○●幕間3 レオネス王子の苛立ち、そして凋落の前兆●○
――アンリ・メヌエットが《北の監獄》へと追放されてから、一ヶ月半程の時間が流れた――。
「………」
王城。
王の執務室にて、レオネス王子は執務に当たっている。
しかし、その全身から醸し出される雰囲気は――遠目に見てもイライラしていることがわかるほど、殺気立っていた。
今の彼の悩みの種は、各地で多発している魔獣騒動。
そして、それに輪を掛け神経を逆撫でしているのが、現婚約者のローズリンデの存在だった。
先程も、わざわざ執務室までレオネスに会いに来た。
仕事中のレオネスのことなど意に介さず、外国から取り寄せた新しい服を見て欲しいとか、旅行に行きたいとかどうでもいいことを話してくる。
そして、レオネスに近付き、ベタベタと体を触ってくるのだ。
あの女は、自身の色気で男を誘うことに何よりも余念が無い。
こちらが威圧的な態度を取れば空気を読んですぐに離れるが、その色目をレオネスの近しい召使いや護衛の近衛兵達に使っているのを知っている。
また、ある夜開かれた夜会では、自身が王子の婚約者であることを笠に着て、訪れた女性達を傅かせるような態度を見せていた。
気分の悪い女だ。
その醜悪な性格をすぐに直せとは言わないが、せめてもう少し王位を継ぐ者の妻として言動を心掛ける気はないのか。
(……それを言えば、アンリなど真逆だった)
自分が第一王子の婚約者で、行く行くは国母にもなるという立場にあるにも拘わらず、それを笠に着るような言動は一切見られなかった。
ローズリンデと共にいる内に、それと比較するように、アンリを思い出すことが増えた。
アンリは別物だ。
「……いや、何を考えているんだ、私は」
どうせあの女も、自分の知らないところでは傲慢に振る舞っていたに違いない。
不愉快な女に、違いない。
そう考え首を振るう。
雑念が多い。
「レオネス王子、今朝の商会ギルドからの提出ですが……王子!? 何をされているのですか!?」
「出掛ける」
執務室へと入ってきた秘書が、外出の準備をしているレオネスを見て慌てふためく。
そんな彼を無視し、レオネスは足早に執務室を後にした。
(……戦場に出て、この鬱憤を魔獣にぶつけるとしよう)
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現在、ルークレイシア国内で多発し、平定の遅れている魔獣騒動。
その戦場の一つに、レオネスは訪れた。
森の中を発生源とし、湧き出てきた魔獣が近隣の牧場や農場を襲っているのだという。
このままでは、村や町にまで被害が及ぶ。
領地内の兵士だけでなく、王都からも兵士達が増援され、凶暴な魔獣達と戦っている。
「退くな! ルークレイシアの兵たる者、徹底的に魔獣を蹂躙せよ!」
その前線に立ち、レオネスが兵士達を鼓舞している。
軍人経験のあるレオネスは、自身も剣を握り魔獣と戦う。
四足獣の体に鷲の頭を持ち、翼の生えた魔獣――グリフォン。
二足歩行の体で、頭部は狼のそれをしている魔獣――ウルフマン。
地上の生物にあらざる形をした怪物達に果敢に挑み、レオネスは武器を振るい、激闘の果てに魔獣を倒していく。
倒された魔獣は瘴気となって空中に消える。
やがて――森の奥より伝令が駆け付けた。
魔獣の発生源である魔力溜りの破壊に成功。
この地での魔獣騒動は、終息したようだ。
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レオネス王子が戦陣に立つとなれば、兵士達もピリピリし、気が抜けなくなる。
そのせいというか、おかげというか、レオネスが出陣する戦場での魔獣討伐は捗っている。
「お疲れ様です、レオネス様。レオネス様のお力添えもあり、通常よりも迅速に騒動の制圧が完了しました。流石でございます」
「いい加減、私が戦場に立つまでもないようにしてもらいたいのだがな」
今回の戦場で指揮を執っていた将軍と共に、終戦後の戦場の中を見て回るレオネス。
そう威圧感を放ち言うと、将軍は口ごもって身を縮める。
「くそっ……やっぱり苦戦したな」
すると、そこで。
撤収作業を始めている兵士達の間から、ある会話が聞こえてきた。
「ああ、この規模の魔獣騒動なら、いつもならもっと早く終わっていたのに」
「やはりメヌエット伯領の、魔獣討伐のプロ達がいないと、どうにも効率は落ちるな」
「………」
そんな話し声を耳にし、レオネスは思わず足を止め、目を見開く。
(……まさか、これよりも簡単に討伐できるのか)
今日一日で、レオネスは何体かの魔獣の相手をした。
正直、かなり手強い敵だと思った瞬間が、何度もあった。
だが……メヌエット伯領の者達にとっては、この程度、朝飯前だというのか。
「ああ、こんな時こそアンリ様のお顔を拝見したいぜ」
そこで、動揺するレオネスの耳に、更に、アンリを求める声まで聞こえてくる。
「アンリ様の魔法があれば、もっと少ない人員で多方面に対処できるし、何より疲労ももっと早くに回復するしな」
「それはきっと、アンリ様の魔法の力だけじゃないな。領外の兵士にも、凄く気を使ってくれるし」
アンリの話題になるや、兵士達が盛り上がり始める。
「細かいところまで見てくれてるしな。俺なんて、歩き方がいつもと違う気がするって言われて、腰痛を見抜かれたし」
