○●第2話 ペンギンさん達に懐かれました●○
「ペンギン達がシロクマに襲われてる!?」
……という認識で間違いないのかもしれない。
十匹ほどのペンギンの群れが、大きなシロクマに襲われているようだ。
追い掛けられて、「ぴゃー!」と甲高い悲鳴を上げながら逃げ回っている。
以前、王都の動物園で見たときにはもっと野太い、「ぐえぐえ」みたいな鳴き声だった気もしたけど、この《北の監獄》のペンギンはちょっと変わっているのかもしれない。
「わぁ、大変。弱肉強食の世界だ……」
そんな光景を遠目から見ているアンリ。
「…………ん?」
そこで気付く。
ペンギンの群れが、アンリの方へと逃げてきている。
必然、それに伴ってシロクマもアンリの方へと走ってくる。
「え、ちょ、ちょっと」
ペンギン達も、決してアンリの存在に気付いているわけではないようだ。
アンリに助けを求めようとしているとかではなく、それ以前に逃げるのに必死で見えていないのかもしれない。
「わわわ!」
駆けてきたペンギン達が、アンリのすぐ目の前まで迫る。
「ぴゃっ!」
すると、先頭を走っていた一匹のペンギンが足を滑らせこけた。
「ぴゃいっ!」
「ぴゃぴゃっ!?」
「ぴゃー!」
それに連動し、後続のペンギン達もこける。
腹這いの姿勢になったペンギン達は、そのままソリのように雪の上を滑って――アンリの足下に到着した。
「だ、大丈夫!?」
「ぴゅー……」
大慌てのアンリの足下で、目を回したペンギン達が倒れている。
「グアァアア!」
そこで、遂にシロクマが追い付く。
前足を振り上げ、アンリごとペンギン達に襲いかかろうとする。
「あ、危ない!」
ペンギン達が危機一髪なのもあるけど、このままでは自分もシロクマの獲物にされてしまう。
致し方ない。
目前に迫る凶暴なシロクマは確かに大迫力だが、魔獣討伐に慣れたアンリにとっては、身動きできないほど恐ろしいものではない。
すぐさま、アンリは《隷属》魔法を発動。
指先から伸びた光の線がシロクマの首に巻き付き、あたかも首輪のような形態となる。
この光の首輪が《隷属》を掛けた証だ。
アンリ達へと真っ直ぐに突っ込んでくるシロクマ。
そこで、その巨体が突然、彼女達の前で急ブレーキを掛けた。
「ガウ!?」
シロクマ自身、自分の体に何が起こっているのか理解できていない様子だ。
体を動かそうとするが、自分の体なのに身動きができない。
アンリに操られていると知らず、完全に混乱している。
「えい!」
次の瞬間、アンリにコントロールされたシロクマは、体の向きを変え走り出す。
そしてそのまま、近くに生えていた木に頭から突っ込んだ。
「ガウンッ!?」
派手な音を立てて、シロクマはそのまま地面に倒れる。
キュー……と、気絶したようだ。
「ふぅ、危ない危ない。眠ってもらってる間に退散しよう」
やはり《北の監獄》と呼ばれるだけあって、危険な野生動物も多くいるようだ。
そう考えていると――。
「ぴゃー!」
いつの間にか起き上がったペンギン達が、アンリの足下で騒いでいる。
両翼をパタパタとはためかせ、嬉しそうにジャンプしている。
「え、どうしたの? みんな……」
動揺するアンリの一方、ペンギン達はアンリの足に抱きつき、しがみついてくる。
「わ、意外と羽毛がふわふわしてる……じゃなくて」
どうやら、偶然の展開ではあったけれど、アンリがペンギン達を助けた形になったようだ。
「ぴゃっぴゃっ!」
「ぴゃっぴゃっ!」
「ぴゃっぴゃっ!」
大喜びのペンギン達は、アンリの回りを囲んで何やらダンスを踊っている。
お礼のダンスだろうか?
