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○●第8話 オオカミの群れからペンギンを守ります●○



「今日は大漁だったね」

「「「ぴゃー!」」」


 本日、アンリは昨日の約束通り、ペンギン達と一緒に海へと行っていた。

 ペンギン達が捕った魚を大鍋に入れて、皆で運んで帰っている途中である。

 イリアとオデットは、昨日の《隷属》による強化無しでの猟で走り回って疲れたということで、家でお留守番をしている。

 二人の元からかなり離れてしまったが、隙を見て逃げ出さないようにきっちり《隷属》は掛けてある。

 かなり魔力は使うが、引き換えに安心は得られる。


「ぴゃっぴゃっ!」

「ぴゃっぴゃっ!」

「ふふふ、みんなご機嫌だね」


 本日、アンリが《隷属》によるパワーアップを施した事。

 加えて運が良かったこともあり、結構な量の魚をゲットすることができた。

 アンリが一緒に漁に来たということで、ペンギン達も良いところを見せようと随分頑張ったようだ。


「今夜は魚パーティーだね。イリアとオデットも喜ぶよ。当然、ペンギンさん達もお腹いっぱい食べてね」

「「「ぴゃー!」」」


 アンリの喜ぶ姿を見て、ペンギン達も嬉しいようだ。

 大盛り上がりで、翼をパタパタと動かし、ジャンプする。

 その時だった。


「グルル……」

「! みんな、止まって!」


 地鳴りのような唸り声を聞き、アンリは気付く。

 前方から、四足歩行の動物がこちらへと接近してくる。

 灰色の体毛に覆われた犬だ。

 いや、違う、犬どころの騒ぎではない。

 オオカミだ。


「オオカミ……」

「ぴゃっ……」


 迫るオオカミの姿を見て、ペンギン達も震え上がっている。

 アンリはすぐさまペンギン達に《隷属》を掛け、警戒を強める。


(……え?)


 そこで気付く。

 オオカミは一匹ではなかった。

 周囲を見ると、真っ白な雪原の雪に交じり、灰色の体毛のオオカミが何匹もいる。

 完全に囲まれている。


「いけない!」


 危機的状況を理解した瞬間、オオカミの群れがアンリ達へと飛び掛かった。


「やっ!」


 すぐさま、アンリは目前に迫った狼に《隷属》を発動。

 白銀の糸が首に巻き付き、体の自由を奪われたオオカミは、その場にお腹を出して転がる。


「!???」


 自分が敗北のポーズを取っていることに、オオカミ自身困惑している。


「ぴゃーー!」


 その時、悲鳴が響き渡った。

 アンリの後方で、ペンギン達が他のオオカミの群れに襲われ出したのだ。


「みんな!」


 必死に走り、逃げようとするペンギン達だが、オオカミの脚力の前には簡単に追い付かれる。

 そして、その中の一匹が、オオカミの鋭い爪を受け体を切り裂かれた。


「ぴゃっ――ぴゃ?」


 しかし、オオカミの前足での切り付けを受けたペンギンは、吹っ飛び、地面をバウンドした後、不思議そうな顔で起き上がる。

 傷も怪我も負っていない。


「くっ……」


 原因はアンリだ。

 アンリが、ペンギンをオオカミの攻撃から守るため《隷属》の魔法を通し、全力で魔力を注いだのだ。

 全力のバフ。

 これにより、ペンギン達には傷一つ付けないようにできる。


(でも……)

