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○●プロローグ 令嬢アンリ・メヌエットは婚約破棄されました●○

北国を舞台にした追放令嬢の開拓記です。

約10万字ほどで完結の予定です。

よろしくお願いいたします。



「アンリ・メヌエット、お前との婚約を破棄させてもらう」

「……え?」


 貴族メヌエット伯爵家の長女――令嬢アンリは、目前の人物の言い放った言葉が一瞬理解できず、呆けた表情を浮かべてしまった。


 彼女達の暮らす王国、ルークレイシアが最近新しい条約を結んだ。


 王城で開かれた、その祝賀のパーティーの席でのことだった。


 そこでいきなり、アンリの婚約者である第一王子――レオネス・ディルケーノ王子が、アンリに婚約破棄を言い渡したのだ。


 レオネスの発言に、会場内は騒然としている。


 彼の発言に一瞬ポカンとしてしまっていたアンリだったが――徐々に、思考が追い付いてきた。


「……どういうことですか? 王子」


 冷静に、レオネスへと問い返すアンリ。


 そんなアンリに、レオネスは黙って冷酷な視線を向けている。


「そ、そうです、レオネス様! いきなりのことで我々も混乱しております!」

「どのような事情がおありで、アンリ様との婚約を破棄などされるのですか!?」


 どうやら、レオネスに近しい臣下や王族、貴族達も初耳だったようだ。


 レオネス王子は現国王の実子にして、王位継承権第一位の所有者。


 現在、病により床に伏している国王に代わって執務をこなしており、実質、既に国王と同等の立場に立つ人物である。


 そんなレオネスとアンリが婚約を結んだのは、既に半年前のこと。


 この国で偶発的に発生しては猛威を振るう、人に害をなす存在――魔獣。


 その魔獣の討伐に関するプロとして、代々ルークレイシアを守ってきた貴族――メヌエット家の長女のアンリが婚約相手として選ばれたのは、レオネスが軍人経験のある王子だったという理由もある。


 アンリ自身も、魔獣討伐の際には現場に出て兵士達と力を合わせ戦う女傑として有名だった。


 彼女ならレオネス王子の妻として相応しいと、多くの者達が賛同した上での婚約だった。


 アンリ自身、王子の妻となるのはメヌエット家の誉れと、婚約自体は良いものと受け入れていた。


 そんな経緯があっての、此度の婚約破棄宣言である。


 皆動揺するのも当然だ。


 臣下の者達が、次々にレオネスへと理由を尋ねていく。


「理由は……」


 そんな彼等に、レオネスが重い口を開いた――瞬間だった。


「わたくしが代わりにご説明しましょう、レオネス王子」


 そこで、祝賀会に参加していた貴族達の中から、一人の男が前へと進み出る。


 樽のように肥え太った体に、卑しいくらいに貴金属を纏った壮年の男である。


「……ハボット様」


 その姿を見て、アンリは彼の名を口にする。


 彼は貴族、ハボット伯爵家の現当主。


 ハボット伯である。


 ……長年、アンリの家――メヌエット家とは仲の悪い人物だ。


 そんな彼が、レオネス王子の前に立つ。


 レオネス王子も特に彼を咎めない事から、おそらく、ハボット伯もレオネスの決断に拘わっているのだろう。


 ハボット伯はゴホンと勿体ぶるように咳を鳴らし、アンリを指さす。


「此度のレオネス王子の婚約破棄……その理由は、彼女、アンリ・メヌエットがレオネス王子を誑かし、メヌエット家の女性が代々受け継ぐ力――《隷属》の魔法によって支配し、実質的に国王の立場を乗っ取ろうと計画している事が発覚したからなのです!」

「言いがかりです」


 突然、ハボット伯の言い放った謂われのない疑いを、アンリは即座に、真っ向から否定する。


 王子を誑かして操ろうなどと、考えたことは一度も無い。


 確かに、アンリが持つ魔法――《隷属》は、他者の体に魔力を掛け肉体を支配し、行動を操る事もできる。


 だがアンリは、この魔法の力を魔獣討伐の際に仲間の兵士達の力を引き出してパワーアップさせたり、魔獣に掛けて攻撃の方向を逸らしたり、もしくは街中でならず者が暴れていたらその体を拘束したりと、あくまでも平和のために使ってきた。


