○●第16話 アンリの歓迎パーティーです●○
拝啓、、、お父様、お元気でしょうか?
遂に……遂に、この日がやって参りました。
港町の郵便局を通し、お父様にお手紙を出せる日が。
この《北の監獄》での今までの生活、私が経験した全てを書面にしたためてきました。
それらをお送りします。
私の安否をお伝えするだけの事なのに、大変な時間を掛けてしまい申し訳ありません。
ですが、どうかご安心ください。
あなたの娘、アンリは健やかに生き伸びております。
なので、もう私の心配は要らないはずです。
お父様はお父様ご自身を、大兄様や中兄様を、家族を、兵士のみんなを、領地の民達のことを第一に考えて下さい。
……いえ、賢明なお父様のことです。
私が言うまでも無いと思いますが。
これからは逐一情報交換をしていきましょう。
私のお手紙をお読みになりましたら、是非ご返信を。
では。
どうぞ、お健やかに。
××××××××××××
遂にこの時がやって来た。
その日、アンリはブレームと一緒に、犬ゾリを使って港町へと向かった。
力強いマラミュート達の脚力を借り、滑走するソリは瞬く間に雪原を駆け抜け――。
そして、港町に辿り着く。
「ここが、港町デリンズ……」
結構、いや、かなり大きな港町だ。
港には幾つもの船が停泊しており、また海原を進んでいくものも見える。
あの船が、輸入や輸出、また人々の行き来を行っているのだろう。
「アンリ、あそこが郵便局だ」
ブレームに案内され、アンリは早速、港の郵便局を訪れる。
そして、今まで書き溜めてきた手紙が詰まった便箋を、局員へと渡す。
「よろしくお願いします!」
大きな薪ストーブが稼働し、適度な温度と湿度に満たされた郵便局の中に、アンリの元気な声が響く。
深々と頭を下げる彼女の姿を、周囲の局員や他の客達も何事かと驚きながら見ている。
(……どうか、お父様達に届きますように)
手を合わせ、アンリは祈る。
「もしも向こうから返事が来たら、こちらに伺えばよろしいですか?」
「そうしてくれると助かるよ。アルビオンまで行くのは、結構骨が折れるからね」
局員の返答に、アンリは「わかりました」と頷く。
定期的にここを訪れ、返事を確認するとしよう。
「よかったな、アンリ」
そこで、ブレームがアンリの肩に手を置く。
「はい」
これで、ひとまず、当面の目標の一つを達成できた。
××××××××××××
さて――それから。
アルビオン村へと戻ったアンリは、父からの返信を待ちつつ長閑な日々を送っていた。
今日は、家畜の牛が放牧されている牧場を訪れている。
牧草をむしゃむしゃと食べながら、大きな体の牛達がゆったり散歩している。
先日、牧場主の村人も戻り、以降牛達は問題無く世話をされている様子だ。
「おお、アンリさん、こんにちは」
「こんにちは」
そこで、牧場主の村人が現れた。
アンリは挨拶を交える。
「あんたのところから来てくれてるペンギン達、本当に働き者だな。かなり助けてもらってるよ」
「そうですか、良かったです」
あれからも、アンリの《隷属》でパワーアップしたペンギン達には、色々と村の仕事を手伝ってもらっているのである。
ペンギン達は仕事好きなので、喜んで作業に従事している。
そして、どうやらその働きっぷりも高評価の様子だ。
「ほら。これは手伝ってもらってるお礼だ」
そこで、牧場主はアンリに手に持っていた木箱を渡す。
中には、牛肉や牛乳、それにチーズが入っていた。
「いいんですか!?」