「ぴゃー!」

「ぴゃっぴゃっ!」


 視界を巡らせば、必死に逃げ惑うペンギン達と、そんなペンギン達に攻撃の手を休めないオオカミの大群。

 あっちこっちで、あるペンギンは噛み付かれ、あるペンギンは爪を立てられ、被害状況が把握できない。

 必然、ペンギン達を守るため、アンリも気を抜けない。

 このオオカミの大群に襲われているか弱いペンギン達に、一切負傷させないよう全力のバフを掛け続ける。

 それがどれだけ大変な事か。

 アンリのように魔法を扱える者がこの場に居たとして、彼女と同じ事ができる者がどれほどいるだろうか。

 それ以前に、アンリほどの魔力と集中力を持つ者がそうそう居ないのだが。


「う……」


 一気に、自身の魔力が消耗していく感覚を覚える。

 ぼやける視界。

 アンリは、苦しげに唸る。


「このままじゃ……」


 瞬間、膝をついたアンリの隙を見逃さず、数匹のオオカミが彼女へと飛び掛かる。


(しまっ――)


 その時だった。

 どこからか飛んできた石の塊が、アンリを襲おうとしたオオカミ達に命中した。

 吹っ飛ぶオオカミ達。


「この犬共……何してるんだ」


 アンリは振り返る。

 遠く、雪原の中に、イリアとオデットが立っているのが見えた。


(……二人とも、来てくれたんだ)


