○●第9話 人の住んでいる場所を目指します●○
拝啓、、、お父様、お元気でしょうか。
先日、双子の魔神の封印を解いてしまった――と、とんでもないご報告をしてしまい申し訳ありませんでした。
しかし、ご安心下さい。
あれから、特に大きな問題は起こっておりません。
双子の魔神――イリアとオデットは、別に凶暴な行いをするでもなく、私と一緒に和やかな日々を過ごしてくれています。
……まぁ、ちょっと悪戯好きというか、男の子らしい困ったところもあったりしますが。
ベッドで押し迫ってきたり、いきなりキスされたり……ああ、いいえ、嘘嘘、今のは嘘です、気にしないで下さい。
ともかく、面白半分でからかってきたりしますが、そんなのは許容範囲内。
むしろ楽しく騒がしい毎日に、笑顔も増えた気がします。
それよりも心配なのは、お父様達の処遇と、ルークレイシア内部で起こっている魔獣被害です。
問題なく対処はできているのでしょうか?
私がおらず、お父様達やメヌエット伯領の兵士のみんなが冷遇されているとしたら、貴重な魔獣退治のプロフェッショナルが現場に出られないということ。
大きな戦力減に繋がっていると思います。
レオネス王子は、きちんとその点を把握しているのでしょうか?
自身のプライドや、ハボット伯やローズリンデ様の私怨に振り回され冷静な判断ができていない……というようなことは、無いと信じたいのですが。
今の私の心配は、それだけです。
では、お父様、また近況を報告します。
どうぞ、お健やかに。
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日課の手紙の執筆内容にも書かれていたように、《北の監獄》でのアンリの日常は、双子の魔神イリアとオデットという不安要素が加わったものの、特に大きな障害が発生するでもなく、むしろ良い兆候に向かっていると思われる。
まず人手が増えたことで、猟を行い食料を確保できるようになった。
アンリはイリアとオデットに《隷属》は掛けているが、強化はしない。
初日のような力任せの猟はできなくなったが、それでも流石は魔神。
人間離れした膂力に加え、徐々に小動物の性質や動きのクセも学んできたようで、強化無しでも獲物を捕まえられるようになってきた。
「オデット、それは何?」
「罠だ」
特にオデットは、あの廃屋にあった本をいくつか読み漁っており、そこから罠の作り方を学んだようだ。
木の枝を組み合わせ、手に入れた獲物の肉片を使って、狐を捕らえるための罠を作っている。
「おい、アンリ」
「!」
オデットの手際を見ていたアンリは、そこで背後からイリアに話し掛けられ、ビクッ! と肩を揺らす。
瞬間、《隷属》を発動。
背後のイリアの首輪が、ギュッと締められた。
「うわっ!」
突然首を絞められ、イリアは倒れ込む。
「な、なんだよ……僕、何もしてないぞ……」
「あ、えっと……」
「ほら、兎捕まえたから持ってきたんだよ。なんだよ、いきなり……」
イリアの手には、数匹の兎が。
どうやら、捕まえた獲物を見せにきただけだったようだ。
「ご、ごめん……でも、後ろからいきなり声を掛けられたらビックリしちゃうよ」
アンリはそう誤魔化すように言うが、内心では心臓がドキドキしている。
アンリは、あの夜の一件以来イリアを警戒している。
いきなりキスをしてきた件だ。
どうせ本人は、からかっているくらいの気持ちなのかもしれない。
もしくは、そうやってアンリの心を乱して集中を途切れさせ、《隷属》から逃れるのが目的ゆえの行動――とも解釈した。
だから、必要以上にイリアの行動に対しては過敏になってしまっている。
それは仕方がないことのはずだ。
(……でも、この心臓のドキドキは、そういう緊張感だけが原因じゃない気もするのは、どうしてだろう)
……それは、一旦措いとくとして。
ここまで語った通り、現状、大きな問題は起こっていない。
イリアとオデット、それにペンギン達と一緒に、この過酷な《北の監獄》でなんとか生き抜くことができている。
(……そうだ)
そういえば――と、アンリは思う。
一つ、“大きな変化”があったとするなら……。
「おい、アンリ。もう僕はお腹いっぱいだから、僕の分も食べてよ」
「アンリ、そんな量しか食べないのでは痩せ細ってしまうぞ。もっと食べろ」
「……二人とも、なんだか小食になってない?」
なんだか最近、イリアとオデットから食料をわけ与えられ、もっと食べろと言われるようになった気がする。
当初は、二人で食料を奪い合ってたくらいなのに。
なんだか、二人に健康を気遣われているような……そんな感じがするのは何故だろう?