「シロクマが起きる前に早く逃げた方がいいんじゃないかなぁ……」
××××××××××××
感謝の印なのか、一通りダンスを踊ったペンギン達。
しかし、踊り終わった後もアンリの足に擦り寄って離れようとしない。
どうやら、すっかり懐かれてしまったようだ。
「まぁ、それは一旦措いといて……」
アンリは、気絶したシロクマの元から離れながら考える。
さっきのシロクマのように、いつどこから危険な生き物が出現するかわからない。
やはり、安全な場所の確保が必要である。
「どこかに、屋根のある場所……人の暮らしている場所とかはないかな?」
キョロキョロと、周囲を見回すアンリ。
しかし、晴れたとはいえ辺り一面は相変わらずの雪景色。
手掛かりも何も無い。
そもそも、ここは人が住めない場所として放置された《北の監獄》だ。
そう簡単に、人間の生活圏は見付からないかもしれない。
溜息を吐くアンリ。
「やっぱり、しばらくはあの洞穴で暮らすしかないのかな……」
「ぴゃー!」
すると、そこで。
足下のペンギン達が、翼をパタパタと動かしてアンリを呼ぶ。
「え? どうしたの、ペンギンさん達」
「ぴゃっ! ぴゃっ!」
鳴き声を上げながら、ペンギン達がぺたぺたと歩き始める。
列を作ってしばらく歩き進み、振り返ってアンリに向かって「ぴゃー!」と鳴く。
まるで、自分達について来いというように。
「もしかして……どこかに連れて行ってくれようとしている?」
そんな、まさか……ペンギンの恩返しですか? と半信半疑ながらも、彼等に続いて雪の中を歩き進んでいくアンリ。
――そのまさかだった。
「え、ここって……」
ペンギン達に連れられて案内された先は、山と山の谷間に当たる場所だった。
雪が積もっているが、その雪の中に、家と思しきものがいくつも埋まっているのが見える。
「ここって、もしかして……廃村?」
流石に、人が暮らしている雰囲気は窺えない。
家々は完全に雪に埋もれ、倒壊しているものもある。
「でも……ここに人が住んでたんだ」
《北の監獄》と呼ばれる僻地に、人が住める設備があった。
その点に、まず驚きを示すアンリ。
「でも……結構、長い間放置されてるみたい。相当前には、もう人がいなくなっているような感じがする」
さて――ペンギン達と一緒に廃村を見て回るアンリ。
すると、その廃村の中でも、まだなんとか無事そうな家を発見する。
「この家は、まだ完全に老朽化してないみたい」
一部崩れてしまっている箇所もあるが、レンガ造りの壁もあり、まだまだ問題なく使えそうだ。
もしここに住めたなら、雨風を凌げる家が手に入ることになる。
これは、とても大きい。
しかし――。
「ダメだ……雪が積もってて、入り口が開けないよ」
入り口の扉が、完全に雪の下になってしまっている。
「うーん、なんとか雪をどかせられれば……」
「ぴゃー!」
そこで、まるでアンリの気持ちを汲んでくれたかのように、ペンギン達が動き出す。
雪をどかそうと、頑張って穴を掘ってくれようとしている。
しかし、流石に力が足りない。
微かに上の方が削れていくだけで、雪の量は全く減らない。
「ありがとう、ペンギンさん達。でも、無理しないでね」
アンリに言われ、「ぴゅー……」と、落ち込むペンギン達。
「……あ!」
そこで、アンリは一匹のペンギンが怪我をしている事に気付く。
翼に擦り傷がある。
「さっき、シロクマに追いかけ回されてた時に怪我をしたのかな」
よく見れば、その一匹だけ他のペンギン達に比べてフラフラしているように見える。
思い出した――この子は、逃げ回っている時に最初にこけたペンギンだ。
「大丈夫、私の魔法でなんとかするから」
言うと、アンリはそのペンギンに《隷属》を掛ける。
《隷属》の魔法には、厳密には治癒能力はない。
しかし、バフ効果(パワーアップ効果のようなもの)を与えて身体能力を強化できる。
それで、低下した体力を持ち直すことが可能だ。
「ぴゃ?」
弱っていた体が、一気に元気を取り戻したからだろう。
そのペンギンは、ぴょんぴょんとその場でジャンプする。
「ぴゃー!」
