○●第11話 イリアはちょっと嫉妬してるみたいです●○
隠遁騎士ブレームは、双子の魔神イリアとオデットに対して警戒心を高めているが、何はともあれこの村での生活を許してくれたようだ。
村の中には人の住んでいない家がいくつかあり、アンリに「その内の一つを使うと良い」と言ってくれた。
「よし。二人とペンギンさん達が帰ってくるまでに、掃除を終わらせておかないと」
ということで、アンリは自分達が住む家の大掃除を行い、イリアとオデット達を迎え入れる準備を整えた。
――そして、翌日。
「あ、来た来た」
庭先で空を見上げていたアンリとブレームは、遠くからこちらへと何かが飛んでくるのを認識する。
背中から、無機質な翼――飛翔の魔法を展開したイリアとオデット。
そして、その腕の中に抱えられたり、背中にしがみついているのは、懐かしいペンギン達の姿だった。
「「「ぴゃー!」」」
着地すると同時、二人の体にしがみついていたペンギン達が飛び降り、アンリに駆け寄る。
アンリはペンギン達に《隷属》を掛け、久々に会話をする。
「アンリ様ー!」
「また会えてよかったよー!」
みんな嬉しそうで何よりだ。
「このペンギン達……しゃべれるのか?」
そこで、アンリと自然に会話をするペンギン達の姿を見て、ブレームが驚く。
「はい、私の魔法の力です」
アンリがブレームに説明する。
アンリの《隷属》魔法を掛けれられた動物は、主のアンリが人間であるためか、人間と会話ができる力が備わるのだ。
「この寒空の下、ずっと飛び続けるのも骨が折れる。何度か休憩を挟んだため、時間が掛かってしまった」
「まったく、道中吹っ飛びそうになるわ騒がしいわ、大変だったんだぞ」
イリアとオデットが、文句混じりにアンリのもとへやって来る。
「イリア、オデット、ありがとう。ご飯をいっぱい用意して待ってたから、今日はもうゆっくりして」
「お、いいねいいね」
「まともな食事ができそうだな」
アンリに笑顔を向けられ、二人ともすぐに機嫌を直した。
「ちゃんと、ブレームさんにも感謝してよ。食材を分けてもらったんだから」
そこでアンリが言うと、イリアとオデットは無言でブレームを見る。
ブレームも同様で、三人は黙ったまましばり睨み合う形となった。
「ちょっとちょっと、どうしたの? 二人とも」
「おい、アンリ」
そこで、イリアがヒソヒソとアンリに耳打ちする。
「俺は、こいつをいまいち信用してないぞ。お前を助けてくれたようだが、妙な事はされていないよな?」
「もう! そういうこと言うと怒るよ!」
アンリはイリアのほっぺを抓る。
「はぁ……もう。ごめんなさい、ブレームさん。二人にはちゃんと言っておきますので」
「……いや、別に気にしてはいない」
何はともあれ。
こうしてアンリ達は、アルビオン村にてペンギン達とも暮らすことになったのだった。
××××××××××××
――翌朝。
「うーん……上手く切れないものですね」
アンリは、ブレームに教えてもらいながら、薪割りに挑戦していた。
もらった一軒家の中には暖炉があり、更に離れには風呂場もあった。
その燃料が必要と考えたためだ。
しかし、鉈を使って木を割ろうとするが、上手くできない。
刃が変な角度で食い込み、綺麗にパカンッと割れないのだ。
「私も最初はそうだった。木の繊維に沿って刃を走らせるんだ、こういう風に」
ブレームは、アンリから受け取った鉈で薪を一発で割ってみせる。
「わぁ、すごい!」
割れた薪を拾い、しげしげと観察するアンリ。
「断面が真っ直ぐじゃない……」
「そう。斧の刃で叩き切るんじゃなく、木の繊維を裂くようなイメージだ。そのこつを掴めばすぐにできるようになる」
そうして、ブレームに手取り足取り、薪割りの方法を学んでいたアンリ。
「おーい、捕まえてきたぞー」