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さて。
そんな感じで、アンリ達はなんとか《北の監獄》での生活を送ることができていた。
「うーん……」
しかし、今の状況はあくまでも“なんとか生きていけている”というだけであり、当初の目標にはまだまだ届いていない。
双子の狩りとペンギン達の漁によって、食料の確保は難しくなくなっている。
しかし、毎日味やにおいにクセのある野生動物の肉ばかりでは、正直きつい部分もある。
ペンギン達が捕ってきてくれる魚も日によって捕獲量がまばらだし、基本少量。
頑張ってくれているペンギン達はお腹も空くようで、その大半が彼等の食料となる。
肉や魚だけでなく野菜も摂取しないと、体調に悪いかもしれない。
何か作物は育てられないものか……それ以前に、作物を手に入れられる方法はないだろうか。
それに何より、書き溜まるばかりの手紙をメヌエット伯領へと届ける術も、今のところ見付かっていない。
安定しているとはいえ、現状に満足しては望む未来は来ない。
行動を起こし、前に進まなければならない。
「せめて、どこか人の暮らしている区域にまで行ければ……」
アンリは立ち上がる。
そろそろ、次の段階に進むための何かを見付けなければ。
そう思った彼女は、廃屋の中の書庫を探索する。
「あれ? これって……」
そこで、アンリは一枚の紙切れを発見する。
広げてみると……。
「……見付けた!」
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「イリア! オデット! これを見て!」
広間に戻ったアンリが、椅子に腰掛けだらだらしている双子に、手にした紙を広げて見せる。
「どうした? アンリ」
「これは……地図か?」
アンリが発見したのは、この土地の地図だった。
早速、地図をテーブルの上に広げ、覗き込む。
「今、私達のいる廃村は……あ、ここだ!」
地図上に、村を示す記号と、近くに双子が封印されていた場所だと解説する文章を発見する。
ここが、この旧ミラート村で間違いないだろう。
「なになに? ……『邪悪で最悪な魔神が封印されている』『絶対に封印を解いてはいけない』『注意せよ』だって」
「むかつくなぁ」
地図上に書かれていた注意書きを読むと、イリアが不機嫌そうな顔をする。
その表情がおかしく、アンリはクスクスと笑う。
「とすると、私達が今現在いるのは、この旧ミラート村で……」
流石に長年放置されていたため、《北の監獄》の地図はボロボロだ。
しかも描かれている内容を見るに、本当に辺り一面全く人の手が加わっていない土地という印象を受ける。
しかし、ミラートからかなり遠くではあるが、村のようなものを示す絵と地名が書かれている。
アルビオンと呼ばれる村だ。
人の生活区域の少ないローレライ領の地図ではあるが、その周辺は結構生活の拠点が密集しているように描かれている。
《北の監獄》と呼ばれているが、この土地全域が、人が暮らせないような場所というわけではないらしい。
(……まぁ、そもそも《北の監獄》を開拓しろっていう私に課せられた罰自体、ハボット伯家が嫌がらせで考案したものに違いないけど)
おそらく、ローズリンデのアイデアだろう。
以前から、ローズリンデはアンリを目の敵にしていた。
王侯貴族や富裕層の令嬢が一堂に会するお茶会や夜会では、取り巻き達と一緒に嫌みを言っていた記憶がある。
アンリは全く相手にせず無視していたが、それが一層彼女には気に食わなかったのかもしれない。
要は、アンリを僻地に追放し、痛い目に遭わせる事ができればよかったのだ。
追放する場所や詳細な内容まで、深く考えていないのだろう。
(……きっと今も、お父様達は彼女達から幼稚な発想の嫌がらせを受けているに違いない)
なんだか、呆れて溜息が出てしまう。
ローズリンデ……アンリよりも年上ながら、我が儘な少女がそのまま年を重ねて大人になってしまったような女性。
逆に、彼女がレオネス王子の妻としてやっていけるのか心配にすらなってきた。
まぁ、今はそんなことを心配したって仕方がない。
「何はともあれ、人の住む場所に辿り着ければ、今よりももっと快適な環境や設備の恩恵を受けられるかもしれない」
