○●第21話 レオネスの後悔、ハボットの断罪です●○
「あ……イリア! オデット!」
王都――王城周辺。
そこに集まった民衆と、彼等に食料を分配するアンリと仲間達。
ふと、アンリが空を見上げると、二つの人影がこちらへと降りてくるところだった。
イリアとオデットだ。
着地と同時に飛翔魔法を解いた二人の姿を、多くの民達が遠巻きに見て驚いている。
何せ、魔法を使えるだけでも珍しいのだ。
そんな二人の元へと、アンリが駆け寄る。
「よ、アンリ」
「怪我は無かったか?」
「私は大丈夫」
そこで、アンリが二人に尋ねる。
「少し前、大きな魔力の波動を感じ取ったんだけど、そこから王都に侵攻してきていた魔獣達の力が弱体化したようなの。一気に形勢も逆転して、魔獣の群れも着実に制圧できてるみたい。だから、私達は王都の方に来て、食料分配を手伝うことにしたんだけど」
「そうか」
「それは良かった」
「うん……それってもしかして、二人が?」
「ああ、ちょこちょこっとやって、魔力の源を消してきたよ」
その発言を聞き、民衆や兵士達、アンリの仲間達の間にもざわめきが広がる。
イリアとオデットの発言――それは即ち、この魔獣騒動の根源が消失したということである。
根本的危機が、解決したのだ。
「魔獣の発生源が……消えた?」
「本当に!? 私達、助かったの!?」
「まだ残っている魔獣もいるようだが、それらも勢いが収まりつつあるし、徐々に退治が進むはず……」
「か、帰れるのか……俺達の暮らしていた場所に……」
ざわめきは、やがて歓喜の渦となり、皆の口から喜びの声が上がり始める。
「アンリ様のお陰だ! アンリ様がこの国の危機をお救いになられてくださった!」
「あのお二方は何者だ!? 魔獣犇めく発生源の地に向かって無傷で帰ってくるなど、一体どれほどのお力をお持ちなのだ!?」
「まさか、伝説の兵士長、ブレーム氏にお会いでき、その指揮の元任務に就けるとは……これほど光栄なことはない」
「まさか、あの《北の監獄》からわざわざ食料を運んできてくださるとは……現地の方々は、なんて清らかな心を持った人なんだ」
ある者は涙を流し、ある者は天を仰ぎ、またある者はアンリ達を褒め称え、希望に満ち溢れた表情を浮かべている。
「な、なんだか小っ恥ずかしいな……」
「俺達はアンリさんに付いてきただけなんだが……」
アルビオン村から着いてきてくれた村人達も、そんな民衆達から向けられる感謝の気持ちに、居心地悪そうにしている様子だ。
「「「ぴゃー!」」」
「「「わんわーん!」」」
一方、ペンギン達やマラミュート達は、盛り上がる人間達の雰囲気を感じ取って、なんだかわからないけど一緒に喜んでおこうと、楽しそうにぴょんぴょん飛び跳ねている。
「ありがとう、イリア、オデット」
アンリはイリアとオデットの手を取って、二人に感謝する。
一番大変で危険な任務を請け負い、そして達成してくれたのだ。
「二人には、ちゃんとお礼をしないとだね」
「あー、まぁ、難易度はそこまで高くはなかったんだけどさ」
「破壊した“魔力の源”に、少し事情があってな」
「?」
イリアとオデットは顔を見合わせ、少し言葉を探している様子だ。
そんな二人の仕草に、小首を傾げるアンリ――。
そこで。
「騙されてはなりませんぞ、皆の衆!」
喜び騒ぐ民衆達の中に、声が響き渡った。
皆が音源を見る。
護衛の兵士達に守られながら、民衆達の間を横断し――その声を発した人物達が、アンリの元へとやってくる。
ハボットとローズリンデ、そして彼等に付き従う従者達だった。
「ハボット候だ……」
民衆達の間から、いきなり現れたハボットの姿に、ざわめきが起きる。
無論――ここにいる民衆達も、誰も、此度の魔獣騒動発生の原因が彼であることは知らない。
では、何故このタイミングで現れたのか?