そこに、イリアとオデットが狩りで取った獲物を持ってくる。
「……道具も持たず狩りをしてきたのか」
「あったりまえだろ、魔神舐めんな」
手に入れた兎をブレームへと見せつけるイリア。
「アンリ、早速解体しよう。腹が減ったよ」
「待て」
そこで、ブレームがイリアを止める。
「アンリからも話を聞いたが、お前達は知識が不十分な状態で今まで獲物を捌いていたのだろう。やり方がある」
そこで、アンリ達は、ブレームから獲物の捌き方を学ぶことになった。
連れて行かれたのは、ブレームの家の近くにある小屋。
ブレームは、ここを解体小屋と呼ぶ。
中には、大小様々な大きさの樽や、天井から吊された獲物、それによく手入れされた解体道具が並んでいる。
そこで、イリア達の捕って来た獲物を樽に入れながら、ブレームが解説する。
「捕らえた獲物はすぐに解体せず、しばらく熟成させる必要がある。そうすると、肉からクセが抜けて美味くなるんだ」
「へぇ、だからだったんだ」
当初、解体の仕方がわからなかったので、捕まえた獲物はその日の内に解体していた。
ここで、アンリ達は熟成という技法を学ぶことになった。
「流石ですね、ブレームさん。学ぶことばかりです」
「……わからないことがあったら、何でも聞いてくれ。ここも好きに使うといい」
アンリは、ブレームに尊敬の視線を向ける。
「………」
「………」
そんなアンリをイリアとオデットは、黙って見詰めていた。
××××××××××××
本日イリア達が狩りで捕って来た獲物は熟成のため食べられなかったのだが、ブレームがその代わりにと食用肉を分けてくれた。
アンリ達は、ありがたく頂戴することにした。
「ふぅ……」
もらった家の離れには、お風呂場がある。
薪で早速火を焚いて、久しぶりのお風呂に浸かり、アンリは極楽極楽の状態となっていた。
「この村に辿り着けて良かった。ブレームさんからも色々な知識を教えてもらえて、助かったなぁ」
ゆったりとお湯に体を沈め、アンリは幸せそうにそう呟いた。
――一方、その頃。
「あー、腹が減った」
「アンリが戻るまで我慢しておけ」
イリアとオデットは、外で適当に過ごしていた。
今までのように、一日掛けて猟をしなくてはいけないような、切羽詰まった生活では無く、食料も設備も整った環境になった。
それゆえ、暇な時間がいくらかできたのである。
「………」
そこで、イリアが煙突から湯気の上がる風呂場の方を見る。
「……今あいつ、裸なんだよな。ここで僕等が乱入したらどんな顔するかな」
「趣味が悪いぞ、イリア。また首を絞められたいのか」
そう呟いたイリアに、オデットが無表情で警告する。
「おいおい、忘れたのか? あいつ、僕達に《隷属》を掛けてないんだぞ? 気を許したのか、舐めてるのか。どちらにしろ、完全に油断しきってるって事だ。ここがチャンスじゃん」
「………」
「まぁ、別に良いけど。お前が行かないなら、僕一人でアンリを好きにさせてもらうから」
「……どうした、イリア。焦っているのか?」
そこで、オデットが言う。
「あの男に、アンリが取られたようで気に入らないのか」
「……は? 何の話だよ」
どこか動揺を見せるイリア。
するとそこで――。
「よからぬ事を喋っているな」
イリアとオデットが、同時に立ち上がって振り返る。
そこに、ブレームがやって来ていた。
おそらく、双子の動向に目を光らせていたのだろう。
腰には剣を下げている。
すかさず、イリアとオデットも臨戦態勢を取る。
空気に緊張感が走った。
「やめとけよ、わかるだろ? 僕達二人との実力差くらい」
イリアが挑発するように言う。
「無論だ。相手は弱っているとは言え魔神。一方、こっちは現役を退いた兵士だ。確実に負けるのは俺だろう」