「もっと良いものが食べられるようになるってことか」
「アンリ、では」
イリアとオデットも、アンリの意思を汲み取ったのだろう。
見詰める二人に、アンリは頷く。
「この廃村を出て、アルビオン村を目指そう!」
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さて、意向は固まったが、その前にやらなくちゃいけないことがある。
目的地を目指す前に、諸々の準備が必要だ。
遠出のためには備蓄の食料を確保しないといけないし、どこをどうやって進めば効率的かも調べないといけない。
「試しに、この廃村からアルビオン村に向かって、少し遠出してみようか」
アンリはそう提案する。
日が沈む前までに、ミラートからどれだけの距離を縮められるかを実地で計るのだ。
そうすれば、道順や進行の進め方の参考を得られる。
というわけで、翌朝。
日が昇ったあたりから、早速アンリは、イリアとオデットと共に遠出をすることにした。
「「「ぴゃっぴゃっ!」」」
「あ、ペンギンさん達」
そこで、どこかに出立しようとするアンリ達を見て、慌ててペンギン達が現れた。
彼等も、アンリに付いて来ようとしている。
「お前達が一緒にいたんじゃ、とっとと歩けないだろ」
「イリア、ちょっと待って」
そこでアンリは、ペンギン達に《隷属》を掛け、会話をする。
「アンリ様ー、どこにいくのー?」
「僕達もいくー!」
「みんな、聞いて。私達は、この村から遠く離れた別の村に行くための準備をしてるの」
そう伝えると、ペンギン達は「ぴゃっ!?」と驚き目を丸める。
「ペンギンさん達はここで暮らしてるでしょ? だから、お別れになっちゃうかもしれないけど――」
「やだよー!」
「僕達も、アンリ様と一緒がいいよー!」
「ぴゃー! ぴゃー!」
ペンギン達は一斉に泣き出してしまった。
「どうする、アンリ」
「……こう言われちゃったら、仕方がないよ」
正直、アンリも彼等とお別れになるのは少し寂しく思っていたのだ。
彼等が嫌ではないのなら、一緒に行きたい。
というわけで、ペンギン達もついて来ることになった。
「「「ぴゃー! アンリ様、これからもよろしくねー!」」」
「まったく、こいつらに合わせてたらどれだけ時間が掛かるかわからないよ?」
「大丈夫」
心配するイリアの一方、アンリはペンギン達を《隷属》でパワーアップさせる。
バフ効果を与えれば、みんなも多少は歩く速度を速められるはずだ。
――さて、そこから数時間。
――こうして三人と十匹は地図を頼りに、山間を抜け、森に入り、旧ミラート村から少し遠くの場所まで足を運んだ。
「そろそろ、日が沈み始めるくらいだな」
痩せ細った木々の隙間から太陽の位置を眺め、オデットが言う。
「うん、今日一日で大体ここまでか……」
アンリ達はそこで足を止めた。
薄暗い森の中。
すぐ真横が崖となっており、その下には川が流れているのだろう――轟々と激しい水流の音が聞こえてくる――そんな場所である。
アンリは、手にした地図に印を付ける。
おそらく、ここまで来ただろうという印の場所は、目的のアルビオン村まで三分の一ほどの距離だ。
夜間は動かず休むとして、単純に考えれば、三日ほど掛けて歩き続ければ辿り着ける計算である。
不可能じゃない。
希望が湧いてきた。
「よし、みんな、今日は一旦帰って――」
と、その時だった。
「ぴゃっ?」
一匹のペンギンが、何か違和感を覚えるように首を傾げ、足下を見た。
瞬間、そのペンギンの足下――雪に覆われていた地盤が、バキッと崩れたのだ。
「あ! 危ない!」
おそらく弱まっていた地盤が雪に覆われ隠れていて、不運にもペンギンがそこに乗ってしまったのだろう。
誰よりも早く反応したのはアンリだった。
《隷属》でこちらに走らせようとしたが、既に宙に投げ出されている。
自然と、アンリはその場から跳躍し、空中でペンギンをキャッチ――そして、イリアとオデットの居る方向に向けて投げた。
「ぴゃっ!」
「アンリ!」
オデットとイリアがペンギンをキャッチし、すかさずアンリにも手を伸ばそうとする。
しかしその時には、既にアンリは崖の下に落ちた後だった。
