○●エピローグ 令嬢アンリ・メヌエットは《北の監獄》で騒がしく暮らします●○
混乱の中にいた民衆達も落ち着きを取り戻し、魔獣の脅威もひとまず去った。
一段落が付いた現在――王城の外にて、アンリとその仲間達はレオネスと向き合っていた。
「メヌエット伯爵領の皆……今回の魔獣騒動での活躍、見事であった」
次期王位継承者としての立場から、まずは形式的に一言。
そして引き続き、「すまなかった」と、レオネスは頭を下げる。
「話は聞いた。ハボットが勝手に私の名を使い、命令を出したのだろう。都合の良い徴収にも応じてもらえて、本当に感謝している」
「レオネス王子、一つ誤解がある」
そこで、アンリの父ガルーダが口を開く。
「我々が動いたのは、アンリの言葉に従ったためだ。『王族の命令だからではなく、苦しむ民達を救うことを第一に考えろ』……そうアンリに言われたから、私も、我が領の兵達も動いたにすぎない。その点に関しては、誤解無きよう伝えておきたい」
「そうか」
その発言を、レオネスは侮辱とも捉えていない。
むしろ、清々しく、晴れやかな表情で受け止めた。
「アンリ」
そこで、レオネスがアンリに向き直る。
「恥を忍んで、お前に言いたいことがある」
「え?」
「再び、私のもとに戻ってきてくれないか」
それは、再度の婚姻……否、プロポーズの言葉だった。
「お前こそ、我が妻に、行く行くの国母に相応しい……いや、私にも、この国にも、お前が必要だ」
「でも、罪が……」
「あの光景を見れば十分だ」
レオネスは、先刻の王都内での情景を思い返す。
アンリ達が持ってきた食料、北国の品々が、どんどん運び出されていく。
王都に逃げ込んでいた難民達も、それを頬張り、涙を流して喜んでいる。
「お前の仲間達からも、アンリのお陰で過酷な北国でこれだけの食料が生産できたと、そう話を聞いている。見事に《北の監獄》を開拓させたのだろう。罪は雪がれたと判断できる。いや、それ以前に此度の罪自体が冤罪なのだ。雪ぐも何も無い」
「おお、遂に!」
「よかった、アンリ様が戻ってくるぞ!」
メヌエット伯領の皆が、喜びの声を上げる。
「ありがとう、レオネス」
レオネスの言葉に、アンリは微笑み頭を下げる。
「……でも」
そこで、アンリは後ろを振り返る。
イリアとオデット、ブレーム、ペンギン達やマラミュート、アルビオン村の村人達を見て――。
「ごめん、私はまだ、彼等と《北の監獄》の開拓に勤しむ事にするよ」
アンリの選択を聞き、皆が騒然とする。
「《北の監獄》で暮らしている中で遭遇したんだけど、あの場所にも魔獣が発生していたんだ。あの土地は、過去の魔神同士の争いの影響により環境がおかしくなってるらしい。それを、なんとかしたいの」
「……そうか」
そんなアンリの言葉を、レオネスは黙って聞いていた。
彼自身、強くアンリを引き留めはしない。
きっと、心のどこかで既に諦めて……。
いや、アンリを自分なんかが繋ぎ止めてはいけないと、そう思っていたのかもしれない。
「その気高い決意……不要かもしれないが、もしも私の助力が許されるなら、その時は頼って欲しい」
「うん、その時はお願いね、レオネス」
そう言って、アンリは手を前に出す。
レオネスは、そのアンリの手を笑顔で握り返した。
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さて、後日談。
まずは、その後のハボット家に関する話だ。
当主とローズリンデは今回の一件の後、数々の横暴な行いや隠されていた罪が発覚し、当然貴族としての爵位は剥奪。
今は、王城内の牢獄にて具体的な処罰が決定する日を震えながら待っている。
続いて、魔獣被害を受けた国民達に関して。
アンリ達の活躍により、魔獣騒動は解決。
残党の魔獣狩りも済み、住む場所を奪われた民衆達も徐々に元の住処へと戻る事ができている。
王侯貴族に対する不信感から、暴動やデモ、嫌悪犯罪が発生するかと思いきや、その影響は少なく皆が問題無く元の生活を取り戻しつつある。