一方、ブレームも気圧されること無く言い返す。
「だが、爪痕一つくらいは残せる。その体に、手痛い爪痕をな」
「へぇ……」
「舐められたものだな、我々も」
火花を散らすブレームと双子。
「あー、サッパリしたー。お待たせ、イリア、オデット。二人も入ってみたら――ん?」
そこに、風呂上がりのアンリが戻ってきた。
「あれ? ブレームさん? どうしたの? みんな」
妙な空気を察知したアンリに、双子は「別にー」と誤魔化す。
しかし、ブレームの方は、しばし黙ってイリアとオデットを見据えた後――。
「……アンリ、やはり私の家に来ないか」
アンリを見て、そう言った。
「私の家の方が、ここよりも大きいし快適だ。君も随分気に入ってくれていただろう。ベッドも好きに使うと良い」
「あ、ずるいぞ!」
いきなりのブレームの申し出に、イリアが焦ったように声を上げる。
「うーん……」
しかし、アンリは少し首を傾げた後、ブレームに微笑む。
「ありがとうございます。でも、折角ですが、私はここでみんなと暮らします」
そう言った。
「あまりお世話を掛けてもブレームさんに悪いし。それに、私にとってイリアとオデットは、この《北の監獄》で最初にできた仲間だから」
「………」
「何より、イリアとオデットは見張っていないと何をしでかすかわからないからね。目を光らせておかないと」
気合いたっぷりで言うアンリに、ブレームは「そうか」と、少し残念そうに呟く。
「ははん、残念だったな」
嘲笑うイリア。
そこで、アンリが真面目な顔になる。
「何度も言うけど、ブレームさんには凄くお世話になったんだから、失礼なこと言わないで。少しは更生したと思って許してたけど、そういうことしてるとまた首輪をはめるよ」
白銀の魔力を発露しながら言うアンリに、イリアはバツの悪い表情になる。
「馬鹿め」と、オデットにも言われる。
そんな三人の様子を見て、ブレームは、先程までの険のある表情を一変させ、微笑みを浮かべた。
「どうやら、家族は間に合っているようだな」
そう言って、去って行く。
その背中が、少し寂しそうに見えた。
「あ、ブレームさん」
そんな彼を呼び止めると、アンリは深くお辞儀する。
「助けられたことも、食料を分けていただいていることも、色々な知識を教えてもらっていることも、とても感謝しています。ブレームさんの家のベッドで寝かせてもらっていた時、今まで生きてきた中で、一番安心というか……心が安らぐ気分になりました」
「………」
「ブレームさんも、私にとっては家族のように思っています」
そう言われ、ブレームはハッとしたような表情になる。
そして――口元を綻ばせた。
「……また、いつでも訪ねてくると良い。アンリも、無論、お前達も」
アンリと、その後方のイリアとオデットにも、言う。
「狭く寒い、生きるのには大変な地域だ。協力し合っていこう」
「はい」
アンリ達は、ブレームを見送る。
「……まぁ、悪い奴じゃ無いのはわかるんだけどさ」
イリアは頭を掻きながら言う。
そんなイリアを一瞥した後、オデットが口を開いた。
「アンリ、イリアは嫉妬しているだけだ。お前があの男に随分心を許しているようで、取られた気がして拗ねているのだろう。許してやってくれ」
「だから、オデット! 勝手にそういうこと言うな!」
サラッと言い放ったオデットに、怒るイリア。
一方、オデットの発言に一瞬ポカンとなったアンリだったが、すぐに笑顔を浮かべる。
「あはは、わかってるよ。今日からは、みんなで一つ屋根の下だよ。楽しく過ごそう」
「だからそうじゃないって!」
アンリもまた頬を赤らめながら、イリアとオデットの背中を押し、皆で家へと入っていった。
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