数秒の落下の後、アンリの体は激流の中に着水し、そのまま凄い勢いで流されてしまう。
咄嗟に《隷属》魔法を自分の体に掛け、所持する魔力の全てで肉体を保護。
これで、身も凍るような冷たい激流の中、川底や岩に打ち付けられても大丈夫のはずだ。
(……イリアとオデットに掛けてた《隷属》が、切れちゃった)
でも、仕方がない。
次の瞬間には、アンリは何も考えられなくなって、暗く激しい流れの中に飲み込まれていった――。
××××××××××××
「………う」
――アンリは目を覚ます。
ぼやけた視界が徐々に色を取り戻し、自分がどこにいるのかを知覚させる。
木製の天井。
どこかの家の中のようだ。
「ここは……」
アンリは頭を起こす。
自身が寝かされているのは、とても大きなベッド。
清潔でふわふわで、温かい。
部屋の中を見回す。
部屋の隅には金属製のストーブがあり、中で薪が燃えている。
そのおかげで、部屋全体がとろけそうなほど暖かい。
壁に掛けられた斧等の器具。
木製の調度の数々。
凄く、しっかりした家だ。
故郷、メヌエット伯領にあるメヌエット家の自室と比較してもひけを取らない広がある。
何より、ここ数日、打ち棄てられた廃屋で過ごしていたアンリにとっては、久しぶりに見るちゃんとした家屋である。
そこで、部屋のドアが開いた。
「……目を覚ましたか」
現れたのは、見知らぬ男性だった。
黒く艶のある髪を無造作に後ろに流し、切れ長の瞳をアンリに向ける。
体格は大柄でがっちりしている。
どこか、只者では無い風格というか、貫禄のある男性だ。
「あなたは……」
「川岸に漂着している君を助け、ここまで運んだ」
男性は部屋に入ると、後ろ手で扉を閉める。
「どうして、川に流されたりしていたんだ」
「……もしかして!」
そこで、アンリはまさかと思い叫ぶ。
そんな奇跡が起こるなんてと、鼓動を高めながら。
「申し訳ありません、ここはアルビオン村ですか?」
「ああ、そうだが……」
「私、ここを目指していたんです! ミラート村から!」
「ミラート……あんな既に廃れた危険な場所に、どうして君のような年端もいかない女の子が」
「えーっと、それは、色々と事情がございまして……」
たはは、と笑うアンリ。
「……まぁ、いい。あの極寒の川に流されて、生きている時点で奇跡だ。普通なら死んでいる。まずは、その幸運に感謝しつつ……体力の回復に努めろ」
言って、男性はアンリの元へやって来ると、サイドチェストの上に手にしていたトレイを置いた。
「これでも飲め」
トレイの上には、木製の深皿が乗っており、それを見てアンリは「わぁ」と目を輝かせる。
皿の中には、スープが注がれていた。
ニンジンやジャガイモといった、刻んだ野菜もふんだんに入っている。
この《北の監獄》に来てかなり経つが、久しぶりに料理らしい料理を目にした気がする。
思わず、お腹も「クゥー」と鳴ってしまう。
「いいんですか?」
「昨夜の余り物だがな」
余り物と言われても、文句など一つも無い。
命を救われ、保護され、更に食事まで提供してもらっているのだ。
この男性には、感謝しかない。
「ありがとうございます!」
深くお礼を言って、アンリは深皿を両手で包むように持ち上げると、スープを一口すする。
野菜の風味香る、塩っ気のある温かい液体が、胃に落ちていく感覚。
感動して涙さえ出てきた。
「君は……まさか罪人か?」
ベッドの傍に椅子を置き、それに腰掛け男性が尋ねる。
「どうして、そう思うんですか?」
「こんな辺鄙な土地にやって来るのは変わり者か……もしくは、自分の意思ではなく流されてくる者……罪人くらいだろう」
「ええ、実は……」
アンリは、男性に自身の身の上を話した。
「……この国の王侯貴族界は、そんな酷い事になっているのか……くだらない」
話を聞き、男性は心底落胆したように溜息を吐く。
「そういえば、あなたは? 自分の意思でなくこの土地に来るのは、罪人だけだと言っていましたが……」
「私は自分の意思でここに来た。変わり者の方だよ」
ふっと微笑んで、男性は名乗る。
「私の名はブレーム。隠遁した、元ルークレイシアの兵士だ」
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