○●第20話 アンリ達が、混沌極まる王都を救います●○
ルークレイシの王都は、混乱とパニックの最中にあった。
凶悪な魔獣の被害――その拡大はまったく押さえ込めず、魔獣の群れは既に王都のすぐ外にまで迫ってきているのだ。
レオネス王子をはじめ、王都の兵団、援軍にはせ参じたアンリの父ガルーダやレーシェが率いるメヌエット領の兵士達。
それに各地から集まった兵士達が総力を挙げて応戦し、なんとか水際で食い止めようとしているが、徐々に押されているのが実情だ。
更に、問題はそれだけではない。
魔獣達に住む場所を追われ避難してきた人々に、王都に住む国民達も加わり、王城を取り囲うようにして暴動が起きかけている。
王城は警備も万全で守りも堅い。
精鋭の兵士団に守られている。
だから、魔獣の脅威に恐怖する人々が、王城内に入れてくれとパニックを起こしているのだ。
「如何なされますか、大臣」
「ううむ……」
王城内。
押し寄せる民達をどうするか、保護すべきか。
兵士から報告を受けた重役達が、呻吟の声を発する。
「絶対に立ち入らせるな!」
そこで、王城内に避難していたハボットが、焦燥感を露わに叫ぶ。
その横では、ローズリンデが恐怖に震えている。
「王城内の設備や食料だって有限なのだ! 無駄に浪費されては困る! 薄汚い平民共がいくら魔獣の被害に遭おうが構わない! 我々の安全を第一に考えろ!」
彼の言葉を聞き、臣下の者達や兵士達の中には、表情を曇らせる者も少なくは無かった。
しかし、現状、どうにもできない。
これだけの平民を城の中に入れるのは、物理的に無理だ。
刻一刻と崩壊の時が近付いている事を、彼等も実感していた――。
××××××××××××
――一方、王都の外。
「くっ……おのれぇ!」
迫る魔獣の大群を前に、レオネス王子は武器を構える。
自ら先頭に立ち、この魔獣の群れの討伐の指揮を執っているのだ。
しかし、戦況はじり貧。
苦戦以外の何物でも無い。
いや……負傷者は増加する一方で、戦力は下降の一途を辿っている。
敗色濃厚が、目に見えている。
「臆するな!」
だが、だからといって諦めるわけにはいかない。
否、諦めるという選択肢自体存在しない。
ここで負けるということは、この王国が滅亡することと同義。
そんなこと、次期王であるレオネスが認められるわけが無い。
故に、戦うしか無い。
レオネスには、今、それしかなかった。
「この程度の障害を前に、我々が――」
その時だった。
レオネスの振るった剣が、目前の魔獣の鋭い爪に衝突し、中程から折れた。
「く……」
更に魔獣の一撃を腹部に受ける。
鎧がひしゃげ、鈍痛が体を揺らし、膝が折れた。
咳き込みながらその場に跪くレオネスの前には、二足歩行の屈強な一つ目巨人が悠然と立っている。
(……なんだ、これは……)
屈辱で視界が霞む。
自身の不甲斐なさに絶望する。
この突如降って湧いた最悪の事態を前に、王として国を守る事ができなかった。
……いや、降って湧いた、というのは違う。
なんとなく、原因はわかっている。
いきなり、この魔獣被害が拡大する直前、タイミング良く王城内へと避難してきたハボット達の行動に違和感を覚えていた。
おそらく、連中に原因があるのだろう。
騒動の対応に追われ、言及しようにも逃げ回られていたので聞きただせなかったが――そうに違いない。
(……最悪だ……)
あの連中と結託し、増長させ、好き勝手やらせた結果が、これか――。
自分は、悪鬼と契約をしてしまったのか。
間違った選択をしてしまったのか。
自分に王の資格など無い。
全て、アンリを疎ましく思い、拒絶したあの時から、こんな事に――。
(……アンリ)
目前の巨人が、巨大な腕を振り上げ、レオネスを叩き潰さんとしている。
そこで、レオネスはふと、アンリのことを思い出した。
いつの日だったか、執務で疲れていた彼に、黙ってお茶と手作りのお菓子を差し出していった日のことを。
あの時の、優しい聖母のような眼差しを。
(……どうして、こんな時に……)
アンリの姿を、思い出してしまう――。
そんなレオネスに向けて、巨人の拳が振り下ろされる。
――その巨人の攻撃の軌道が急激に変化し、すぐ近くにいた別の魔獣に叩き込まれた。
「……な、に?」
万事休す、ここまでかと――諦念の中にいたレオネスは、そこで目前の光景に我が目を疑う。
魔獣達が、同士討ちを始めていくのだ。
まるで敵味方の認識が入れ替わったかのように、魔獣達が互いを攻撃し始め――互いに消滅していくのである。
「レオネス!」
そこで、レオネスの茫漠としていた聴覚に、聞き覚えのある声が届いた。
