○●第10話 隠遁騎士ブレームさんとの日々です●○
拝啓、、、お父様、とても素晴らしい事がありました!
このローレライ領に来て、初めて普通の人に会うことができました。
《北の監獄》の廃村を離れ、人間の住んでいる場所へと向かっている最中、不注意から川に落ちてしまったのですが……気絶して川岸に流れ着いていたところを、ある男性に助けていただきました。
彼の名は、ブレームさん。
今は隠遁しているそうですが、ルークレイシアの兵士として勤めていた方だそうです。
お歳は、多分お父様よりも少し若いくらいだと思われますが、とても優しく、親切で良い人です。
ブレームさんのおかげで、久しぶりに普通の食事を取ることもできました。
北国の野菜がふんだんに入ったスープ……もしかしたら、私が今まで食べたものの中で一番美味しかったかもしれません。
ブレームさんの暮らす場所はアルビオン村という場所で、それなりに広い敷地を持つ村です。
やっとではありますが、この北国からお父様にお手紙を届けられる可能性が出てきました。
今しばらくお待ち下さい。
……心配なのは、離れ離れになってしまったイリアとオデット、それにペンギンさん達です。
皆無事なら良いのですが、ペンギンさんは私を捜し回って迷子になって、野生動物に襲われていないか心配です。
イリアとオデットも、《隷属》を解いてしまったので今はどこに居るかもわかりません。
旧ミラート村に戻れば行き倒れになることは無いと思いますが……。
……などと書くと「今心配すべきなのは魔神である二人が自由の身になってしまったことに対してだろう」と、お父様に言われてしまうかもしれませんね。
でも、なんとなく、あの二人はそんなに悪い存在ではないと、そう思うんです。
ほんの数日一緒にいただけではありますが、なんとなく……。
では、お父様、私の現状をお伝えできる日も、近いかもしれません。
どうぞ、お健やかに。
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もらったペンと紙を使い、日課の手紙を書き終えたところでだった。
「今日は、体の具合を見るために少し散歩をするか」
寝室へとやって来たブレームが、アンリをそう言って誘った。
「はい、もう体の方は全力で動き回っても大丈夫だとは思いますが」
「魔法のおかげか……改めて、凄い力だな」
――昨夜のこと。
アンリはブレームに、自分の持つ魔法――《隷属》の説明をした。
自分や他者に魔法を掛けることにより、行動を操作したり、身体を保護したりパワーアップしたりできる。
彼も、《隷属》魔法を受け継ぐ血族――メヌエット家のことは知っていたようで、アンリがその家の一員だと知り驚いていた。
『メヌエット家は長年、魔獣討伐のプロとしてルークレイシアに貢献してきた。中でも《隷属》の魔法を受け継ぐ女性達は、その責任を果たすため女の身でありながら戦場に立ってきた……』
ブレームは、グッと拳を握り締める。
『君のような高潔な人物に、下らない冤罪を着せ追放するなど……現王子は呆れてものが言えないほどの愚物だぞ』
『まぁまぁ、私もレオネスを庇うつもりはありませんが……今は一刻も早く、どのような形であれ本国に戻りたい気持ちです』
アンリの身の不幸を、まるで自分のことのように怒ってくれるブレーム。
そんな彼に、アンリは好感を抱く。
さて――視点は戻り現在、アンリはブレームと共に彼の家から外へと出た。
ブレームの家の中で安静にさせてもらって、既に三日ほどが経過している。
本当は、もっと早い段階で体の調子は良くなっていたのだが、ブレームに「焦ってはいけない」と待機させられていたのだ。
なので、待ちに待った外出とも言える。
「ここが、アルビオン村……」
ブレームの家を出たアンリは、初めて自分の足で、目的地だったアルビオン村の中を見て回る。
アンリ達のいた廃村とは違って、当然、整った環境である。
家々が並び、堅牢そうな城壁に囲われ、柵に覆われた牧場もある。
「ブレームさん以外にも住人がいるんですか?」
「ああ。しかし、村の規模に比べて、人間はとても少ない」
「あまり、人は多く住んでいないんですね」
「……以前までは、それなりに居たのだがな」
そこで、ブレームは険しい顔を浮かべる。
