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○●幕間1 第一王子レオネス・ディルケーノ●○



 アンリが婚約破棄と《北の監獄》への追放を言い渡された祝賀会は、その後は新たな許嫁、ローズリンデとレオネス王子の婚約を祝う会に変わっていた。


 アンリとの婚約破棄が発表され、動揺する臣下や貴族達だったが、第一王子が頑なに決定してしまったことに反発するわけにもいかない。


 皆、新しい婚約者のローズリンデを称え、彼女の功績を賞賛した。


「ふふふ……あの女、とても無様な姿でしたわね。胸がすっとしましたわ」

「………」


 その後――。


 祝賀会から一足先に退散したレオネスと、彼に付き添うローズリンデ。


 ローズリンデが、その顔に満面の笑みを浮かべ、耐えきれないと言うように手で覆った口元から笑声を零している。


 そんな彼女に対し、レオネスも「……ああ、清々した」と呟く。


 しかし、言いながらも、彼の顔には険しい表情が浮かんでいた。


(アンリ……これで思い知っただろう)


 レオネスは前々から、アンリのことが気に入らなかった。


 メヌエット伯爵家は、長年の間魔獣の脅威やならず者の暴動からこの国を守ってきた貴族。


 そして、アンリもその力を受け継ぎ、女ながら前線に立つほど肝の据わった者だと聞いていた。


 最初、自身の婚約者として彼女が選ばれた時には、面白いとも思っていたが、実際に会ってみると印象がガラリと変わった。


 普通、第一王子の妻となるなら、少しは格好にも気を使うものだろう。


 初顔合わせの際、彼女は魔獣討伐の帰りだということで、戦場帰りのボロボロの服装でやって来たのだ。


 それに対し咎めると、アンリは――。


『確かに、レオネス様とお会いするのにこのような姿で参った事は失礼この上ないかもしれません。ですが、私はメヌエット家の長女。この先も、この国のために皆と協力し可能な限り戦場に立つ覚悟です。レオネス様には、無駄に着飾ってお化粧をした仮初めの私なんかより、そんな私のありのままの姿を見て欲しかったのです』


 ――と言った。


 レオネスの言葉に異を唱える彼女に、無性に腹が立った。


 更にその後も、アンリはことある毎にレオネスの神経を逆撫でした。


 問題無いと言っているのに、会う度に体調や体の具合の心配をしてくる。


 まるで、レオネスが執務に追われ、心身をすり減らし弱っているのを見抜いているかのように。


『そんなに私が惰弱で惨めに見えるか』と言えば、『心配しているだけです』と、アンリは真っ直ぐレオネスの目を見返してきた。


 くだらない。


 そのように心配されることが、次期王としてのプライドを傷付けていると何故わからない。


 それ故、レオネスとアンリは今日まで衝突する事が多かった。


 それは、家臣達の間でも噂となり、それが一層レオネスにとっては耐えがたい屈辱だった。


 この自分が、兵士として厳しい修練にも耐え、病に伏せた王に代わり執務を執り行い、この国のトップとして相応しい存在となりつつある自分が、たかが女一人に心を乱されている――。


 アンリは、自分にとって害をもたらす、煩わしい存在だ。


 自分から遠ざけなくてはならない。


 この次期王に与えたのと、同等の屈辱を味わわせて。


 そんなプライドが、レオネスに此度の婚約破棄を思い付かせたのだった。


 しかも、婚約破棄をするだけではない。


《北の監獄》――あの過酷な僻地へと追放するのだ。


 やり過ぎだろうか?