 しかし、何だろう、様子がおかしい。

 二人の放つ威圧感というか、オーラというか、凄い殺気立っているようにも感じる。

 圧倒的な、それこそ魔神のような気配。

 神経が衰弱しているので正確に把握はできないが、アンリにはそう見えた。


「グルル……クゥー……」


 登場したイリアとオデットに、オオカミ達もアンリと同じものを感じ取ったのだろう。

 ペンギン達を襲う攻撃の手を止め、次々にその場から走り出した。

 文字通り、尻尾を巻いて逃げたのだ。


「……大丈夫か、アンリ」

「まったく、無茶しちゃって」


 逃げ去っていくオオカミ達は無視し、イリアとオデットはまず何より先にアンリの元へ駆け寄る。


「イリア、オデット、ありがとう……」


 言いながら立ち上がるアンリ。

 しかし、次の瞬間、ふらついてその場に倒れた。


「おい、アンリ! 怪我したのか!?」


 叫ぶイリア。


「いや、違う」


 一方、オデットは、顔を赤くし荒い呼吸を繰り返すアンリを見て、原因に気付く。


「アンリは、このペンギン達を大量の魔力を注ぎ込んで守っていた。更に、俺達にも常に《隷属》を掛けている。突発的な多量の魔力消耗により、オーバーヒートしたのだろう」




 ××××××××××××




「「「ぴゃー!」」」


 倒れたアンリはペンギン達に担がれ、廃屋へと運ばれた。

 しかし、一階広間の椅子に座らされた彼女は、目を閉じて呻吟を繰り返すだけだった。


「う……ん……」


 高熱を出しているかのように顔は赤く、息も荒い。

 薄ら意識があるくらいで、時々、そんな風に声を漏らしている。


「「「ぴゃー……」」」


 ペンギン達も心配している様子で、そんなアンリを見守る。


「……イリア、気付いているか」


 そこで、オデットがイリアに言う。


「今のアンリは、かなり衰弱しており隙だらけだ」

「………」


 そこで、双子の雰囲気が変化したことを察知したのだろう。


「「「ぴゃー!」」」


 ペンギン達が、ぷるぷると震えながらアンリの前に立ちはだかる。

 双子がアンリを襲おうとしていると思い、彼女を守ろうとしているのだ。

《隷属》も掛かっていない、バフも受けていない状態だが、先日の夜のようにアンリを必死に守ろうと。

 そんな光景を前に、オデットはイリアに聞く。


「どうする?」

「………」




 ××××××××××××




 ――アンリは、夢を見ていた。

 夢というよりは、記憶。

 少し前、王城にレオネスを訪ねた時の記憶だ。

 その日、アンリはレオネスと喧嘩になった。

 ……まぁ、この日に限らず、彼とは言い争いになることがとても多かったのだが。

 内容は曖昧で、会話の内容もふわふわしている。

 でも、彼が何か、アンリの家を下に見るような、アンリの家族を侮辱するような発言をしたと、そんな覚えがある。


『訂正しなさい、レオネス!』


 アンリはその時、初めて彼の名前を叫んだ。

 真正面から、敬称を付けず、彼自身の名を呼んだ。

 アンリにとっては、特に特別な意識があったわけではない。

 彼はいずれ自分の夫になる存在、名前で呼んだっておかしなことではない。

 だから、彼を叱るために名前を叫んだ。

 しかし、呼ばれたレオネスの方は、驚いたように目を見開き絶句していた。

 そんな、昔の記憶――。


「……あれ?」


 アンリは目を覚ました。

 自分が、ベッドの上で寝ている事に気付く。

 額には濡れた布巾が乗せられている。


「目が覚めたか」


 ベッドサイドに、椅子に腰掛けたオデットがいた。


「ここは……」


 みんなで暮らしている廃屋だ。

 思い出した。

 あのオオカミの襲撃から生還した後、ペンギン達に家まで運ばれたのはぼんやりと覚えている。

 そして完全に意識を失って……。

 どうやらその後、オデット達にベッドに運ばれて安静な状態にしてもらえていたようだ。

 そして回復し、目を覚ました――というところだろう。


「私、どれくらい寝てた?」

「昼間に倒れて、今は深夜だ。倒れてから一日も経っていない」


 そこで、オデットが水の注がれた容器を差し出す。

 アンリは「ありがとう」とそれを受け取り、一気に飲み干した。


「意識は平気なようだな」

「うん、お腹も空いた」


 くぅー、と鳴るアンリの腹。


「……食欲もあるのか」

「魔獣討伐で鍛えてるし、消耗した魔力の量も多いからね。体が早く回復しろって言ってるんだよ」


 自慢げに微笑むアンリ。

 そんなアンリに対し、オデットは真顔で返す。


「……その強大な魔力のせいで理不尽な言い掛かりをつけられ、次期王妃という輝かしい立場も奪われ、こんな場所に追放されているのだろう」

「……オデット?」

「先程、魘されているお前の口からレオネスという名が発せられた。確か、お前を捨てた王子の名だろう」


 そこで、オデットはベッドに身を乗せ、アンリに顔を近付ける。


「オ、オデット?」

「一時ではあるが、忘れさせてやろうか」


 真剣な眼差しで、オデットは言う。


「……え? どういうこと?」

「今の俺はお前の《隷属》で支配されている、いわば奴隷だ。お前を慰めるくらいのことはできる」


 そんな背徳的な提案を、至って真面目な表情で告げる。


「……もしかして、オデット。私がレオネスに婚約破棄されて追放されたことにショックを受けてて、それを励まそうとしてくれてる?」

「……王子の名前を発したのも、そいつに対する未練がまだあるからではないのか?」


 そう尋ねてくるオデット。

 彼は、本当に真剣に、自分がアンリの慰み者になろうと提案しているのかもしれない。

 けれど――。


「あ、大丈夫大丈夫、全っ然未練とかないから」


 アンリは、ケロッとした表情でそう言った。

 思わず、オデットも拍子抜けする。


「……お前、その王子のことがまだ好きではないのか?」

「別に」


 ハッキリと言うアンリ。

 当然である。

 自分をこんな僻地に追放した相手を愛していられるほど、アンリも阿呆ではない。

 ただ――。


「なんとなくね、心配と言われたら心配、っていう感じかな」

「心配……」

「恋心とかじゃなくて、親心? いや、まだまだ幼い弟を心配するような、そういう気持ちに近いのかもしれない。私の家、男兄弟が多くて、弟のお世話も何人もしてきたから。その延長線上かな」

「……なるほど。その王子も哀れだな」


 それを聞き、オデットは納得した様子だ。

 ……どこか安堵したような感じにも見えたのは、気のせいだろう。


「俺の早とちりだったか。忘れてくれ」

「うん。でも、意外だね、オデットがそんなこと言うなんて。もしかして、まだ私の機嫌を損ねないようにしないととか、警戒してる? なら、そんなこと気にしなくて良いのに」