「ここは、君のいた旧ミラート村周辺の地域に比べればまだマシだが、それでも人が住むには過酷な環境だ。どんどん住人が減っていってしまって、今では数えるほどの世帯しか住んでいない」
「そうなんですね……」
そんな話をしながら、やがて辿り着いたのは牧舎。
「わぁ、牛!」
そこには、数頭の牛がいる。
ブレームが世話をしている牛なのだという。
「ここにいるのは乳牛。向こうで放牧されているのは、食肉用だ」
ブレームが指さした方を見ると、牧草地が広がっている。
「じゃあ、新鮮な牛乳が飲めるんですね」
「飲んでみるか?」
ブレームが聞くと、アンリは「是非」と目を輝かせる。
というわけで、乳搾りを体験させてもらうことになった。
ブレームに教えてもらいながら乳搾りをし、新鮮な牛乳をゲットする。
「おお!」
「持って帰って熱しよう」
金属製の容器に溜めた牛乳を持って彼の家へ戻ると、ブレームがそれでホットミルクを作ってくれた。
「温かい……」
テーブルを挟み、アンリはホットミルクを、ブレームはホットワインを飲んでいる。
口の中に広がるまろやかな風味と、胃が温まる感覚。
心がホッとするようだ。
「……ふっ」
ホットミルクを口に含み、ほわぁと表情を緩ませているアンリを見て、ブレームは小さく笑う。
「あ、もしかして私、変な顔になってました?」
恥ずかしそうに顔を赤らめるアンリ。
そんな彼女に対し、ブレームは「ちょっと待っていろ」と言って、家の奥に向かった。
「……以前、港に遠出した際に仕入れてきたのを思い出してな」
「あ、これって……」
やがて、ブレームが持ってきたのは、ガラスの容器に入った茶色い粉と白い粉。
アンリは、それを知っている。
メヌエット領の屋敷にいた際、メイドさん達と一緒にお菓子作りをする時、よく使っていた。
ココアパウダーと砂糖だ。
それを牛乳に混ぜ合わせれば、ココアが出来上がる。
「ふぁぁ……」
口に含むと、甘みと多幸感が全身を包みこんだ。
あまりの美味しさに、ふにゃ、と、更に顔が弛緩してしまう。
「ごめんなさい、ブレームしゃん……恥ずかしいので、あまり私の顔を見ないでもらえるとありがたいでしゅ……」
「ふふ……」
そんなアンリの姿を見て、ブレームは再び顔を綻ばせる。
「ブレームさん、ありがとうございました」
ココアをご馳走になった後、アンリはブレームにカップを返す。
そしておずおずと、彼に言った。
「あの、お礼をさせていただきたいのですが……」
「お礼?」
「はい、私に、料理を用意させいただけますか?」
自慢ではないが、アンリはそこそこ料理が得意だと自負している。
この土地に来た当初は、、そもそも料理をする環境も余裕もなかったため、ほとんど生かせなかったスキルだが。
というわけで、アンリはブレームにキッチンへと案内してもらう。
そして豊富な材料をもらい、料理を作らせてもらった。
「できました!」
「……凄いな」
食卓に並ぶご馳走の数々。
シチュー。
鶏肉の香草焼き。
スライスしたジャガイモに、たっぷりチーズをかけて焼いたもの、など。
テーブルに犇めく料理の数々を見て、ブレームも目を丸めて驚く。
「えへへ、ちょっと張り切り過ぎちゃったかもしれませんね。お口に合うかわかりませんし、それにお腹に入り切らないようであれば遠慮無く言って下さい。私が責任を持って全部食べますので」
しかし、結果から言えばそんな心配は無かった。
ブレームはアンリの用意した料理を、一つ残らず完食。
瞬く間にペロリと平らげてしまった彼に、むしろアンリが驚いた。
「……久しぶりに、ご馳走というものを食べた気分だ」
膨れたお腹に手を当てながら、ブレームは満足げにアンリを見る。
「いや、私の人生の中で一番の食事だったかもしれない。ありがとう、アンリ」
「いえいえ」
自分の作った料理を、ここまで美味しそうに食べてくれるなんて――冥利に尽きる。
彼の食べっぷりを目の当たりにしたせいもあるのか、アンリはその感覚だけでお腹がいっぱいなる気分だった。
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食後――ブレームと他愛の無い雑談を交えていたアンリ。
「ふ、わぁ……」
やがて、満腹感と暖まった部屋の温度のせいか、アンリはうとうとしてくる。
