菜の花
僕の嫌いな菜の花の匂いが徐々に近づく車内では、何の言葉も生まれない。僕は真面目に運転して、彼女はただ窓により掛かるように外を見ている。寝ているかどうかも、後ろ姿だけはわからない。ただその姿だけでも、城に閉じ込められて、助けてくれる王子様を待っているような無力感、寂寥感の中にすっぽり包まれてしまったようだった。
「もうすぐ着くよ」僕は申し訳程度に彼女に伝える。
「そう」彼女はこちらを振り返りもしない。「本当に菜の花ってあんなに咲いているの?」
「うん、そりゃうるさいくらいに」
「うるさいくらい」彼女は確かめるように繰り返す。「うるさいくらいねぇ」
「そんなに変なこと言ったようには思わないんだけど」
「別に変なことは言ってないと思うよ、ただ、菜の花にうるさいなんて言う人いないでしょう? あんな綺麗な花、絶対自己肯定感高くて、きっと愛されることに何の違和感も持たないようなやつらだよ」
「そういう君も大概だと思うよ」僕がそう言うと彼女は何も言わずまた窓を見る。
車を停めて少し歩くと、やっぱり菜の花は僕らを出迎えてくれる。というより、ようやく来たかねという表情で花も葉っぱも広げているように見える。そういうところがやっぱり癪だ。それでも自然に作られたとは思えないほど鮮やかな黄色で埋め尽くされた一面が目前に広がると、その人気にも納得せざるをえない。
あれほど菜の花に毒を吐いていた彼女も、今では夢中になって顔を近づけている。麦わら帽子をかぶっているのも彼女だけだ。ふざけてコンビニで買った安物なのに、それがすっぽり彼女を包んでいる。
「あんなに言ってたのに結局見るんだ」
「せっかく来たんだから、もったいないでしょう?」麦わら帽子をつかんで顔を隠すように曲げる。声色は全く照れた様子もない。
「好きの反対は嫌いじゃなく無関心とも言うしね」
「それ、どういうこと?」
「……自分でもよくわからないまま言ってしまった」
「へー、まぁでも私来世は菜の花になってあなたに嫌われるよ、それまで待ってなよ」彼女は吐き捨てるように言って車の方へと歩き始める。
「もういいのかよ」
「うん、これもいらないからあげる」彼女は麦わら帽子をフリスビーのようにスナップを利かせ投げる。コントロールが悪く、僕の背を優に越えて弧を描く。そして一面に広がる菜の花畑の中心へ向かっていく。
右方向へ大きく曲がる麦わら帽子を、僕は仰ぐ。後ろから彼女の笑い声が聞こえる。




