魔道具の修理依頼
「ぶんちょー、フォルテー」
そんな声が聞こえて、フォルテが声の主に手を振る。
「幼名が文鳥? 恥ずかしくない。つまんない」
「はい。エアちゃんのお仲間ですから恥ずかしくないです。幼名を呼ばれるのが恥ずかしいのですね。どうやら時間のようです。今日はお見舞いですので珈琲代は私が払いますね」
商品券を貰えるしね
「はい。今日はありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」
「えっと、素直です。様式美をしませんか?」
「そんな悪いです。自分が払います。そうですか。今日は甘えさせて頂きます。ほら、お友達が待ってますよ」
「私のセリフが入ってません。けど行きます」
さっき呼んでいた女性は、フォルテの友達だけど従姉妹だという美人さんの凛とした目に引き寄せられるように、まじまじと目を見ながら出口へと歩くと先に声を掛けられた。
「こんにちは。カサヲム白爵」
頭を下げ、胸章を確認。胸章の下は少し残念。頭を上げて挨拶を返す。
「初めましてラン白爵。この度の叙爵にお祝いを申し上げます」
「はい。ありがとうございます。フォルテちゃんは登録してきたら」
「でも並び始めています。最後で良いかしら」
「でも研修が始まる前に終わらない分は今日の研修後になるって聞いたわよ」
「それはいけません。行って参ります。カサヲム白爵、失礼いたします。エアちゃんもバイバイ」
『バイバイ』
「はい。今日はありがとうございました」
「カサヲムさん。この度は大変でしたね、お身体は大丈夫ですか?」
「はい。お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です。事故のことは知っているのですね」
「事件ですね。現場を視たのは私ですから、勿論です」
「過去視ですか、それは将来有望ですね。王家の益々の発展を確信し、小者の喜びを伝えます」
使うと思わなかった口上が怪しい。
「ありがとうございます。名残惜しいですが、わたしはそろそろ会場へ」
「はい。失礼します」
過去視と聞いて否定をしなかったな。なら本物の王族だ。過去視持ちなら優秀な捜査官に成れる。
王族は千人とか万人居るとか言われているけど、実際に活躍できる人はどのくらい居るんだろ?
人の資質が見えるとか良く分からない目で、王族に入る人もいたから、相当な人数には違いない。
さて帰るか。家を出ることを決めたから足も軽い。
「待って。カサヲム君」
道に出た途端に呼び止められた。まだ帰れないみたいだ。
「こんにちは。事務長」
呼び止めたのは白爵組合支部のナンバー2。ゆるい組織で苦労しているおじさまだ。中間管理職はどこも大変らしい。将来なりたくはないが敬意は持っている。
「君に依頼がある」
病院帰りだし、お腹がすいて仕事が出来ないと逃げようとしたが、食事につられ魔道具修理の依頼を受けた。
俺の魔眼は魔法が見える。魔力も見えるし、魔力を通してあれば魔道具内の魔法陣も見えるから修理は得意だ。でも、こういう依頼があると俺の目の秘密を知っている人は多いのかも知れない。
会場に戻るとずいぶんとなついたようで、エアちゃんはフォルテのところに行ってしまった。
戻ってきた庭のテーブルにはクロックムシュと珈琲が置いてある。事務長が自分で食べるつもりで頼んでいたらしいが、横取りさせてもらった。クロックムシュは外れもないし、うまそうで別メニューを頼む気にならなかった。事務長が依頼書を作成するのを見ながら食べ始めた。
おい部下は働いているのに何をしている。内心で事務長を叱っておく。
「でも登録魔道具が壊れるなんて、何をしたのですか?」
そもそも用法用途を守っていれば、魔道具なんて壊れやしない。
武具用の魔道具もあるぐらいだし、俺の魔法具なんて警棒兼用だからな。
「いやさ、今年から人数が増えたから古いのも持ってきてたんだ。そいつが二人目の登録途中で止まってな。よし。サインは修理が終わってからだ」
「今年から白爵位への叙爵が、追加で法律検定二級を取得するだけでも、もらえるようになったからですか?」
「ああ、昨年は一級にしてあまり増えなかったが、二級はゆるかったかも知れねぇ。俺も狙うかな」
白爵組合なのに事務局の人間はそれ以外の爵位ばかり、白爵位は民間人では最高位だし所得が多い人も多いから、組合専従をやりたがる人は政治家狙いだ。白爵位の人数が多くなり権力が集中して大丈夫かな?