 オデットとの台詞によって生じた、どこかむず痒い空気を払拭するように、アンリはあせあせと言葉を紡ぐ。


「あ、もしかして、そうやって私の心に入り込んで支配するのが目的だったとか? 油断も隙も無いね、オデットは」

「……そうだな」


 ベッドの縁から立ち上がり、オデットは寝室のドアへと向かう。


「体調が戻ったようで何よりだ。失礼する」


 そう言って、オデットは出て行った。


「……はぁ」


 オデットを見送ると、アンリはベッドの上で、膝に顔を埋めた。

 照れ隠しであんな事を言ってしまったが、もし、オデットが本当に、ただアンリが苦しんでいると思い気に掛けて、あんな提案をしたのなら……。

 そう思うと、なんだか顔が熱くなる。


「アンリ、起きたんだって?」


 そこで、イリアが部屋に入ってきた。


「わっ! イリア、ノックしてよ!」


 いきなりやって来たイリアに怒るアンリ。


「なんだよ、そんなに怒らなくて良いだろ。様子を見に来ただけなのに……大変だったんだぞ? あのペンギン達を説得するの」


 見ると、イリアの顔や体に擦り傷がいくつか見当たる。

 おそらく、ペンギン達にアンリに危害を加える気だと思われて、くちばしで攻撃されたのかもしれない。

 まぁ、前科があるので自業自得だが、それでも、そんなペンギン達の攻撃を浴びつつも、彼等を説得してくれたのだろうか。


「ペンギンさん達は?」

「下の階で静かにしてる。とりあえず、僕達を信用してくれたみたいだけど。あ、捕って来た魚はひとまず保管してあるから」

「ありがとう」

「で、何があったんだよ?」


 赤くなっているアンリを見て、イリアが先程のオデットと同じようにベッドに腰掛け、体を寄せてきた。

 オデットとの間に、何かがあったと思ったのかもしれない。


「な、なんでもないよ。ちょっと、オデットが変な事言い出しただけ」

「ふぅん……変な事って?」

「えーっと……」


 ふわふわしているアンリを見て、イリアは、真剣な表情になって目を細める。

 なんだろう……。

 どこか、嫉妬しているような、そんな目。


「どうせ、あいつに慰めてやるとか言われたんだろ? 今のアンリ、隙だらけだから簡単に襲えるとでも思ったんじゃないの?」

「それは――」


 そこで、イリアがいきなり顔を寄せ。

 アンリの唇に、自身の唇を重ねた。


「――!」


 一瞬、何が起こったのか理解できなかったアンリ。

 すぐに体を離したイリアが、アンリに言う。


「僕はあの石頭と違って、隙あらばいきなりこういうことするから。嫌ならちゃんと警戒しとけよ。じゃあね」


 そう言って、寝室を出て行くイリア。

 アンリはしばらく、ベッドの上でポカンとする羽目になった。




 ××××××××××××




「……って、何してんだよ、僕!?」


 寝室を出たイリアは、その場で壁に額を叩きつけた。

 自分自身の行動が、自分で理解できない。

 何故、アンリに対し、あんな事をしたのだろう――。


「……僕は人間共を恐怖と混沌に陥れた魔神だぞ。これじゃあまるで、僕があいつに――」

「何をしている」


 そこで、廊下にいたオデットが、イリアに声を掛ける。


「……別に」


 イリアは、すっと表情を戻す。


「っていうか、お前。ずっとあいつが起きるまで、傍で見守ってやってたのかよ。優しいところもあんじゃん」

「……無論、警戒心を緩ませ隙を作るためだ。お前こそ、わざわざあんな警告をするとは、随分アンリを気に入っているのだな」

「しっかり聞き耳立ててんなよ、ヘンタイ」


 言いながら、二人は一階へと降りていった。



 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

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