「ああ……と言っても、あのペンギン達には魚の方がいいかもしれないがな」
アンリは、お裾分けしてもらった食材の数々を見る。
どれも新鮮だ。
「牛乳に、チーズか……」
それらを見て、アンリは思い出す。
メヌエット伯領にいた頃、よくケーキやクッキーなどを作ったものだ。
魔獣討伐に参加した際には、それを同じ戦場に立つ兵士達に配ったりもした。
(……みんな、おいしいって喜んでくれたっけ)
正直、そこまで喜ぶ? と思うくらいのリアクションを、アンリのお菓子を受け取った兵士達は見せていた。
その時の記憶を思い返し、アンリは微笑んだ。
「……よし」
アンリは牧場主にお礼を言うと、その足でチュエリー家へと向かう。
「こんばんは」
「あら、アンリさん」
やって来たアンリを、チュエリー夫人とアローチェが出迎えた。
「どうしたの? アンリ」
「ねぇ、アローチェ。一緒にお菓子を作らない?」
アンリは、アローチェへと言う。
先日、この話をした時、目を輝かせていた彼女の姿も思い出したからだ。
「え?」
アンリからの申し出に、アローチェは目を丸める。
「ほら、私のお見舞いに来てくれた時、そんな話をしたでしょ。あの時、アローチェが摘んできたベリー。あれを使ったら、とても美味しいケーキが作れそうだと思ってね」
「あら、素敵なお誘いね、アローチェ」
その提案に、チュエリー婦人も微笑む。
「そのお話、アローチェからも聞いていまして、私もアンリさんが来るのを楽しみにしていたんです。お菓子用の材料がいっぱいありますから、是非使ってください」
「いいんですか?」
「ええ、ね、アローチェ」
「う、うん」
おずおずと、アローチェも頷く。
しかし、十分乗り気の様子だ。
「じゃあ、早速やってみよう!」
××××××××××××
――そして、夕方。
「アンリ、ここにいたのか」
お菓子作りに熱中し、アローチェとチュエリー婦人と時間も忘れて楽しんでいたアンリ。
そこで、ブレームがチュエリー家を訪れた。
「ブレームさん、私を探してたんですか?」
「ああ。ちょっといいか」
彼に連れられ、アンリ達は村の広場へと向かう。
すると、その場に村中の村人達が集まっていた。
イリアとオデットもいる。
屋外に幾つもテーブルや椅子が並び、飾り付けもされている。
凄い。
そういえば、朝からみんな集まって何かをしているとは思っていたけど――。
「何か、お祭りでもあるんですか?」
「ああ。アンリ・メヌエットの歓迎祭、とでも言うべきかな」
「え?」
ブレームの発言に、アンリは目を丸める。
そんな彼女の表情をおかしそうに眺め、ブレームが説明を始める。
「最近、アルビオン村が再生を始めている。去って行った人々も戻り、村に活気が生まれ始めた。当初、アンリが訪れた頃に比べたら、どんどん雰囲気が明るくなって、心地の良い騒がしさで溢れているだろう?」
ブレームは、優しい眼差しでアンリを見据える。
「村が発展したのは、アンリのお陰だ。だから、君の来訪と功績を祝う、お祝いのパーティーを開こうと皆で話し合って決めたんだ」
「そんな……いつ頃から計画してたんですか?」
「魔獣を討伐し、アンリが私の家で静養している間だ。戻ってきた皆と話し、すぐに決めていた」
かなり前から企画していたようだ。
全然気付かなかった……。
「さぁ、お待ちかねだ」
そこで、昼頃にも一度会った牧場主が、大きな牛肉のブロックを運んでくる。
(……牧場主さんも知ってて計画に携わってたんだ)
アローチェやチュエリー婦人も知っていたのだろうか?
