○●第12話 アルビオン村の住人にご挨拶です●○
――翌日。
「へぇ、ここが畑なんですね」
アンリは、ブレームに村の中にある畑へと連れて行ってもらった。
今は、特に何も作っていないようだ。
「この前収穫した野菜は、今は保管庫に保存されている」
ブレームの家の隣にある保管庫を見に行く。
保管庫の中には、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、カボチャ等の野菜が保存されていた。
「わぁ、すごい!」
「これが、今の季節を越える為の備蓄だ。といっても、もうすぐ春が来る。そして夏になれば、少しは過ごしやすくなるはずだ」
アンリ達がいた旧ミラート村のある地域は、年中吹雪が発生する酷い土地。
ルークレイシアの民達から《北の監獄》と呼ばれるような場所だった。
そこと比べれば、ここはまだ人が暮らせる環境になっている。
「一年中雪が降っている、というわけじゃないんですね」
「ここら辺の地域はそうだな。ちなみに、旧ミラート村のある地域だって、本来ならそんな気候の土地にはならないはずだと言われている」
「そこまで離れているわけでもないのに、どうして極端に気候が違うんだろう?」
そう疑問を口にするアンリに、ブレームが「うむ……」と呟き、顎に指先で触れる。
「言い伝えに寄れば、土地に呪いが掛かっているらしい」
「呪い?」
ブレームの説明を聞き、アンリが問い返す。
「あくまでも、俺も言い伝えを聞いただけだが……遙か昔、この地では魔神同士の争いが起こったそうだ。人間をも巻き込んだ、大それた争い。そこで、魔神の力が色々と混ざり合い作用した結果、それが原因で気候のおかしな土地になってしまったのだと言われている」
「魔神同士の……」
「まぁ言い伝えなので、本当の原因はわからないがな」
「へー」
とは言え、あの双子の魔神――イリアとオデットだって現に封印されていたのだ。
この北国には、自分達の知らない秘密がまだまだ眠っているのかもしれない――と、アンリは思った。
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「アンリも本格的にここで暮らすことになった以上、このアルビオン村に関して今一度詳しく紹介しておこう」
村の中を歩きながら、ブレームがアンリに、このアルビオン村について説明をしていく。
周囲を城塞で囲まれた、そこそこ大きな面積を誇る村。
だが、住んでいる住人は、ブレームを含めて十数人くらいしかいない。
ブレームが隠遁してやって来た頃にはもっと人が居たが、何分、辺鄙で住みづらい土地のため、人々もどんどん去って行ってしまったらしい。
「家畜も置きっぱなしにしてな……私と残り少ない村人達で育てているが、正直手が回らないのが実情だ」
「なら、私に任せてください」
そこで、アンリが胸を張って言う。
「私というか、私達に、ですけど」
「?」
アンリの発言の意味をブレームが理解したのは、そのすぐ後のこと。
「「「ぴゃー!」」」
アンリの《隷属》によってパワーアップしたペンギン達が、村の中を元気に走り回る。
牧舎に行って、餌を運んだり、毛並みの手入れをしたり。
家畜の世話をしっかり行っているのである。
元々、廃屋の掃除を自分達から率先してやったりしていたので、仕事をするのが好きなのかもしれない。
何より、アンリの役に立てるのが嬉しいのだろう。
「な、なんだ? このペンギン達……」
気付くと、何人かの村人達が様子を見に来ていた。
「家畜の世話をしているのか?」
「働き者だな」
「ふふふ……」
アンリは、ペンギン達を呼び集める。
「みんな、褒められてるよ、よかったね」
アンリに言われると、ペンギン達は「「「ぴゃー!」」」と、嬉しそうに翼をパタパタさせる。
アンリは、そこで自分がこの土地に送られてきた理由を思い出す。
王命により、贖罪のためこの《北の監獄》を開拓しろという無理難題を押しつけられていたのだ。
(……流石に、あの猛吹雪だらけの場所はまだ無理だろうけど)
手始めに、この村をもう少し住み良い場所にできたら、出て行った人も戻ってきたり、新しい住人も増えたりするかもしれない。
それも開拓の内に入るかな? と、アンリは考えた。
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さて。
アンリは改めて、ブレーム以外のご近所さん達にもご挨拶に伺うことにした。
まずは一番近くの家の住人。
アンリ達が現在住んでいるのと同じくらいの敷地の家である。
家の周囲が、がっちり柵で覆われている。