その理由は、単純明快。
「此度の異常な魔獣騒動……その原因こそ、皆が今英雄と崇めるアンリ・メヌエットなのです!」
――この機会に、全ての責任を押しつけ、メヌエット家に濡れ衣を着せようとしているのだ。
「今回の魔獣騒動には、そこにいるアンリの仲間――双子の魔法使いが拘わっているに違いない!」
「その通りです! これだけの大災害があっさりと終結するはずがありません! 魔獣の発生源を破壊したなんて嘘八百! 本当は魔獣騒動を自ら発生させ、操っていたのです! そしてその黒幕は……これもすべて、メヌエット家の……アンリ・メヌエットの陰謀に他なりませんわ!」
彼等の主張は無茶苦茶も甚だしい。
全てが推論であるし、それ以前に確定的な証拠は何も無い。
最早、必死で問題の矛先を少しでアンリ達に向け、自分達へ降りかかる火の粉を減らそうとしているのだ。
「おうおう! 随分とハチャメチャな言い掛かりをつけてきてくれたな、おい!」
「証拠はどこだよ! 証拠は!」
しかし、メヌエット領の兵士、アンリの家族、そして北国の仲間達も、当然アンリの味方だ。
「アンリ様達が、今回の元凶?」
「何を言ってるんだ、ハボット候は……」
「自分達は王城の中に閉じこもっていたくせに……」
加えて、民衆達もアンリの味方。
皆、ハボットの言い分に対し懐疑的である。
「くっ……と、ともかく! ひとまず問題は解決したが、しかし、アンリ・メヌエットはレオネス王子の勅命により依然罪人である! メヌエット領の者達も緊急事態ゆえに力を借りたが、自領から出ることは許されていない! 即刻、この王都より撤退せよ!」
風向きが悪いと見るや否や、今度は王子の名を出しアンリ達を王都から追い出そうとする。
その後、色々と裏工作をしてアンリやメヌエット領の責任にする準備を行うつもりなのだろう。
「何をしている! こいつらを追い出せ!」
ハボットが王城内から引き連れてきた兵士達に命令し、臨戦態勢を取らせる。
実力行使でも、アンリ達をここから引き下がらせるつもりだ。
が――。
「なんか、むかつくなあいつ」
「500年前にもいた。俺達が最も嫌悪するタイプの人間だ」
イリアとオデットが、前に出た。
途端、二人から発せられる強大な圧。
魔神である二人が発する気配――それを感じ取ったハボット側の兵士達は冷や汗を流す。
体は震え、武器を握る手からも力が抜ける。
二人には敵わないと、気配だけで察したようだ。
「イリア、オデット、待って。落ち着いて」
そんな二人に、アンリは普通に近付き諫める。
その彼女の姿を見て、また兵士達は別の意味で恐怖しているようだ。
ともかく場は膠着状態。
民衆達が見守る中、両陣営はハボット家側とメヌエット家側に別れ、睨み合いを継続する。
その時だった。
「……アンリ」
王都の外で残党の魔獣退治を行っていた兵団が、王都へと戻ってきた。
その先頭に立つレオネスが、民衆達の中を進み、向かい合うアンリ達とハボット達の前に現れる。
「レオネス様!」
すかさず、ローズリンデがレオネスに笑顔を向ける。
「よくぞご無事で! レオネス様! アンリです! あの憎きアンリ・メヌエットがいけしゃあしゃあと帰って来ました! これはレオネス様の命に背く行為! どうか、この女に処罰を!」
「………」
レオネスは、ローズリンデを見る。
「レオネス」
そして、続いて自分の名前を呼んだアンリの方を見る。
「今ここに集まった人々は、この王都まで必死に逃げてきた人達。少量の食料は分配できたけど、疲労も溜まってるし、住んでいた場所に戻るための手段も無いかもしれない。元いた場所が、魔獣に破壊されてる人も。だから――この人達を救うための手助けをして」
「………」
レオネスは。
呆然とした表情を浮かべていたレオネスは、そこで、グッと唇を噛み締めた。
まるで、何か、とても眩しいものを目の当たりにしたかのように。
まるで、その輝きに照らされ、自身に差した影の濃さを恥じるかのように。
「許してくれ、アンリ」
レオネスは、アンリの前に跪いた。
「私が愚かだった」
××××××××××××
「レオネス……」
いきなりの王子の行動に騒然とる民衆の中。
レオネスは、自身の過ちを懺悔するかのように述べていく。
「次期王座に着く者としての気負い、孤独な立場……そんな葛藤の中にいた私を、本気で心配し、本気で叱り、本気で怒ってくれていたのはアンリだけだった」
アンリを追放した後、レオネスが抱えていた感情――それは、きっと後悔だった。
「本当は、出会った当初から、アンリは私のことをずっと心配してくれていた。そして私も、誰よりも自分のことを思って発言をしてくれるアンリに、知らない内に心惹かれていたのだ。しかし、そんな自身の本心に気付かずにいた」
「あ、あの……レオネス」
そう思ってくれていたことは素直に嬉しい。
しかし、これだけ大勢の前で、いきなりそんな告白をされては……アンリも、中々恥ずかしい気分である。
「皆の者、聞いてくれ」
レオネスは、民衆達へと高らかに吐露する。
