける刃物よ?」
「それが嫌なら猫の手を忘れないか。魔力で指を覆って下さい」
「いや、この包丁の能力が凄すぎるのよ。私の肌を傷つけるとは、さも有名な名刀に違いないわ」
包丁を手にとり、太陽に翳して刃がギラリと光る。刃の厚さも均等だし刃先がかけたりガタガタだったりは一切ない。
「ホームセンターで1,980円でしたよ」
「……それは高いのかしら?」
「魔王様。この世界に来てだいぶ経ちます。そろそろ金銭感覚を養っていただかないと」
「爺やがいるから大丈夫でしょう」
「ふむ。それではこう言いましょう。板チョコ18枚は買えるくらいです」
「そんなに!?やはり名刀だったのね」
「リーズナブルだとお伝えしたかったのですが……教えるのは難しいですね」
爺やは何か悩んでいるみたい。何がそんなに考えることがあったかしら?まぁ言いわ。今はこの目の前の人参を切り刻んでやるわ!
「魔王様。ですから猫の手です」
「魔力で覆っているわ!」
「そっちは冗談で言ったんですけど」
―キン!
「爺やの言う通りね!さすがの名刀も私の魔力の前には無力だったって訳ね!あーはっはっは!」
「魔王様。それは外で使うのは禁じますからね?」
「分かっているわよ。人の前じゃ使わないわ。私の命がかかっているもの」
うっかり魔法を使って人族に見られてしまったら。きっと騒ぎになるし、目立った行動をとれば勇者はきっと気がつく。そして私の首を取りにくるはず。
「死にたくないよぉ〜……」
「この世界では武器の類を携帯してはいけない法律がありますから。そう簡単に手出しをしてきたりはしないと思いますが」
「それはこの世界に順応していた場合でしょう?知ってる?噂の勇者はいきなり魔王城へ突撃してきたのよ。行く前には行くって言うのが礼儀じゃないの?」
「人の家にお邪魔するのであればそうですが……」
「でしょ?アイツには常識なんてないのよ」
「魔王を討伐するのに事前にアポを取る者がいるのでしょうか……常識の面ではどっこいどっこいですね」
そうよ。いつ寝首を掻かれるか分かったもんじゃないわ。まぁ今家に入ってきたら、この名刀で勇者なんてひと突きよ。
「ふふふ……」
「包丁を持って微笑んではいけません。明らかに怪しい人すぎます」
「これは勇者を倒した時のことを考えてしまったからよ。見てなさい勇者!」
「魔王様。おそらく勇者に包丁は……」
「分かってるわよ。こんな名刀を持ち歩く訳にもいかないからね!」
「いやまぁそうなんですけど。もうそれでいいです」
溜息混じりで爺やが頭を抱えている。きっと爺やも不安なのね。
「爺やは私が守ってあげるわ!」
「…………不安です」
「大丈夫よ。私を誰だと思っているのよ!深淵の魔王なのよ!あーっはっは!」
「不安だ。何でこんな自信満々なんだ」
―グゥ……
「はは……爺や。お腹減った」
「やれやれ。今日は私がやりますから。魔王様はちゃんと見ていて下さい」
「ありがとう爺や!大好きよ」
「はは。全くこの子は……」
「爺や早く!早く食べたいわ!」
「お待ち下さい。カレーは煮込んで美味くなるんです」
「それは翌日の楽しみにして、今日は新鮮なカレーが食べたいわ」
「仕方がありませんね。ではご飯を洗ってもらってもいいですか?」
「任せて!」
まずは一歩ずつ。お米が炊けるとこからマスターしてもらいますか。私がいなくともお米が炊ければ、ふりかけやレトルトがありますからね。
「爺や〜石鹸どこ〜?」
「石鹸?手を洗うのであれば……」
「ん?お米を洗うのだけど」
「魔王様。お米を石鹸で洗ってはいけません」
「そうか!私ってうっかりしてたわ。洗うならこれよね!」
―パシ!
「魔王様。洗剤は食器を洗うものに御座います。お米は水のみで洗って下さい」
「え?綺麗に洗わないといけないんじゃないの?」
「そこまでせずとも大丈夫です」
「へーお米って意外に凄い食べ物なのね」
こんな小さな粒々が、あんなふっくらしたものに変わるなんて不思議。しかも洗うのに石鹸や洗剤もいらないなんて。お手軽な上に美味しいって、好んで食べる人族の気持ちがよく分かるわ。
「数ヶ月生活してみて、そろそろ料理をと思いましたが。まだ難しかったでしょうか」
「でも爺や。この世界には画期的な物があるじゃない。その名もカップ麺!水を温めて注ぐだけ!最強じゃない?」
「魔王様。そんな高カロリーなものばかり食べていますと太りますよ」
「っぐ!?そんな私は太ってなんて……」
「お腹……掴んでみましょうか?」
「現実を突きつけないで!あー運動しな…………ダメ。お腹空いて考えられない」
さっきから煮込んでいるカレー。いい匂いが部屋中に広がり、空腹の私には耐えることが出来るだろうか。
―ピンポーン
「おや?やっと届きましたか」
「爺や……カレー」
「煮込んでいるから触ってはいけませんよ。はーい、今出ます」
爺やが玄関に行った。この隙に少しくらい味見しても大丈夫よね!鍛え抜いた私の敏捷性出番よ!