敷地内に入り、家屋の扉をノックし来訪を伝えると、現れたのは父と母、娘一人の三人家族だった。
「先日から、こちらの村に引っ越してきましたアンリと申します。よろしくお願いいたします」
丁寧に挨拶するアンリ。
「これはこれは、初めまして」
「私達は、チュエリーという者です」
こちらの一家の名前は、チュエリー家というらしい。
「良くこんな場所まで来たわね」
そこで、二人の間に挟まれるように立っていた女の子が、アンリを見上げて言う。
「わざわざこんなところに住むなんて、相当な偏屈者なのね」
長い髪に丸い目。
美しい白い肌をした人形のような少女だ。
まるで、雪の妖精のようである。
発言はチクチクするが。
「こら、アローチェ。すいません、この子ったら生意気で」
「あはは」
笑って誤魔化すアンリだが、まぁ、否定はできない。
そもそも島流しにされた罪人でしたとはバラせないので。
「あれ?」
ふと見ると、家の近くに家畜小屋があり、庭では鶏が放し飼いにされている。
「コッコッコッコッ」と、特徴的な鳴き声を発しながら、鶏達がてくてくと歩き回っている。
「へぇ、こちらの家では鶏を飼っているんですね」
家の周りがちゃんとした柵で覆われていたのは、これが理由のようだ。
アンリは鶏小屋や、そこで飼育されている鶏達を見させてもらう。
「盗まないでよ」
そこで、一緒についてきたアローチェに睨まれてしまった。
「盗まないよ。安心して」
そう優しく言うアンリだが、アローチェは警戒心の強い視線を向けてくる。
彼女は、疑い深い性格のようだ。
「ともかく、うちの近くで疑わしい動きもしないようにね。ただでさえ、泥棒狐にも迷惑してるんだから」
「泥棒狐?」
アローチェの放ったその言葉が気に掛かるアンリ。
「こら、アローチェ、失礼なこと言わないの」
そこで、アローチェのお母さんがやって来て彼女を叱る。
「申し訳ありません、度重なり失礼な物言いを。あ、そうだ」
そこで、アローチェのお母さん――チュエリー夫人は家の中へと戻ると、何か大きな瓶を抱えて戻ってきた。
「娘が失礼な態度を取ってしまったお詫びの印と、ご近所同士のご挨拶に」
彼女が持ってきたのは、自家製のザワークラフトだった。
瓶の中に、いっぱいのザワークラウトが入っている。
「わぁ、良いんですか!? ありがとうございます!」
アンリは大喜びで、お土産を受け取った。
「……お母さんってば、まだ信用できる人かもわからないのに……」
アローチェは、そんなアンリを見てぶつぶつと呟いていた。
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その後も、村の中を回って数少ない住人達に挨拶回りを終えたアンリ。
夜が訪れ、本日はブレームの家で晩餐をすることになった。
立派な家はもらったが、晩ご飯は大勢で食べる方が楽しい。
ブレームもその方が嬉しいのか、もしくはアンリの様子を見守れて安心なのか、喜んで受け入れてくれた。
「あれ? これってもしかして、ソーセージですか?」
ブレームの家の食料庫の中で、ソーセージらしきものを発見するアンリ。
「ああ、香草入りの鹿肉のソーセージだ。一応、私の手作りだ」
説明するブレームに、アンリがキラキラした視線を向けると、彼は笑って「それを食べるか」と言ってくれた。
早速、アンリはソーセージを鍋いっぱいのお湯で茹でる。
「あ、そうだ。ソーセージにちょうど合うお土産をもらったんだった」
本日、チュエリー家からもらったザワークラウトを持ってきて、お皿の上にソーセージと一緒に盛り付ける。
「おお! 美味そう!」
「アンリ、運ぶのを手伝おう」
「ありがとう、オデット。ほら、イリアもつまみ食いしようとしてないで手伝って」
食卓に料理を並べ、早速皆で晩餐をいただく。
「ん~、美味しい!」
特徴的な味わいの鹿肉ソーセージと、酸っぱいザワークラウトがよく合う。
「チュエリーさんに、またお礼を言っておかないと」
「あの家に行ったのか。一人娘のアローチェには困惑しただろう」
アンリの発言を聞き、ブレームが苦笑を浮かべる。
「そうですか? かわいい子でしたよ」
アンリ、イリア、オデット、ブレームは、アンリの手掛けた上質な料理を。
ペンギン達は、昼間に近くの川で捕ってきた魚を。
団欒を交え、みんなで長閑で温かい時間を過ごす。
(……最初の頃はどうなるかと思っていたけど)
今はただただ、北国での生活を満喫しているアンリであった。
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