「アンリに『王子を操り、国政を乗っ取ろうとしていた』などという無実の罪を着せ、《北の監獄》への追放という処罰を行ったのは、全て私の計略。ローズリンデを新たな婚約者にする事と引き換えに、ハボットと口裏を合わせ計画した、全くのでたらめだ」
「レオネス様、何をおっしゃっているの!?」
「レオネス王子! あなたはどちらの味方なのですか!」
そんなレオネスの発言に、ハボットとローズリンデが反発する。
そこで、レオネスは鋭い視線を彼等に向けた。
「加えて、ハボット……今回発生した史上類を見ない規模の魔獣騒動……私は、その発生にお前が関わっているのではと疑っている」
「……な!?」
「魔獣騒動の発生、その被害が拡大する直前、お前はタイミング良く王都へとやって来た。しかも、自身の財産の大半を運び込んで。これは、危険を察知しての避難だったのではないのか?」
「……その点だが、レオネス王子」
そこで、アンリと父ガルーダが前に出る。
「先程、アンリがあの双子から聞いたそうなのだが……今回、魔獣の発生源となっていた場所は、以前よりハボットが立ち入りを希望していた進入禁止区域。その地の奥深くに眠っていた、強大な魔力の封印が破壊されていたそうだ」
ガルーダが、ハボットを睨む。
「貴様……我々を自領に押し込めていた間に、あの場所へ押し入ったのではないだろうな。金目のものがあると勘違いし、確かめもせず魔力の封印を破壊したので」
「ば……バカも休み休み言え! 私に対する侮辱も甚だしい!」
ガルーダの発言に、ハボットは顔を蒼白に染めて騒ぎだす。
すると――。
「メヌエット伯、その通りでございます」
そこで、ハボットに付き従っていた従者達が、前へと出る。
彼等は、あの日、ハボット共に進入禁止区域を訪れた者達。
それに、護衛についていた兵士達の生き残りである。
彼等は、あの日――ハボットの犯した罪を証言する。
「な……お前達、ワシを裏切るのか!?」
「ハボット様……もうこれ以上、あなたに付き従うことはできませぬ」
失望を露わにした表情を浮かべる従者達に、ハボットはわなわなと震え、顔を真っ赤にする。
「貴様等……雇ってやっている恩を仇で返しおって! 誰のお陰で食うに困らぬ暮らしが出来ていると思っている、この下等民共ッ!」
もう、ここまで来たら言い逃れは出来ない。
その後の展開は、火を見るよりも明らかだった。
その場に集まった民衆――此度の魔獣騒動の被害者達から、怒濤のような罵詈雑言がハボット達に浴びせられる。
彼等の怒りは当然で、そして溢れる怒気と殺意は、気が昂ぶっていたハボットやローズリンデを一気に恐怖に陥れるのに充分だった。
「た、助けて、レオネス様! 魔獣騒動はお父様の責任! わたくしは関係ありませんわ!」
「ふざけるな! お前もアンリ様の追放に関わってたんだろ!」
「このろくでなしめ!」
「……二人を連れて行け」
ハボットとローズリンデは、レオネスの命令によって兵士達に連行される。
向かう先は、王城の中の牢獄だろう。
民衆達から罵声を浴びる中を、彼等は魂の抜けた顔で連れて行かれる。
その二人の姿を前に、アンリは険しい表情を浮かべていた。
可哀想だとは思わない。
因果応報だ。
「……今一度、皆に言っておきたい」
そこで、レオネスが頭を下げる。
集まった民衆達に、自分の治める国の民達に、上も下も関係なく、深々と頭を下げた。
「この国を治め、導く立場にありながら、その礎たる民達を恐怖に陥れ、不信感を与えてしまった。決して、償い切れることではない――」
その時、ざわめきが起こった。
頭を下げていたレオネスが、ふと横を見る。
アンリが、レオネスと並び、一緒に頭を下げていたのだ。
「アンリ……」
「一応、元婚約者だから。レオネスがあんな行動を起こしたのも、私のせいっていうのも少しはあるだろうし」
レオネスと目線を合わせ、アンリは微笑む。
そして、背筋を伸ばし、声を張り上げた。
「レオネス王子は自身の過ちを深く反省しています! 確かに、彼が犯した自分勝手な判断は相当酷いものです! でも、私は彼を信じたいと思います! 失った信頼は、ここから取り戻していってもらいます! だから、その為に、みんなにももう少しだけ、レオネスを信じて欲しいんです!」
アンリは、叫ぶ。
自分を追放し、窮地に陥れた男の肩を持ち、共に頭を下げる。
「まぁ、アンリ様が言うならな……」
そんな彼女の行動に、民衆達の間からはそんな声が漏れる。
今回の危機を救った、救世主であるアンリ。
彼女の言葉だからこそ、ひとまず民衆達も納得してくれたようだ。
「でも、これはあくまでも信じてもらえたっていうだけに過ぎないから」
アンリは、レオネスを振り返り、言う。
「本当の信頼は、ここから功績を積み重ねて得ていかなくちゃならないよ」
「……アンリ」
それを、レオネスは深く理解する。
「私は、何もわかっていなかった」
そして、まるでアンリに誓うように、宣言した。
「ここから、本当の王を目指そう」
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