思わず、椅子に腰掛けたまま寝そうになってしまった。
「眠たくなってきたか?」
「す、すいません……」
「寝室に行くか」
ブレームに案内されて、「今日もここで寝ると良い」と、彼のベッドを借りることに。
「そんな、ずっとベッドを使わせてもらってばかりで、ご迷惑を……」
呟きながらも、眠気でしまらない顔になっているアンリ。
その顔を見て、ブレームは笑いながら気にしていない様子で、アンリをお姫様抱っこする。
「あ……」
そして、ベッドの上に寝かせた。
ふかふかのベッドに、ふわふわの布団。
良い匂い。
こんなにも心安らぐベッドで寝るのは、随分久しぶりのこと。
「おやすみ、なさい、です……」
「おやすみ」
ブレームが、うとうとするアンリの頭に手を置き、優しく撫でる。
皮膚の厚い、ささくれだった固い手の平。
でも、彼の手から伝わってくる感覚は、包み込まれるように温かい。
体の中が熱くなって、彼に触れられている頭から足の先まで、ふわふわとした高揚感に包まれる。
まるで赤子に戻って、揺り籠の中で揺蕩っているような、そんな心地良さだ。
《北の監獄》に来てから、初めて感じる安心感。
いや……もしかしたら。
長年、《隷属》魔法の使用者として、メヌエット家を代表する者として、父や兄、自領の兵士達と戦地に赴いた。
しっかりと己を律し、母に、メヌエット家に恥じぬ生き方をしようとした。
レオネス王子に婚約破棄され、過酷な環境へと追放されても、打ちひしがれず懸命に生きて、双子の魔神にも恐れること無く立ち向かい、気を張って生きてきた。
そんな緊張から解き放たれる……。
とても大きくて、とても温かいものに包まれるような感覚……。
……気付くと、アンリはすぅすぅと寝息を立てていた。
その顔は、子供のように、少女のように純粋無垢で無防備なものだった。
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「………」
ブレームは、アンリの安心しきった寝顔を見ると、微笑み、頭を撫でていた手を離す。
彼女の髪は絹のように滑らかで、手に乗せるだけでさらさらと流れ落ちていく。
可能ならば一晩中でも撫でていたいが、それは流石に許されない行為だ。
それ故、手を離した。
「ん……」
そこで、アンリがブレームの手を握る。
まだ起きていたのか――と思ったが、アンリは眠っている。
無意識の行動のようだ。
握った手に頬を触れさせ、安堵の表情を浮かべるアンリ。
ブレームは、そんなアンリを愛おしそうな眼差しで見詰めると、彼女の体に毛布を掛け直し、寝室を出た。
「……罪人……か」
そして、先程までの慈愛に満ちた眼差しを一変、刃のように鋭くさせて虚空を睨む。
こんな年端もいかぬ少女を無実の罪で追放するなど、今のあの国の王侯貴族はそこまで腐っているのか。
いや、そもそも連中はそういうものだ。
ブレーム自身、王城の兵団に所属していた当時、貴族出身の役人の汚職を暴いた結果、組織内での居場所を奪われた。
その為、兵団を退役し、こんな辺鄙な土地へ追いやられるようにやって来たのだ。
過酷な環境にもへこたれず生きるアンリ。
ブレームの中に、いつの間にか、彼女に対する庇護欲が生まれていた。
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――翌朝。
起床したアンリが家から出ると、ブレームが庭で薪割りをしていた。
「よく寝られたか?」
「はい、ありがとうございました」
そこでブレームは、アンリが外出用の格好をしている事に気付く。
「どこに行くんだ?」
「以前いた、ミラート村の方に向かおうかと」
「何故だ? この村を目指してきたのだろう?」
「はい、ただ、放っておけない人達がいまして……あ」
そこで、アンリとブレームは気付く。
頭上――何かが、空から飛んでこちらに向かってくる。
その姿を見て、アンリは思わず声を発していた。
「イリア、オデット?」
「あ、見付けたぞ!」
空飛ぶ何かは――背中から翼のようなものを展開した、イリアとオデットだった。
翼のようなもの――といったのは、それがいわゆる鳥の羽のようなものではなく、まるで石か金属を切り出して作ったかのような鋭角的なデザインをしているからだ。
