○●幕間4 ルークレイシアは前代未聞の危機に直面しています●○
……アンリの心配は、最悪の形で現実になっていた。
先日、ハボット伯が強大な魔力の封印を解いてしまった結果、ルークレイシア本国では、未だかつて無い凶悪な魔獣騒動が勃発してしまっていたのだ。
あの封印の山を中心に発生したドス黒い瘴気の淀みは、巨大な魔力嵐を生み出し、その中から次々に魔獣を生み出していった。
しかも、その魔獣達の力が桁違いに強い。
兵士が十数人掛かりで挑み、なんとかギリギリ勝てるかどうかという魔獣。
そんな魔獣が、次から次へと瞬く間に生み出されていくのだ。
ここ数十年の歴史を見ても、例のない緊急事態。
とても手には負えない強力な魔獣が暴れ、被害は各地に拡大していく。
多くの民が住む場所を追われ、魔獣から逃げるように暮らすことを余儀なくされていた。
当然、流通や生産にも影響が出ており、早い話が大量の難民が発生している上に食糧難にも繋がっているのだ。
被害は雪だるま式に増大していく。
――しかし、そんな中諸悪の根源であるハボット家の当主はどうしているかというと。
「速く! あの魔獣を討伐できないのか!?」
早々に自領を捨て、ローズリンデ等家族と共に足早く王都へと逃げ込んでいた。
しかも、逃げ込んだ先は王都の貴族区にある自身の屋敷では無く、王城。
レオネス王子の婚約者であるローズリンデを連れ、立場を利用し有無を言わさず匿ってもらったのだ。
王城の一室にて、ハボットは落ち着き無く歩き回り喚き散らしている。
「レオネス王子は……レオネス王子はいずこに?」
その近くでは、ローズリンデがソファに腰掛け、震えながら従者に問い掛ける。
「現在、前線に出て此度の魔獣討伐の指揮を取っています」
「そんな……こんな時こそ、妻となるわたくしの側にいて不安を拭って欲しいのに……わたくしを心配してはくれないの」
さめざめと泣くローズリンデに、どうしよう、どうしよう、とあたふたするハボット。
そんな彼等の姿を、城の臣下達は内心冷めた目で見据えていた。
「……こうなったら、やむを得ない」
そこで、ハボットが呟く。
「メヌエット領の者達に協力を仰ぐしかない」
この魔獣騒動を解決するために、投入出来る戦力は全て投入せねば。
最早、嫌がらせや何だと考えている余裕は無い状況だ。
「連中に頭を下げる事だけはしたくなかったが……いや、下げる必要など無いか」
そこで、ハボットが部下に命令する。
レオネス王子の名で書状を出せ――と。
「次期国王からの勅命とあれば、連中も従わざるを得ないだろう」
そう言って、ハボットはほくそ笑む。
結局、彼等が考えているのは、自分の身の事だけであった。
××××××××××××
――一方その頃、メヌエット領。
魔獣騒動の影響は当然、この地にも響いていた。
「こっちは片付いた! 西の盤面はどうだ!」
「バルトール様が獅子奮迅の活躍だ! 問題無い!」
「俺達は東に向かうぞ!」
アンリの父ガルーダや兄達、それに兵士達は、自領に侵攻してきた魔獣達を討伐していた。
彼等は魔獣退治のプロ。
他の地域に比べれば、まだ被害を最小限にとどめられている。
それでも、やはり苦戦は強いられている様子だ。
「くっ……このレベルの魔獣が次々に発生しているとは……一体、何が起こっているんだ」
メヌエット家の屋敷。
その庭に作られた本部の中で、メヌエット家当主、ガルーダが唸る。
「当主様!」
そんな折、伝令の兵がやって来る。
「王都より、此度の大規模な魔獣被害に対し、メヌエット家にも協力を要請するという命令が下されました!」
伝令は、ガルーダへと書状を渡す。
レオネス王子の名が入った書状だ。
それだけ、事態は切羽詰まった状況になっているという証拠だろう。
しかし……。
「何だと!? 今更なんだ!」
「今まで散々こちらの言い分を無視しておいて、困ったら助けろだと!?」
「ふざけるな!」
本陣にいるメヌエット伯領の兵士達は、その話を聞き、怒りを露わにする。
レオネス王子直々の命令である以上、不平不満など許されるはずがない。
だが、もうそんなことは関係なかった。
積もり積もった不満が、今完全に爆発したようだ。
「領の外に出てもいいなら、まずはアンリ様の安否を確認に向かわせろ!」
「そうだ、アンリ様が心配だ!」
「アンリ様を無事に保護できたら、どこの戦場にだって行ってやるよ!」
「アンリ様ー!」
憤怒する兵士達。
「静まれ、皆の衆」
それを、ガルーダが深く威厳のある声音で鎮めさせる。
「確かに、アンリの身も心配だ。しかし、だからこそ今は冷静な判断をしなければ――」
「あの、当主様」
そこで、伝令の兵がもう一つ荷物を取り出す。