でも事務長さん。白も黄も兵役が終わってれば公的権限は同じです。
依頼書を確認してから、登録魔道具を見せてもらうがデカイし古い。
実用品なのに凝った装飾なんて、意味分からん。
「中を確認します、うわ天然魔玉。人工魔石にするだけで動かないんですか?」
天然物は品質が安定しないしサイズもバラバラ、魔力補充は人が注ぐしかない、それも玉なんて見映えだけの趣味の品。
「サイズが合わないよ」
「そうですね、中型サイズを削るのも面倒ですし、魔力を注いで駄目だったら魔石では無いのか?」
魔玉を取り出し自分の魔法具を使って魔力を注ぐ。天然物らしいむらがあり減衰も激しい。でも直接の原因では無い。
登録魔道具に魔力を注ぐと魔法陣が見えてきた。魔道具用インクを使い、平面文字で書かれていて劣化がかなりみられる。
「保護魔法が掛けられてないから、インクの劣化が激しいです。これでは魔力が漏れますよ」
「それで? 早く使えるようにしたい」
「インクがあれば書き直せますが私は持っていません。アンティーク品を扱う店に持って行くのが確実。早いのだと改造する。思いつくのはこんなとこです」
「改造一択だろう。それで頼む」
「インクを使っているアンティークですよ。改造したら価値が無くなりますけど?」
「あのな。登録魔道具なんて売れないだろう。使ってこそ価値がある」
「ボケてました」
保護魔法すら掛けられていないオールドアンティークを扱うのは初めてだから興奮してた。そりゃ極秘集に入っている悪用可能品だもんね。解体を始めたが、後ろの会場では食事会が始まって、おいしいそうな匂いにつられ事務長は取りに行ってしまった。
でも一人の方が集中できる。
魔道具も、詠唱で呼び出す魔法陣も、頭に思い浮かべ展開する魔法陣にもあまり違いはない。魔法陣に魔力が通れば魔法が発現する。
同じ魔法を使うなら道具の方が魔法陣を維持できるし、魔法使いで無くても使える。
魔道具や魔法具は昔はこいつのようにインクで魔力の通り道を作ったが、今は魔法で刻むか焼き付けをして魔力の通り道〔魔道〕を作っている。
でもキャンバスは石板か、石に魔法陣を刻むのか。木なら一瞬なのになあ。魔法は見えるが魔法陣のキャンバスまでは見えないので仕方がないが、工賃を上げて欲しい。
時間が惜しいから魔法で一文字づつ刻んだらインクを落とす。刻んだら落とすを繰り返した。
集中してたら食事が終わっていて、みんなお茶を飲んでいる。エアちゃんを連れ帰ってきた事務長さんは交渉するまでも無く、技術料と工数分は乗せてくれた。とっても良い人だ。
「それで、どのくらいかかるんだ?」
「時間ですか? 石板ですから時間がかかります。2時間は欲しいです」
「研修後には使えるか。悪いがそれで」
「事務長さんは平面文字の辞書とか持っていませんよね? 劣化が酷く、ちょっと不明な箇所があるので確認したくて」
先人を悪く言いたくなくて誤魔化したが、これで良く稼働していると不思議に思うぐらい、字が汚くて読めない。
「わたしは持ってるよ」
「ラン白爵?お借りしたいです」
「少し待ってね」
さっきから後ろで見てたランさんが鞄からポケット辞書を取り出して渡してくる。
「終わりましたら、黄爵さんに渡して下さいね」
「責任を持って私が預かります」
「カサヲムさんは集中力が凄いですね。真剣な顔が素敵です」
「ありがとうございます。従姉妹さんの集中力もそこそこですよ」
近くの席でフォルテさんがミニケーキをおいしそうに食べている。
「はい。食べることは生きること。我が家は食べることに真剣です」
「本当に幸せそう、それではお借りします」
講義のため事務長さんとランさんが去って行き、俺は仕事を再開した。分かるところから進め、珈琲で一服したあとに、分からない所はワードパズルをするように辞書を見ながら埋めていく。
文章毎に区切り魔力を注ぐ。細かい補正を終えたら、一度組み立てて魔力を注ぎ調整。再度解体して最後に残していた魔力の入力の魔法陣を現代流に直し、人工魔石用カセットのソケットを俺の魔道具から外して取り付けた。
裸石も売っているが統一規格が出来て、昨年から新製品は魔石カセットに合うように既製品を使うことになっているが病院帰りで持っていないし。微細なゴミを取り除き、組み立てて完成。
時間は二時間を少し越えてしまった。
人工魔石を入れて稼働を確認したから、引き渡しをしたい。
確認するのに自分の身分証を書き換えたけど、事後報告でも良いだろ。
「エアちゃん。今どこにいるの?」
「ピッ」
俺の鞄に乗っていた。事務長さんと一緒なら連れてきてもらいたかったのに、でも使い魔なのに主人から気配を隠すとは凄いやつ。
研修会場から事務長を連れ出し、引き渡してようやく帰路についた。
逃げて来た一部の王族が現在の興国町に移り住む時に、リュウという名の竜に山越えを助けてもらったそうで、リュウを奉るでリュウホウと族名を変更したという設定です。