食料の分配や、その後のケア、諸悪の根源であるハボット家の断罪等がつつがなく行われたのもあるが、何より一番の要因はアンリの存在があったからだろう。
この最悪の事態に、身を挺し、民衆のために動いた人間がいる。
正義の象徴。
そういう存在がいるだけで、人々の心には光が差す。
民衆のみならず王城内でも、一部の者達がアンリを“救国の女神”などと呼んでいるそうだが、絶対に大袈裟なので止めて欲しいとアンリは呼びかけている。
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「では、お父様、大兄様、小兄様、みんな、行って参ります!」
――本国で数日ほど過ごした後。
メヌエット伯領の皆に感謝しながら、アンリ達は再び北国へと旅立つ日を迎えた。
「アンリ様、達者でなー!」
「またお手紙を送って下さいよー!」
兵士や領民達が、アンリを笑顔で見送る。
皆、アンリの出立を名残惜しいと思っているが、それ以上にアンリの意思を尊重して、喜んで送り出してくれている。
お土産もたくさんもらった。
「アンリの奴、本当に他の人間どもから愛されてるんだな」
「ああ」
そんな彼女の姿を見ながら、イリアとオデットが呟く。
「イリア、オデット」
そこで。
二人の前に、アンリの父ガルーダがやって来た。
「君達に、話しておきたいことがある」
厳粛な口調の彼に、イリアとオデットも思わず身を強張らせる。
「アンリは、母亡き後、《隷属》を受け継いだメヌエット家の長女として、とても頑張ってきた。慈悲深く慈愛深い、誰に対しても分け隔て無く愛情を注ぐ優しい子だ」
先程の二人の会話を聞いていたからだろうか。
それに対する答えのように、ガルーダは言う。
「……だが、まだ幼い頃からそんな道を強いられてしまったが故にか、アンリは人を愛する事は知っていても、恋をすることはまだ知らないままなのかもしれない」
「………」
「………」
「つまり、何が言いたいかというとだ」
そこで、ガルーダの後ろから、バルトール、レーシェも加わる。
三人とも殺気立ちながら、双子の前に立った。
「あの子に妙なことをしたら容赦しないぞ。《北の監獄》だろうと地の果てだろうと追い掛けて叩き潰す」
見事に三重奏で宣言された。
「こわっ」
「言われなくても、そんなことはしない」
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かくして、本国を苦しめていた魔獣騒動も解決。
冤罪も雪がれ、晴れて清らかな身でアンリは《北の監獄》へと帰還したのだった。
「しかし、こんな過酷な環境をどうやって開拓していくつもりなんだ?」
久々のアルビオン村。
帰ってくると同時に、ブレームがアンリにそう尋ねる。
このアルビオン村のある地域は、まだ住みやすい方だが――当初追放された旧ミラート村があった場所や、そこから更に北上していけばもっと危険な環境が現れるだろう。
開拓と簡単に言っても、至難の業だ。
「以前、港町に続く道に魔獣が出現したじゃないですか」
そこで、アンリが自身の考えを述べ出す。
「それに、ブレームさんが語って聞かせてくれた言い伝えを思い出したんですけど……思ったんです。この地の過酷な環境は、魔獣が生み出されるプロセスと同じ理屈で展開している可能性があるって」
「……ほう。強力な魔神の魔力がどこかに眠っていて、それが人知れず影響を及ぼしているということか」
「ええ。なら、それを解決していけばいい。魔獣を生み出す魔力の元を消す手段は、私も熟知しています。そうして環境改善を続けていけば、《北の監獄》も人が暮らせる土地に変えられる。そうすれば、みんなの力で開拓できるはず……まぁ、希望的観測がかなり含まれていますけど」
「いいじゃないか」
「俺達も、できる限り協力するぜ」
「わんわーん!」
「ぴゃー!」