束になった手紙を差し出した。
「そのアンリ様より、当主様に送られた手紙も届いております」
――余談だが、アンリからの手紙に関してはハボット家も考慮していた。
もしも、そんな手紙が来たなら事前にメヌエット伯領には届けぬようにと、嫌がらせの準備がされていたのだ。
無論、アンリもそうなる可能性を考慮し、メヌエット伯領の外に潜伏している、メヌエット家の息の掛かった従者達の力を借り、彼等を通してメヌエット伯領に密かに手紙を届けてもらうよう、注意を払っていた。
しかし、国が荒れ、嫌がらせどころの状況ではなくなったため、ハボット家の横槍は無くなった。
手紙は問題なく、当初の想定よりスピーディーにメヌエット伯領の父の元へと届いたのだった。
「アンリからの手紙だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!?」
その知らせを聞くや否や、ガルーダは王城からの書状を投げ捨て、伝令に飛びかかる。
完全に興奮状態である。
「アンリ様からの手紙だと!」
「アンリ様はご無事なのですか!?」
「当主様、早く手紙の内容を読んでください!」
「読んで! 読んで!」
他の兵士達も興奮状態だ。
現場はしばし騒然となった。
「ええい、焦るな! き、緊張で手先が……」
ガルーダは、積み重なった便箋の一番上を真っ先に開け、中から手紙を取り出す。
「……おお、間違いない! アンリの字だ!」
「アンリ様はご無事だぁ!」
「よかったぁ!」
その報告を聞き、兵士達は安堵して喜ぶ。
「父上! アンリから手紙が届いたと聞いたぞ!」
「本当かい!?」
そこに、戦場から長兄バルトールと、次男レーシェまで慌てて戻って来る。
彼等も、アンリの安否が知れると聞き付け、いてもたってもいられなくなったのだろう。
「待て、今から読み上げる」
そして、ガルーダがアンリからの手紙を読み上げる。
《北の監獄》に初めて足を踏み入れた時のこと、双子の魔神との生活の日々、川に流された結果人の暮らす村に辿り着けたこと……。
遠く北の大地で、この日までアンリが過ごしてきた毎日が語られていく。
「なんと、そんなことが……」
「アンリ様、なんて勇ましい……」
バルトールの語るアンリの近況を聞き、兵士達が涙を流している。
そして手紙の最後には、こう書かれていた。
――自分は《北の監獄》で元気に開拓生活を送っている。
――メヌエット伯領のみんなも、何かしらの嫌がらせを受けているかもしれない。
――けれど、決して間違った判断はしないで欲しい。
――魔獣による被害を受けて最も苦しむのは、この国の民。
――皆は、民を守る事を第一に優先して欲しい。
――そして気が向かないかもしれないけど、レオネス王子が助けを求めてきたら助けてあげて欲しい。
――彼がああなったのはある意味自分のせいでもある……というか、レオネス王子に恩を売っておいて損は無いと思うから。
……と。
「……相変わらず逞しい娘だ」
読み終え、ガルーダと兄達は微笑む。
「よし……聞いたかお前達! アンリは無事だ! 我が娘の言う通り、この国の危機を我々で救ってやろうではないか!」
「レオネス王子に恩を売れば、アンリの追放を取り止めさせることもできるかもしれないしな!」
ガルーダとバルトールが声を上げると、兵士達は雄叫びを上げて盛り上がる。
その光景を見て、ガルーダは深く感嘆した。
「流石はアンリ、我が領の兵達のことをよく熟知している……こいつら、ワシの言うことも全然聞かなかったのに……」
若干ヘコみ気味のガルーダだったが、そこで気を取り直すと、彼は自身の執務室へと向かう。
「父上、どちらに?」
「お前達は王都への出兵準備を進めろ。ワシは、アンリへ送る手紙を準備する。アンリにも、今のこの国の惨状を知らせるべきだろう」
××××××××××××
――そして。
ガルーダは自身の溢れる想いと、現在のルークレイシアが迎えている危機を文面にしたため、実に数十枚に及ぶ文書を作成。
それを、伝令に渡す。
「頼んだぞ」
「ハッ、命を賭してアンリ様の元へ届けます」
ガルーダからアンリへと、手紙の返事が返されることとなった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
本作について、『面白い』『早く続きが読みたい』『期待している』と少しでも思っていただけましたら、下方よりブックマーク・★★★★★高評価をいただけますと創作の励みになります。
また、感想・レビュー等もいただけますと、とても嬉しいです。
どうぞ、ブクマ・評価・感想等でご応援の程、よろしくお願いいたしますm(_ _)m