 違う。


 それだけ、アンリはレオネスにとって危険な存在なのだ。


 レオネスは、ちょくちょく自分に擦り寄ってきていた商業貴族――ハボット伯家の当主と計画を立てた。


 以前より、メヌエット家を疎ましく思っていたハボット伯家。


 新たな商業の為の流通経路の建設や、資源の確保を、魔獣が国民の生活圏に流れ込む危険性があるとメヌエット家に強く反対されていた彼等は、王子の思惑に簡単に乗った。


 アンリの持つ《隷属》の魔法。


 それを疎み、恐れる者達は王侯貴族の中にも少なくはない。


 その先入観を利用し、《隷属》魔法で王子を支配し国を乗っ取ろうとしていると無実の罪を着せ、陥れる。


 こうして、アンリは《北の監獄》へと追放される運びになったのだ。


 上出来の運びだ。


『レオネス!』


 最後に、アンリが軽々しく、当たり前のように自分の名を呼んだ事を思い出し、レオネスは体に熱が帯びるのを感じた。


 以前より、アンリはレオネスを名前で呼ぶ事を求めていた。


 夫婦なのだから、当然と。


 馬鹿らしい。


 母親にだって名前を呼ばれたことのなかったレオネスにとっては、未知の感覚。


 そこまで、王にとって特別な存在になりたいのか。


 アンリはレオネスの感情を揺さぶる。


 王たる者、感情を抑圧し常に超然としていなければならないのに。


 アンリは、王となる自分にとって害をもたらす存在なのだ。


 贖罪として、アンリは《北の監獄》へと追放、そこで自身の行為を後悔し、罪を贖ってもらう。


 これで良かった。


 この判断に、間違いは無い。


「ふふふ……レオネス様」


 そして、その代わりに婚約者となったのが、ハボット伯の娘、ローズリンデ。


 気付くと、彼女はレオネスのすぐ傍らに接近していた。


 蠱惑的な声を発しながら、レオネスの前合わせの隙間に手を差し込んでくる。


「………」


 アンリを追放するために新たな婚約者として選んだ彼女。


 熟れ尽くした果実のような甘ったるい匂いを纏った彼女に、レオネスは顔を顰める。


 長年疎ましく思っていたアンリを蹴落とし、自分が第一王子の婚約者となったことで、この女も大分調子に乗っているようだ。


 レオネスも、別にこの女のことを気に入っているわけではない。


 しかし、これでいい、とレオネスは思う。


 女などこういうものだと諦めが付き、安心できる。


 アンリのような存在の方が異質なのだ。


「いつまで馴れ馴れしくへばりついている」

「え?」


 レオネスは、自身の胸板に這わされていた彼女の手を乱暴に弾く。


「お前は祝賀会に戻って、国外から参加している大商家の代表達に愛想でも振りまいておけ。あの金の虫の父親同様、この国を肥え太らせる為に頭と体を使うが良い」


 レオネスは威圧的に、そんな無礼な事を言う。


 しかし、ローズリンデは――。


「あ、ははは、その通りですわ。流石レオネス様、常に国のことを考え決断する姿勢、惚れ惚れいたします」


 と、愛想笑いを浮かべて引き下がっていった。


 嘆息するレオネス。


 自分だけでなく、家や父親を馬鹿にされてもあの調子。


 まったく、女というものは……。


「………」


 だが、アンリは違った。


 自分の家、自分の暮らす領を侮辱されれば、相手がレオネスでも刃向かってきた。


 いくら王子でも、そのような発言は許しません、と。


(……確かに、こんな言葉遣いは、ゆくゆく要らぬ火種を作りかねない)


 自分は王位を継承するというプライドから、相手を慮る気持ちが著しく欠けているのだという。


 そうアンリに言われた時、ハッとしたのを覚えている。


(……思い返してみれば……自分の為に本気で怒り、自分を叱ってくれた女は、私の人生の中ではアンリだけだったな)

「……?」


 そこで、レオネスは違和感を覚える。


 自分は今、どうしてアンリを思い出した。


 そして、どうしてそんな彼女を考え、微笑みを漏らしたのだ。


「……くだらん」


 くだらない事が重なり、よくわからなくなっている。


 自分は王としての務めを果たせば良い。


 レオネスは頭の中に過ぎった疑念をすぐに払拭し、足早に執務室へと向かっていった。


 ――この時の彼は、自分が本当に大切なものを手放してしまったということに、まだ気付けずにいたのだった。



 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

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