 何より、この魔法は病死した母より受け継いだ誇り高き力。


 そんな邪な野望のために使うなど、絶対にあり得ない。


 そうハッキリと宣言しようとするアンリだったが、そこで――。


「お父様、ここはわたくしが」


 と、ハボット伯に続いて一人の女性が皆の前へと躍り出た。


 アンリよりも年上で、豊満な体付きの体躯に、深紅のドレスを纏った女性。


 血のように赤い唇に、好戦的な目付きをした彼女は、ハボット伯自慢の末娘。


 名は、ローズリンデ。


 アンリも、彼女とは前から面識がある。


 ハボット伯領とメヌエット伯領は領地が隣接しており、彼女とは幼い頃からちょくちょく顔を合わせる事があった。


 こうした王侯貴族の集まる祝祭の席や、夜会等でも会う事が多い。


 ……正直、彼女とは以前から仲が良いとは言えない間柄だった。


「ローズリンデ様……」

「……ふふ」


 ローズリンデはアンリに対し、まるで勝ち誇るようにほくそ笑み、レオネス王子の隣へと立った。


 そして、その場の注目が自分に集まっている事を確認すると、説明を始める。


 胸に迫るような、演技過多の身振り手振りで。


 ……オペラみたいで脱線が多いので、彼女の説明を要約する。


 婚約が決まった当初から、アンリとレオネスはずっと不仲だった。


 執務で多忙なレオネスに対し、アンリは不平不満をぶつける事が多かった。


 レオネス王子とアンリの間では口論が絶えず、それは事情を知る一部の貴族の間でも有名だった。


 ローズリンデは、そんなアンリに頭を抱えていたレオネス王子の悩みをずっと相談されていた――のだという。


「何か言い訳はあって? アンリ様」

「それは……うーん」


 ローズリンデの言葉に、アンリは唸る。


 というのも、レオネス王子と口論が絶えなかったという点に関しては、否定できないからだ。


 確かにアンリは母の死後、豪快ながら大雑把な父や自由奔放な兄達、まだ年端もいかない弟達の世話を焼き、受け継いだ《隷属》の魔法を駆使し、母に変わって魔獣の討伐や暴動の制圧を行ったりと、メヌエット家を支えてきた。


 その過程もあるため、多少しおらしくないというか、ちょっと勝ち気というか……相手が男の人でも立場が上の人でも物怖じしない性格になってしまったとは思う。


 一方で、レオネス王子はプライドが高いというか、少々傲慢な物言いが目立つ事が多い。


 アンリに対し道理に合わない事を言ったり、彼女の家を侮辱するような発言を繰り返す事もあった。


 それに対し、アンリも真っ向から言い返していた記憶がある。


(……でも、夫婦とはそういうものじゃないのかな)


 確かに、彼は第一王子で、現在、実質的にこの国のトップに立つ立場の人だ。


 だが、だからといって間違った発言や行動は見過ごすわけにはいかない。


 むしろ、それを一番近くに寄り添って見てあげられるのが、妻なのだ。


「かわいそうなレオネス様……わたくしが御側に寄り添い、レオネス様を今日まで支えてきたのですが、事ここに至り、ただの不仲では済まない疑惑が生じてしまったのです」


 さめざめとした口調で言った後、ローズリンデはレオネスの肩に手を置き、もう片方の手を彼の胸に置こうとする。


「……ちっ」


 一方、そんな彼女の所作を鬱陶しそうに払いながら、レオネスは眼光鋭くアンリを睨み下ろす。


「アンリ……お前は私に、『悩んでいる事があれば教えてくれ』と、いつも口うるさいくらいに言っていた。そうやって私の弱みや、国家機密を掌握しようとしていたのだろう」

「違います!」


 とんだ言い掛かりである。


 アンリは胸が締め付けられる気分になった。


「『これから夫婦になるのなら、苦悩や辛いことも正直に話して欲しい』『自分が解決の手がかりを持っているかもしれないのだから』……私は、レオネス様にそう言ったはずです!」

「……私を愚弄しているのか」


 そんなアンリの発言を受け、目の中の炎を燃やし、レオネスは吐き捨てる。


「くだらない。王たる者、容易く弱さを、感情を見せつけるわけにはいかない。お前は、それを私に求めてきた。お前は、王を脅かす危険な存在――毒婦だ」


 レオネスは、アンリに指を突き付け言い放つ。


「婚約破棄は当然とし、アンリ・メヌエット、お前には王位継承権者を誑かし国政を掌握しようとした罪により、僻地追放を言い渡す。追放先は、ローレライ領の僻地――《北の監獄》だ! そこで、自身の愚かさを嘆き悔やみ、精々贖罪に身を費やせ!」

「レオネス!」


 アンリは彼の名前を叫んだ。


 敬称も肩書きも付けず、いつもそう呼んでいたように。


 釈明をしなくてはならない。


 なんとか、レオネスの元へと駆け寄ろうとする。


 しかし、それは前に出た警護の兵士達によって邪魔されてしまった。


「摘まみ出し、捕らえておけ」

「ま、待ってください! 私は――」


 兵士達に押される形で、アンリは会場の外へと移動させられる。


「加えて、せっかくの場だ。皆の者、紹介しよう。私の新たな婚約者を」


 そんなアンリの耳に、レオネスの更なる発表が続く。


「ローズリンデ・エール・ハボット。私の側に付き添い、あの女の悪事を目敏く見抜いた慧眼。その聡明さこそ、私の真の妻に相応しい」


 そう言ってレオネスが高らかに宣言すると、ローズリンデは舞台女優のように華麗な所作でドレスの裾をつまみ上げ、参列する王侯貴族に挨拶をする。


 満面の愉悦を顔に湛え。


 その光景は、兵士達に押し出され会場から連れて行かれてしまったアンリの目に映ることはなかった。



 ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。

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