○●プロローグ2 メヌエット家の人々●○
「アンリ様、どうか神妙に」
――祝賀会の本会場の外。
兵士達に囲われ、アンリは窮地に陥っていた。
「心配せずとも、泣き喚きませんし暴れません。全ては誤解です」
しかし、アンリの態度は依然、毅然としたものだった。
動揺し泣き叫ぶ事も、怒り狂って当たり散らす事もない。
ただ、自身の冤罪を雪ぐため、武器を携えた兵士達を前にしても泰然とした表情を崩すことなく立っている。
そんな彼女の姿に、逆に兵士達の方が気圧されている程だった。
「み、見苦しいぞ! レオネス様を騙そうとした悪女め!」
そこで、一人の兵士がアンリに槍を突き付ける。
まだ若い兵士だろう。
正義感の強い性格が、声から表われている。
「大人しく跪け――」
手持ち槍の穂先が、アンリの首筋に触れるか触れないか、というところでアンリの手が動いた。
彼女の指先から白銀の光が発生し、まるで糸のように兵士の体に伸びる。
その光が兵士の体に触れると、彼の全身を包み込むように広がった。
「え、え?」
気付くと、若い兵士は手にしていた槍を床に落としていた。
本人も、何故自分が槍を手放してしまったのか、理解できていない様子だ。
他の兵士達がざわつく。
「あれが、メヌエット家の《隷属》の魔法……」
今アンリが披露したものこそ、彼女の持つ魔法――《隷属》の力の一端である。
他者の体に魔力を掛け、行動を支配する。
若い兵士はアンリに操られた事によって、自身の意思に反して槍を手放したのだ。
(……まぁ、それだけ強力な魔法だからなぁ……王子を操って国を乗っ取ろうとしているなんて、根も葉もない噂が生まれても仕方がないのかもしれないけど)
と、改めてアンリは思う。
けれど、それは全くの嘘でたらめである。
婚約破棄は百歩譲って、自分の失態であると受け入れるしかない。
名前を汚してしまった事は、父や兄達に謝ろう。
しかし、王子を操ろうとしていた等という誤解は解かなくては、それこそメヌエット家……延いては、メヌエット伯領の民達にも迷惑を掛ける事になるかもしれない。
(……その為には、まずこの状況をなんとかしないと)
膠着状態の兵士達と、現状の打破を考えるアンリ。
「アンリ!」
その時だった。
遠くから、地響きのような声が聞こえてきた。
アンリが視線を向けると、こちらに向かって三人の男性が足早でやって来るのが見える。
「お父様! お兄様達!」
彼等こそ、アンリの家族。
一番先頭に立つ、二メートル近い巨躯に、威厳たっぷりの皺が刻まれた顔をした男性が、アンリの父。
メヌエット家当主の、ガルーダ・メヌエット。
その後ろに続くのは、父ほどの巨体というわけではないが鍛え上げられたシュッとした肉付きの体に、焼けた健康的な肌。
短い茶髪を流した、精悍な顔付きの男性。
彼は長男の、バルトール・メヌエット。
その隣には、二人とは明らかに毛色の違う風貌の、面長で美形の男性が続く。
スラッとした体躯に少し長い茶色の髪。
彼は次男、レーシェ・メヌエット。
今回の祝賀会、別会場に参列していた彼等も、騒ぎを聞き駆け付けてきたようだ。
「ええい、どけ! うちのかわいい娘に何をする気だ!」
父ガルーダがアンリを取り囲んでいた兵士達を払いのけながらやってくる。
その後に、長男バルトールと、次男レーシェが続く。
「アンリ、無事か!? 怪我はないか!?」
普段は優しげな雰囲気を放つ垂れ目をカッと見開き、長男バルトールがアンリの肩に手を置く。
「大丈夫です、大兄様。魔獣討伐でだってそう簡単に傷を負ったことのない私ですよ? いつも心配しすぎです」
「うう……しかし、お前の身に何かがあったと聞いては心配で心配で……」
「アンリ、一体何が起こったんだ?」
続いて、次男レーシェが心配そうにアンリの顔を覗き込んでくる。
「レオネス王子に婚約破棄をされたと、そんな話が聞こえてきたけど……まさか、本当じゃないよね?」