レオネスは、跪いた状態で真横を見上げる。
そこに、太陽の逆光を受け、アンリ・メヌエットが立っていた。
「アンリ……」
夢幻かと思った。
今際の際の走馬灯かと思った。
だが、それは正真正銘、アンリ張本人だった。
「大丈夫? レオネス」
微笑み、彼女は言う。
「もう大丈夫……って断言できないけど、助けに来たよ」
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「な、何だ……」
「これって、一体……」
一方、その頃。
王城周辺へと密集していた国民達の元へ、アンリ達が持ってきた大量の食料が運び込まれてくる。
「ここから始めよう」
幾台もの荷車から、メヌエット領の兵士や村人、そしてアルビオン村の村人達が降りる。
先頭に立ったブレームが、彼等に指示を出す。
この場に集まった難民達に、かき集めた食料を分配するためだ。
「待たせたな! 何日も飲まず食わずだったんだろ!?」
「アンリ様が皆を救うために集めた食料だ! 順番に受け取ってくれ!」
彼等の手により、困窮した難民や国民達に食料が振る舞われていく。
加えて、アンリが魔獣を討伐するために《北の監獄》から戻ってきた。
今も、王都の外で魔獣を退けている。
もう大丈夫だ――と、そんな話も一人一人に喧伝していく。
「おお! アンリ様が!?」
「ご無事だったのか!」
「この食料もアンリ様が……」
「ありがたい……」
その場に密集した民達の間で、アンリがこの危機を救う英雄のように認識されていく。
それによって、先程まで張り詰めていた殺気立った空気は、徐々に解消されていっているようだ。
「ぴゃー!」
「ぴゃっ! ぴゃっ! ごはんだよー!」
「みんな、元気出してー!」
「な、なんだこの生き物は……」
ペンギン達も、食料の分配を手伝っている。
そんな彼等の姿を見て、ペンギンを知らない民達は困惑している。
しかも、人間の言葉まで喋っているので。
「こ、これは何の騒ぎだ!?」
そこで、王城を護衛していた兵士達が集まってくる。
その先頭には、鎧の胸に徽章が誂えられた兵士長が立っていた。
「アンリ・メヌエットが戻って来たなど、世迷いごとを広めるな!」
「違う、事実だ」
そこで、ブレームが彼らの前に立つ。
武器を構える兵士達。
だが、ブレームの姿を見ると同時に、兵士長が目を見開いた。
「あ、あなたは!? ブレーム殿!」
「……ラドルフか。今はお前が兵士長を務めているのだな」
ラドルフ、と呼ばれた兵士長は、直後ブレームの前で膝をついた。
「またお会いできて光栄です! ブレーム殿!」
その兵士長の言葉と態度に、他の兵士達もざわつき出す。
「ま、まさか、あの方が……前王城兵士長のブレーム殿?」
「数々の戦場で功績を上げた、伝説の……」
「ぶ、ブレーム殿、本物だ……」
兵士達の中には、ブレームの姿を見て感動に打ち震えている者もいる。
「さ、サインもらわないと」
「お、おい、お前行けよ」
「いや、お前が行けよ……」
と、変な盛り上がり方をしている兵士達もいる。
「ちょうどいい、お前達も食料を配るのを手伝ってくれ。これで、暴動は抑えられるはずだ」
「は、はい!」
意外なところから人手が加わった。
ブレームの言葉により、兵士達も食料配分に参加することとなった。
××××××××××××
「アンリ!」
王都外――戦場。
アンリは、父ガルーダ、次男レーシェとも合流を果たす。
「うおおおお! アンリ様!」
「お帰りなさい、アンリ様ぁぁ!」
彼等と共に王都へと出兵していたメヌエット領の兵士達も、アンリとの再会を喜ぶ。
「なに、アンリ様が帰って来ただと!?」
「そんなバカな!」
「嘘じゃない! さっき、レオネス王子と一緒に!」
「一目お会いさせてくれ!」
更に、アンリが現れたことで、王都や他領からやって来た兵士達も覇気を取り戻す。
「アンリ様はどちらに!?」
「ええい、邪魔だ魔獣共! どけ!」
「アンリ様が戦っているぞ! 俺達がへこたれててどうする!」
気合いを入れ直し、立ち上がった兵士達が、魔獣へと立ち向かっていく。
アンリは戦場を駆け回り、《隷属》魔法で皆を強化したり、敵を攪乱したりとサポートを行う。
徐々にだが、戦況が盛り返していくのがわかる。
「ふぅ……」
「鎧袖一触の活躍だな、アンリ」
アンリと共に戦場を巡っていたガルーダとレーシェが、一息つくタイミングで彼女の肩に手を置き労う。
「ありがとうございます、お父様、中兄様、皆さんも」
「そういえば、お前が仲間にしたという双子の魔人……イリアとオデットだったか……は、どこにいるんだ?」
「王都の方に向かったのかい?」