「あ。つまみ食いしたら、カレー無しにしますから」
「はぅぅぅ!?」
「ほほ。魔王様の考えていることなんて分かりますよ」
そう言って爺やは玄関に向かっていった。
つまみ食いは過去に何度かやったことがあるんだけど。ご飯抜きって言われた。軽い冗談かと思ったら、本当に翌朝まで何も食べさせてもらえなかった。そして爺やが渡してきたのはペットボトルに入った水のみ。爺や曰く水さえ飲めば数日は生きていけるとか…………私は半日でも死にそうだった。
「そして今私は、死を目前にしているわ。生きたいよ〜」
「大丈夫です。4時間ご飯を食べずとも死にません」
「だって空腹にこの匂いは!HP10の村人が毒沼の中心に立っているようなものよ!」
「その例えはよく分かりませんが」
あーダメだ。お腹が空きすぎて、爺やの持っている段ボールが美味しそうなお肉に見えてきた。
「爺や……その段ボール」
「あーこれはですね」
「少しだけかじってもいい?」
「うへ!?ダメです。お腹壊すとかそう言う次元じゃないですよ!」
「爺やぁ〜」
「あーもう分かりました。福神漬けを少しあげますから」
「神!?」
―ボリボリ
甘くそして少し塩っぱい。あー空腹の胃にしみるわ〜
「それでそれは?」
「食べちゃダメですよ?」
「もう食べないわよ。中身よ中身」
「さっきの目は冗談に聞こえませんでしたけどね」
爺やったら私が段ボールを食べる訳がないじゃない。段ボールって元を辿れば紙で、言わば木でしょう?チョコレートみたいだなって昔かじって味は確認済み。美味しくなかったもの……もう食べないわ!
そしてが箱の中から出てきたのは……
「何その可愛いの」
「魔王様専用の包丁です」
「先が丸くて危なそうには見えないわね。でもこの刀は色がついているのね」
「刀ではありませんよ。子供よ……こほん。魔王様専用の包丁です」
「ふーん。でもあっちの名刀の方がカッコいいと思うのだけど」
「その子供よ……こほん。包丁は2,178円します」
「まさか!?これが板チョコ19個分!」
「その計算は早いんですね……」
まさか名刀を超えてくるとは。突きで刺せなくなったことで、刃の部分の強度を上げているのかもしれないわ。それに持ってみて思ったけど。このしっくり馴染む感じ!それに右でも左でもどちらでも握りやすい!
「名刀を超えた名刀が……」
「魔王様専用ですから」
「そうね!私に相応しい剣ね!いいわ!これからあなたをデュランダルと名づけるわ!」
「ぶふぅ!?」
「これで勇者が来ても大丈夫ね!」
「あ、魔王様。それも刃物ですから、持ち歩いてはいけませんからね」
「そんな!デュランダルを持ち運べないなんて!」
「ぶふぅ!?」
爺やがプルプルしてるわ。なんでかしら?
「あー……すいません。ちょっとツボに」
「ツボに?」
「それよりこれを見て下さい!」
大きめの箱から出てきたのは黒いヒラヒラしたスカートと服。
「何よこれ?布の服?防御力低そうね」
「ただの布の服ではありません。選ばれし者がしか着ることの許されない装備なんです」
「選ばれし……者?」
気がついたら私は、爺やに言われるがままにその装備を着た。
「軽いわね。手触りもいいし、このヒラヒラは可愛いわね」
「素晴らしい!さすがセーラー服!」
「何泣いてるのよ爺や。ちょっと気持ち悪いわよ」
「いえ……魔王様も大きくなられたなと思うと……ちょっと」
大きくね〜……背は爺やより大きくなったわね。爺やの視線に気づき足の下から胸あたりで止まる。
「あーここも最近うざったいのよね。母上も言っていたけど肩凝るし。でもこの装備をしていても苦しくないのね」
「それは完璧に採寸しましたから」
「ん?何か言った?」
「いえ。サイズちょうどで良かったと」
「そうね」
くるっと回ってみると、胸元の青いリボンとスカートがふわりと舞う。
「明日は始業式ですから。間に合って良かったです」
「ん?始業式?」
「もう4月ですからね。お友達出来るといいですね」
「ちょっと待って!何を言っているの?」
「何って?学校ですよ。魔王様は明日から高校に通っていただきます」
「学校?それって魔界にあった魔術学園?私は卒業したじゃない」
「いえ。あそこは魔術を習う場所で、魔王様が通うのは知識と教養を学ぶ場です。そして適度な運動をするからこそ太らない」
いやいや。この爺やは何を言っているの?私が学校?しかも明日って急すぎるじゃない。
「資料と見学には行きましたが、なかなか良い雰囲気の学校でしたよ」
「それって私が見なきゃ意味なくない?」
「前に誘いましたよ。でも『今いいとこだから行かない。全部任せるわ』と言われたではないですか」
「そんな適当なことを……」
「その時はあの漫画を読まれていた時期ですね」
爺やが指差した先には、一目惚れした恋愛漫画。絵がキラキラしていて、全国1位なんて肩書きで本屋に並んでいた。1番なんて気になるじゃない。
あの頃は本を1日中読んでいた記憶しかない。
「そんなこんなで、魔王様に全権を任されたので私が決めました」
よく分からないけど言った気がするな〜あの頃の私なら言いそうだ。
「そう言う訳で、魔王様は明日から女子高生ですよ」
ニコニコ言ってくる爺やが少し気持ちが悪かったけど。言ってしまったものは仕方がない。家でゴロゴロばっかりしていると太るし。たまには外で体を動かすのも良いかもしれないわね。
「仕方がないわね。この世界で生きる為の知識を学んでやろうじゃない!」
「頑張って下さい!」
知識と教養……どこの世界でも大切なものであるわね。しっかり学んで私はこの世界を生き抜いてやるわ!
魔王「爺や、始まったわね……私の物語が!」
爺や「魔王様だけの話ではないですけど」
魔王「細かい話はいいのよ!第1話が私の話!これはもうゆるがないわ!」
爺や「これはプロローグ的なものですから。そんな期待しても。それに私達……名前すら名乗ってませんよ」
魔王「……え?」