イリアの方はエメラルド色、オデットの方はアメジスト色。
二人の背中から直接生えている感じではなく、二人の体を空中に浮遊させる装置のような印象だ。
「ここに居たのか、アンリ」
「なんだかんだで、当初の目的地に到着してたってわけだ」
アンリの前に着地する二人。
「二人とも……それ、もしかして魔法?」
「ああ」
「飛翔魔法の一種だな」
どうやら、二人もここ数日で魔力が復活したのかもしれない。
今まではアンリの《隷属》で縛られていたが、解除された今、戻った魔力で飛翔魔法を展開し、空を飛ぶことができるようになったようだ。
「まぁ、肝心の《心臓》が奪われてるから、全盛期とは比べものにならないほど弱くなっちゃってるけど」
イリアが忌々しそうに言う。
「本当、一刻も早く《心臓》を見付けて、完全復活しちゃいたいよ」
「………」
アンリは、そこで二人を見ながら思う。
イリアもオデットも、全盛期に比べれば弱くなっていると言っているが、並大抵の魔法使いや魔獣に比べたら、かなりの魔力を感じる。
十分、凄い。
「それよりアンリ、よく無事だったな」
「崖から落ち、川に流されて生きているとは」
一方――二人は、アンリが生きていたことに驚き、そしてどこか喜んでくれているような様子を見せる。
その雰囲気を察し、アンリは嬉しくなった。
「イリア、オデット、二人とも逃げ出したかと思ったけど、私を探してくれてたんだ。ありがとう」
素直に、そんな感謝の言葉を発する。
「……まぁ、逃げ出しても良かったんだけど、それじゃつまらないからな。お前にはまだ、奴隷として働かされたカリを全く返してないし」
そんなアンリに、イリアは憎まれ口を叩く。
「俺は心配していた。無事で何よりだ、アンリ」
「はぁ!? オデット、お前よくそんな恥ずかしいこと言えるな」
「……心に隙を作るために決まっているだろう。お前は憎まれ口ばかり叩いても得が無いといい加減気付け」
ヒソヒソと言い争うイリアとオデット。
そこで、二人はアンリの後方――ブレームの存在に気付く。
「………」
「……アンリ、そいつは?」
自然と、睨み合う姿勢に入る三人。
どこか、一触即発の雰囲気だ。
「あ、この方はブレームさん。このアルビオン村の住人で、私を助けてくれたんだ。とても親切な人だよ」
「……ふぅん」
「………」
「あ、そういえばペンギンさん達は?」
険悪な空気が展開する中、アンリはイリアとオデットに尋ねる。
「置いてきた」
「あいつら、鳥みたいな見た目のくせに飛べないからな」
「ダメだよ、みんな連れてこないと! 一緒に行こうって言ったんだから!」
「別にいいじゃん、食い扶持が増えるだけだぞ?」
「アンリ、あのペンギン全員を連れてくるとなると時間が……」
そこで、イリアとオデットは、アンリがジッと自分達を見詰めている事に気付く。
「お願い、イリア、オデット……あの子達も、仲間でしょ?」
どこか悲しそうな、懇願するようなアンリの目を見て、二人は――。
「……はいはい、行きますよ」
イリアが溜息を吐きながら、そう言った。
「飛翔すれば歩くよりも時間は短縮できるが、行って帰ってくるのにはそこそこ時間が掛かる。最低一日は待っていろ」
忠告するオデット。
そして二人は翼を展開し、飛翔した。
「ありがとう。二人とも、気を付けてね」
アンリは、飛んでいった二人に手を振って見送る。
「……アンリ、あの二人が封印されていたという双子の魔神なのか?」
一方、アンリ達のやり取りを見守っていたブレームが、そこで声を発した。
「はい」
「そうか……思っていたより、何というか、大人しい印象の連中だな」
「そうですか? 最近はマシになりましたけど、隙あらばからかってくるし、変な事しようとしてくるし、生意気な子達ですよ」
言いつつも、微笑ましげに双子を紹介するアンリ。
そんなアンリを見て、ブレームは納得したように頷く。
「……毒気が抜かれているのは、君のお陰なのかもな」
「え?」
「いや、なんでもない」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
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