そこで、ガルーダとレーシェが、アンリにそう問い掛ける。
やはり、二人も長兄バルトールと同じく、あの双子のことが気になっているようだ。
本当、手紙に余計な事を書いちゃったな……。
でも、それはもう過ぎたことだし、彼等と家族達との仲を心配はしていない。
何故なら――皆がイリアとオデットに感謝する時が来るかもしれないからだ。
「二人には、大事なミッションを任されてもらいました」
「ミッション?」
「はい。二人には魔神の力で、この魔獣騒動の発生源を破壊してきて欲しいとお願いし、向かってもらったんです」
飛翔魔法を持ち、高速で空を駆けられる。
オデットは魔力の索敵に優れており、以前も魔獣の発生源の魔力溜まりを感知できた。
何より、魔神としての力をある程度取り戻した今、膂力も人間離れしている。
二人が最適だと判断したのだ。
「大丈夫なのかい? その……相手は邪悪な魔神と言い伝えられている存在なんだろう? アンリの言うことを、本当に聞いてくれるのかい?」
レーシェが心配そうに問う。
それに対し、アンリはニッコリと微笑む。
「はい、大丈夫です。私は、二人を信じています」
××××××××××××
――その頃。
件のイリアとオデットは、飛翔魔法――宝石のような色合いの翼を展開し、魔獣発生の中心へと向かっていた。
「わかるか? オデット」
「ああ、どうやらあそこのようだ」
高速で空を駆け、二人は瘴気の発生源――ハボットが封印を破壊した、あの山の洞穴のすぐ前にまで到着を果たしていた。
その一帯は、正に魔境。
魔獣達が犇めく、地獄のような光景が広がっていた。
人間がこの場にいたなら、一瞬だって命が持たないだろう。
しかし、その魔獣達は地上へと降り立ったイリアとオデットを前に、道を空けていく。
まるで、二人を恐れているかのように。
「……なんとなく、この山の近くに来たあたりから、そんな気配はしてたけど」
「予想通りだったな」
洞穴の中を進むイリアとオデット。
やがて二人は、その奥に充満するおどろおどろしい瘴気の塊――魔獣達の発生源である、魔力溜まりの前に立った。
「間違いない、僕達の《心臓》だ」
予想通り。
かつての昔、大半の力の源である《心臓》を奪われ、別々の場所に封印を施されたイリアとオデット。
その、封印を解かれた双子の《心臓》が、此度の魔物発生の根源だったのだ。
「とりあえず、こいつを破壊すれば魔獣被害は収まる、が……」
「折角、運良く再会出来た《心臓》を破壊するのか?」
「………」
「………」
そこで、イリアとオデットは沈黙する。
二人の脳裏に、この魔獣発生源の破壊をお願いされた時の、アンリの姿が過ぎった。
「……このまま魔力を戻すこともできる」
「すぐに戻るの?」
「……定着までに500年。その間、眠りに入る必要がある」
「………」
「我々が眠って居る間に更に魔物は発生し、人間達は苦しむことになる」
「アンリはどうなるかな」
「………」
しばらく、沈黙が流れる。
目前にあるのは、彼等に備わっていた唯一無二にして強大な力。
かつて猛威を振るい人間達を支配した、あの全盛期を取り戻す事ができる。
今日まで恋い焦がれていた力の源。
他に選択肢など無いはずなのに――まるで迷うように、二人は黙考し。
「……決めた」
やがて、イリアがそう口を開いた。
「俺は既に答えを決めている」
続いて、オデットが発する。
そして二人は、同時に自身の《心臓》へと手をかざす。
「……珍しいこともあるもんだな」
「ああ、まったくだ」
「「お前と意見が合うだなんて」」
イリアとオデットは、意識を込める。
二人の所有物である《心臓》の魔力は――二人の意思によって光の粒子となり、消滅する。
「おっと、その前に」
「ちょっとは、手助けをしておいてやろう」
寸前、イリアとオデットは消えゆく魔力の一部を、まるで掬い上げるように手の中に集める。
そしてそれを、爆散させた。
二人を中心に発生した光の波が周辺一帯を駆け巡り――その延長線上にいた魔獣達が、次々に瘴気となって吹き散らされていく。
この地に生み出された魔獣の内の、実に半分が、その現象によって打ち払われたのだった。
「どうせ、人間共が勝手に封印ぶっ壊して発生させたんだろ」
全てが消えた後、破壊された壁画を見て、イリアが吐き捨てる。
「自業自得。流石に、全滅までさせてやるのはムカつくしね」
「ああ。残りの魔獣くらいなら、人間達でもどうにかできるだろう」
そう呟いて、二人は顔を見合わせる。
「アンリのところに帰るか」
「ああ」
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