振り返ると、二人とも満面の笑みを浮かべている。
どうやら、そのようだ。
そんな素振り全く見えなかったのに。
みんな演技上手だなぁ、と、アンリは思う。
「あ、イリア、オデット。もしかして二人も……」
「いや、僕達も知らなかった」
「アンリと一緒だ。今日、初めて知った」
どうやら、二人にも内緒だったようだ。
仲間はずれとかではなく、きっと、このパーティーは二人の歓迎会でもあるからだろう。
さて。
牧場主が運んできたのは、美しい光沢と色合いを見せる、見事な赤身肉。
ブレーム達が村で育てていた肉牛を捌き、熟成させていたのだという。
手間の掛かる作業だが、人手の戻った今ならできる。
熟成されたそれは、ローレライ牛の熟成赤身肉として最高の牛肉に育ったそうだ。
「こんなに凄い熟成肉、俺もはじめて見たぜ。俺達がいない間、ブレームさんやペンギン達がちゃんと世話をしてくれていたんだな」
牧場主が、感動したように語る。
そして、その赤身肉を切り捌き、熱した鉄板に乗せていく。
塩胡椒をはじめとした香辛料で味付けし、派手に焼き上げたそれは――肉汁滴るステーキとなった。
「わぁ……」
少し赤身の残った、ミディアムな焼き上がり。
見るだけで美味しいとわかる。
一口サイズに切り分けられ、アンリは皆と一緒にステーキを頬張る。
ジューシーな肉汁が溢れ、しっかりとした食感と旨味が口の中で炸裂する。
こんな良い肉――今までだって食べたこと無いかもしれない。
イリアとオデットも、競うようにステーキを頬張っている。
「あ、そうだ! ちょっと待ってて下さい!」
そこで、アンリは不意に、チェリー家へと向かう。
折角の歓迎会。
皆で喜びを分かち合うなら、アンリも美味しいものを提供したい。
「お待たせしました」
アンリが持ち帰ってきたのは、アローチェ達にも手伝ってもらって作った、ベリーをふんだんに使ったレアチーズケーキ。
元々、村のみんなにお裾分けしようと思って、多めに作っていたのだ。
正にグッドタイミングである。
「おお! これは凄い!」
「アローチェも一緒に作ったのか」
「綺麗な飾り付け!」
「木の実のケーキか。珍しいな」
皆から大絶賛を受け、アローチェも照れている。
「うん、美味しい」
「ベリーの酸味とチーズの風味が合うなぁ」
どうやら、味の方も満足してもらえたようだ。
××××××××××××
そんな感じで、パーティーは進行していく。
村人達も会話に花を咲かせ、今は楽器を持ってきて演奏会が開催されている。
皆が楽しみ、そして盛り上がっている。
それは、アンリにとっても心が満たされる風景だった。
「まさか、この村でこんな光景が見られる日が来るとはな」
ブレームが酒を傾けつつ、しんみりと呟く。
「ブレームさん。このような素晴らしい会を開いてくださり、ありがとうございます」
「……王都でこの国の王侯貴族に落胆し、隠遁を決意した」
そこで、ブレームが目線を落とし、呟く。
「しかし、王国の喧噪が煩わしく、静かで落ち着いた場所で余生を過ごしたいと決意し、この土地にまで逃げてきた。兵士として国のために従事してきた私の人生には、伴侶も家族も居ない。このまま、細々と孤独に生きていくものだと思っていた」
「ブレームさん……」
「……だが、君が来て全てが変わった気がする」
ブレームはアンリに、「ありがとう」と囁く。
そう言われ、アンリはしばし言葉を失う。
アンリ自身、自分が彼にとってそんな特別な存在であるなどと、うぬぼれてはいない。
きっと、ブレームも大袈裟に言ってくれているはずだ。
それでも、ブレームの眼差しが、彼の真っ直ぐな言葉が、心にむず痒い暖かさをくれる。
「そんな……こちらこそです」
アンリは頬を染め、彼にそう返した。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
本作について、『面白い』『早く続きが読みたい』『期待している』と少しでも思っていただけましたら、下方よりブックマーク・★★★★★高評価をいただけますと創作の励みになります。
また、感想・レビュー等もいただけますと、とても嬉しいです。
どうぞ、ブクマ・評価・感想等でご応援の程、よろしくお願いいたしますm(_ _)m