「アンリ様、甘い菓子を作って振る舞ってくれたりしてたからな」
「ああ、また、アンリ様の料理が食べたい……」
瞬間、レオネスは腰の剣を引き抜くと、近くの木に刀身を叩き込んでいた。
気分の昂ぶりを押さえるように。
「無駄口を慎め」
その様子を察した兵士達が、そそくさと去って行く。
「お、王子……」
随伴していた将軍や、近衛兵達も困惑している。
彼等も、兵士の無駄話だけが彼の怒りの理由ではないと察しているのだろう。
「………くそ」
レオネスは思う。
アンリの名を聞いたから苛立っているのもある。
しかし一方で、アンリの存在は、それだけ重要だったということがよくわからされた。
彼女の反抗的な――自分に対し、真っ向から意見してくる時の、毅然とした姿が脳裏を掠める。
(……何故、こうもアンリのことが頭に浮かぶ)
何故、こんなにも心を掻き乱される――。
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一方――ハボット家当主。
彼は、娘のローズリンデがレオネス王子の婚約者になったと事から、一気に権力を手にしていた。
爵位も、伯爵から侯爵へと上昇。
商業貴族としての地位も仲間内の中でトップになったことにより、今ではこの国の流通に関わるほぼ全てを支配していると言っても過言では無い。
今まで出来なかったこと、反対されていたことも、彼に逆らう者が居なくなった今、好き放題だ。
「ハボット様、間もなく到着のようです」
「ほほう、ここが、か」
彼は現在、馬車に揺られながら、ある目的地――人里離れた山の奥地へと向かっている。
以前、怪しい商人から手に入れた謎の地図。
ハボットは、その地図を宝の地図と断定した。
この人の手のほとんど入っていない山には、財宝が眠っていると思っているのだ。
メヌエット伯が魔獣討伐の功績やアンリの存在によって幅を利かせていた頃は、危険指定された土地への無闇な侵入は何が起きるかわからないため禁止されていた。
特に、この地図の場所は『邪悪な存在が封印されている』と言い伝えられており、おそらく魔獣発生の原因にも繋がる可能性があるとして、メヌエット伯が侵入を禁止するよう王に提言していたのだ。
「馬鹿め。人を近付けさせぬようそんな言い伝えがある時点で、何か価値のあるものが保管されている可能性もあるということではないか。ワシの商人としての嗅覚に間違いは無い」
財宝を手に入れたいハボットは、遂に念願叶ってここに来た。
欲望に目が眩んだ今の彼には正常な判断などできておらず、そして止める者もいない。
お付きの者達や自領の兵士達を携え、山の中を進んでいくハボット。
すると、山の中腹――生い茂った木々の奥に、洞窟の入り口を発見する。
「よし、見てこい。言っておくが、無事が確認できた時点でワシを呼べ。勝手に進むことは許さんぞ」
彼等に財宝を横取りされるわけにはいかない。
どこまでも強欲な性格が、発言から滲み出ている。
やがて、中の安全が確認されたということで、ハボットは兵士達に先行させつつ洞窟を進んでいく。
そして、辿り着いた最奥。
そこに、ボロボロになった石壁を発見した。
「これは……壁画だ」
なにやら、まがまがしい壁画の描かれた石版がそこにある。
「ここの奥に何かが眠っている、と描かれてあるな……」
地図を見ながら、ハボットはほくそ笑む。
遂に来た。
更なる富を手にする時が。
「……よし、破壊しろ」
「よろしいのですか? 歴史的にも価値のあるもののようにも……」
「そんなものはどうでも良い! 早くしろ!」
ハボットに命令され、壁画の描かれた岩盤を破壊する兵士達。
すると、壁画に走ったヒビ割れの奥から、濃い紫色の光と共に、淀んだ暗雲のような空気が吹き出した。
「こ、これは、魔獣を生み出す瘴気!」
気付いた時には遅かった。
壁画のヒビ割れから一気に瘴気が吹き出し、うねり、恐ろしい形を成していく。
次々に、強力な魔物が姿を現していく。
「ハボット様、お逃げを!」
「うわぁぁぁ!」
魔獣と抗戦する兵士達。
その隙に、急いで逃げるハボットとお付きの者。
「急げ!」
ハボット達は馬車に乗って、その場から離れる。
疾走する馬車。
振り返ると、彼等がいた山の中腹あたりから瘴気がどんどん湧き立ち、次々に魔獣が生まれていくのが見える。
どの魔獣も強力な威圧感を放ち、更に数も多い。
「ハボット様……」
「王都だ! 早く王都に向かえ!」
しかし、それよりも何よりも、ハボットの頭の中にあったのは自分のことだった。
「それと、我が領に伝達し、早々に財産の保護を! すぐに、王都にあるワシの屋敷に運び込め!」
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自身が犯した重大な危機の報告よりも先に、己の身を守ることを優先したハボット侯爵。
(……多少遅れたとしても、兵士隊を派遣すれば、他の魔獣騒動同様すぐに治まるだろう……大丈夫だ)
そう思っていたのだろう。
しかし、彼は予期していなかった。
この自身のあやまちが、ルークレイシア始まって以来の、最大最悪、未曾有の魔獣騒動の原因となってしまうことを――。
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