嬉しそうに鳴き声を上げると同時、一段高く飛び上がったペンギンは、まるで海に飛び込むように、雪の中へと潜り込んだ。
「ぴゃー!」
そして、海中を泳ぐように雪の中を泳ぎ回ると、再び雪の下から「ズボッ!」と飛び出した。
「おお! 凄い元気になったね!」
「ありがとー、女神様!」
そこで、どこからか声が聞こえた。
空耳? と思ったアンリだったが、気付く。
声をはしたのは、今し方《隷属》を掛けたペンギンだった。
「え、今、ペンギンさんが喋ったの?」
「あ! 本当だ! お話ができるー! 女神様の魔法のおかげ? すごいすごい!」
ペンギンは驚いたように目を丸めたが、次の瞬間には嬉しそうに小さくジャンプする。
やはり、ペンギンと会話できるようになっている。
「もしかして、《隷属》魔法をかけたから?」
自身の魔法に、こんな効果があったなんて……。
今まで、動物に《隷属》を使ったことなんてほとんどなかったので、アンリも知らなかった事実だ。
(……いや、それより)
アンリが気になったのは、ペンギンが口にした『女神様』という言葉だ。
「ええと、女神様って、どういうこと?」
「女神様、ふしぎなちからで僕達を助けてくれたでしょ?」
なるほど……。
やけに親切にしてくれると思ったら、魔法を使うアンリを神様か何かだと勘違いしているようだ。
「違うよ、私はただの人間。神様じゃないよ」
「そうなのー? ニンゲンってなぁに?」
どうやら、人間を見たことが無いらしい。
「ええとね、人間っていうのは遠くの土地にはいっぱいいてね……ううん、説明が難しいな……」
「僕達を助けてくれたから、神様と一緒だよー」
そう言って、ペンギンはパタパタと翼を動かす。
……まぁ、今は特に重要なことでもないし、それでいいかもしれない。
「女神様、お名前はー?」
「私? 私は、アンリ」
「アンリ様!」
ペンギンは、「ぴゃー!」と嬉しそうにジャンプする。
「アンリ様! みんなにも魔法を掛けてー!」
「え、みんなにも?」
「うん! みんなでアンリ様をお助けしたいんだー!」
そのペンギンの周りに、他のペンギン達も集まってくる。
「僕達、アンリ様のために力を貸したいんだ!」
「そっか……ありがとう!」
なんだか、メヌエット家が統治するメヌエット伯領にいた頃のことを思い出す。
アンリの魔法《隷属》は、直接戦闘向けの魔法ではない。
特に大掛かりな魔獣討伐の合戦の際には、アンリは後方支援役となって仲間の兵士達に《隷属》を掛け、パワーアップさせたりすることを主な役割としている。
つまり、アンリ自身はそんな仲間達に守ってもらう立場だと重々理解していた。
そのため、戦場においてアンリは、魔法を駆使するのみならず、仲間の兵士達への気配りも忘れなかった。
気分や体調は悪くないか。
何か困っていることはないか。
悩みはないか。
お菓子食べる?
――等、積極的に上下を隔てず仲間達に声掛けをしていたのだ。
メヌエット伯領の兵士達は優しく、そんなアンリの存在を尊重してくれている。
アンリの気遣い、心遣いに、感謝の言葉を絶えず返してくれる。
……中には、「アンリ嬢のために戦う」「アンリ嬢のためにならば命を賭ける事も本望」と、アンリの父や兄達のような事を言い出す者達もいたが。
ともかく、アンリはその時のことを思い出した。
「……じゃあ、みんな、お願い!」
「「「ぴゃー!」」」
アンリは、言われた通りペンギン達に《隷属》魔法を掛け、バフ効果を与える。
「わーい! アンリ様のおかげで力がみなぎるよー!」
「この雪をどかして、おうちに入れるようにするんだよね?」
「いくぞー!」
「おー!」
パワーアップしたペンギン達は、早速みんなで除雪作業に入る。
ペンギン達のやる気は素晴らしく、みんなで協力し、作業は瞬く間に進んでいった。
……そして。
「やったー!」
「入り口が見えたー!」
山のように積もっていた雪は取り除かれ、廃屋の玄関の扉が目の前に現れたのだった。
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