「それよりも、中兄様。今日の祝賀会は大商家や貴族の令嬢の方々が出席すると心待ちにされていましたよね。いいのですか? その方々を放っておいて」
「何を言うんだ! 私のかわいい妹の方が最優先だ!」
そんな感じで心配する二人の一方、父ガルーダは自分達を取り囲んでいる兵士達を睨み回す。
「聞いたぞ。うちのかわいい娘が王子を誑かし、国を支配しようとしていただと!? 冤罪も甚だしい!」
と、激怒している。
その姿は一見、炎のブレスを口端から漏らすドラゴンを彷彿とさせる。
……お察しの通り、メヌエット家の男性陣は、皆、アンリに対して少し過保護というか……彼女を溺愛している節がある。
彼等が当たり前のように『かわいい娘』とか『かわいい妹』とか言うのは、アンリとしては普通に恥ずかしいので、辞めて欲しいと思っている。
「そうだ! レオネス王子と話をさせろ! アンリに謝罪してもらおう!」
と、当事者であるアンリ以上に憤怒している父と兄達を前にして、兵士達もたじろいでいる。
「あ、あのー、お父様もお兄様達も、少し、落ち着きましょう、ね」
なんなら、この中で一番慌てなくちゃいけないはずのアンリが一番落ち着いて皆を宥める始末である。
しかし、彼等の怒りは一向に収まる気配がない。
(……あーもー、めちゃくちゃだよー)
頭を抱えるアンリ。
「メヌエット伯、どうか冷静に」
そこで、兵士達の中から一人の男性が前に出る。
身に纏った鎧の胸に、徽章が誂えられていることから、彼が兵士長であるとわかる。
「メヌエット伯、残念ですが今回のアンリ様への刑はレオネス王子直々に下されたもの。決定は覆らないでしょう。アンリ様は《北の監獄》へと追放となります。それに異を唱えるようであれば、貴殿等も罪を負うことになります」
「上等だ!」
対し、父ガルーダも兄達もすっかり喧嘩腰で応答する。
「メヌエット伯領の全兵で抗戦してやる! これは戦だ!」
「ストップ!」
そんな燃え上がっている父の後頭部にチョップを打つアンリ。
「こんな事で、領内のみんなを危険に晒すような事はしたくありません。そのようなことになるくらいなら、喜んでこの罪を受け入れ《北の監獄》へと追放されます」
「アンリ!?」
「お父様……それにお兄様達も、ちょっといいでしょうか」
アンリは、そこで皆を集め、ひそひそ話を始める。
「ここは、大人しく処分を受け入れましょう」
そのアンリの発言に、三人とも目を丸める。
「アンリ、何を言ってるんだ!?」
「島流しにされるんだぞ?」
「本当にいいのかい!?」
「……残念ですが、レオネス王子の決定は絶対。彼自身が私に騙されようとしていたと証言している以上、覆すのは難しいでしょう。ですが、牢獄に捕らえられるわけではないのは、逆に不幸中の幸いかもしれません」
アンリは、グッと小さな拳を握って見せる。
「私は《北の監獄》で贖罪をするという体で、今回の疑惑が無実だったとどのように証明するかを考えます。お父様達は、こちらで情報を集めてください。遣り取りは、手紙で行いましょう」
「むぅ……」
「流石は、アンリ」
こんな状況になっても冷静に先のことを考えているアンリに、三人とも感心する。
「しかし……本当に大丈夫なのか? お前一人で」
「大丈夫。私には、お母様から……一族代々受け継いできた、《魔法》の力がありますから」
そう言って、にっこり笑って見せるアンリに、三人とも苦い顔になる。
かわいい娘の、かわいい妹の、その健気な姿に、自身の無力さを悔いているのかもしれない。
「仕方が無い……愛するアンリと離れ離れになり、僻地での苦しみを味わわせる事、それだけで心が苦しいが」
「大袈裟ですよ、お父様」
確かに、不安が無いと言ったら嘘になる。
でも、そんな彼等を心配させないように、アンリは気丈に振る舞ってみせた。
「たとえ追放されるのが煉獄でも紅蓮地獄でも、私は絶対にへこたれたりしませんから」
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