アンリの提案に、他の村人達もそう言ってくれた。
そして何故か、ペンギンとマラミュートも楽しそうな雰囲気を察知し、大盛り上がりをしている。
「よし……頑張ろう」
空を見上げる。
始めてこの《北の監獄》を訪れた日。
豪雪吹き荒ぶ極寒の中、洞穴で決意を新たにした日。
その翌日の、あの晴れ渡った青空と同じ――透き通るような蒼穹を仰ぎながら、アンリは拳に力を込めた。
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「あ、そういえば」
――その日の夜。
アルビオン村の自宅にて。
夕食後、アンリはイリアとオデットに気になっていた事を尋ねる。
あの歴史上類を見ない大規模な魔獣騒動。
あれだけの強力な魔力を発生させていた発生源を、どうやって消滅させたのか――を。
「ああ……あー、どうする? オデット」
頭を掻きながら、イリアがオデットを見る。
「ん? どうしたの? もしかして、何か問題があった?」
「……アンリ」
イリアとオデットの表情から、アンリは訝る。
そんなアンリを見て、オデットは、彼女に真実を隠し通すのも難しいだろう――と考えたのか。
数瞬の沈黙の後。
「今回の魔獣騒動の発生源、つまり魔力の発生源は、封印が解かれた俺達の《心臓》が原因だった」
「え?」
「問題無い。《心臓》はきちんと破壊した。だから、魔獣の発生も完全に途絶えたのだ」
オデットの報告に、アンリは困惑する。
「そんな……良かったの?」
「いいんだよ、つーか、そのまま放っておいたって、僕達が完全復活したって、どっちにしろ困るのはお前達だろ? 他に選択肢は無かったんだって」
「それは、そうだけど……」
それでも、イリアとオデットにとって大切なものが失われたのだ。
アンリは、申し訳なさそうな顔で視線を落とす。
「………」
「………」
そんな彼女の表情を見ている内に――イリアとオデットの中で、少し悪戯心のようなものが刺激された。
『まだ幼い頃からそうなってしまった故に、アンリは人を愛する事は知っていても、恋をすることはまだ知らないままなのかもしれない』
出立の日の、ガルーダの発言も想起され――イリアとオデットは、思わずアンリに何かちょっかいを出したくなってしまった。
「でも……確かに、何の見返りも無いってのは、やっぱり納得できないなぁ」
そう、イリアが呟く。
「どう弁償してくれるんだ? これで僕達の完全復活は無くなった。お前の為にやったんだぞ?」
ぐっと、アンリに迫る。
「ど、どう責任を取れば良いの?」
アンリが弱々しく言う。
その反応に、更に加虐心をそそられたイリアとオデットは、目を細めアンリの両サイドに立つ。
イリアは右側に、オデットは左側に。
そして、イリアがアンリの右手を、オデットがアンリの左手を取る。
「え、え?」
「責任かぁ……じゃあ」
イリアの片手がアンリの左腰に、オデットの片手がアンリの右腰に回される。
「今夜だけ、好きにさせてもらおうかな」
「え、ええと……」
「俺達に絶対服従。何をされても逆らわない……というのはどうだ?」
髪を撫でられ、頬をくすぐられ。
そして二人同時に、両耳に囁かれる。
「ひあっ!」
イリアとオデットの吐息が耳たぶに当たり、アンリは思わず甲高い声を上げてしまった。
「今夜は、僕達の好きなようにさせてもらおうか」
「い、い、いい加減に……いい加減にしなさぁい!」
そこで、我慢出来なくなったアンリが、《隷属》魔法で二人を吹っ飛ばす。
やはり、まだまだ守りは堅いようだ。
「おい、責任を取るんじゃなかったのか!?」
「それは、そうだけど……そうだ! 明日、とっても美味しいご馳走とスイーツを作ってあげるから!」
「そんなんで騙されるか!」
そんな感じで。
アンリ・メヌエットの、《北の監獄》での騒がしい日々は、まだまだ終わりそうにない。
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