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76 ──斬──

ついにサーニャたんVSライノルトおじさん、決着です

「はっ!?」


 走馬灯から覚醒したサーニャは、即座に周囲の情報を集めて現状を把握する。


「(あれから、何秒経った?)」


 まだライノルトは動いていない。

 どうやらまだ数秒も経過していない事を知るや、サーニャは残った左手に火属性魔法を発動させた。

 下級魔法のファイアーボールよりも小さな火が、彼女の手に灯る。


「無駄な足掻きはせよ。不愉快だ。剣士であれば、剣士として死ね」


「お生憎様……私は剣士じゃない、冒険者よ……生きて帰る為ならなんだってする、生き汚さも人類最高クラスなのよ」



――じゅううううううっ



「なっ!?」


 ライノルトはサーニャの手から放たれるであろう火球を切り裂こうと構えたが、サーニャはあろうことか、その火で自身の切断された肩を焼灼した。


「く″ あ″ あ″ あ″ あ″ あ″ あ″ あ″ あ″ あ″っ!!」


 激痛が走り傷だらけの顔が苦痛に歪む。

 声を荒げたことで肺が膨らみ、食い込んだ肋骨がサーニャへ更なる痛みを与える。


「出血を止めるために……傷口を焼いて塞いだのか……!?」


「正宗……もう1回よ、もう1度、私に力を貸しなさい……!」


 ふらつきながらサーニャが起き上がる。

 止血の際に生じた激痛が発破の役割も果たす。

 立ち上がり残った左手で正宗の柄を握る。

 例の如く生じる殺人衝動を帯びた精神支配が襲い掛かる。



――斬レ。殺セ。血ヲ吸ワセロ。



「ダメ、あんたにはもう、何もあげない」


 左腕を通して全身に走る激痛も、既に致死量に到達し得る血を流しているサーニャにとっては誤差でしかない。

 むしろ正宗を抑え込むように、更に柄を握る力を込めると、正宗も負けじと支配力を高める。


「――――ッ!!」


 サーニャの精神は、正宗の支配によって肉体から切り離された。

 明晰夢とも呼ぶべき、精神が肉体を置いて別の場所へ飛ばされる感覚。

 精神体となったサーニャは何もない空間に立っていた。

 現実世界ではないとはいえ、サーニャの身体は余すことなく傷だらけで、片目と片腕は欠損したまま。

 残った左手だけで正宗を握っている。



――オレニ身ヲ委ネロ。全テ切リ刻ンデヤル。貴様ノ肉体ガ動カナク成ル迄。



 サーニャの正面に、異国の鎧に身を包んだガイコツのバケモノが出現する。

 ガイコツの腕にもサーニャと同じ正宗が握られており、奴こそが正宗に宿る妖力の本体であるのだと悟る。


「もう私は逃げない。あなたに身体を明け渡して責務から逃げようとする弱い私はもういないわ。もう1度言うわ、あなたが、私に、屈服するの。私の中から出ていきなさい」


 ガイコツは一歩、サーニャへと進む。

 サーニャは動かない。

 ガイコツは更に支配力を強めながらサーニャへと近づき、刀を持った腕を頭上へ掲げる。

 それでもサーニャは動かず、真っ直ぐに隻眼でガイコツの空洞の眼窩を見据える。



――何故ダ。何故抗ウ。貴様ノ肉体ハ既ニ限界ノハズダ。早ク血ヲ寄越セ!



「抗うわよ。だってそれが私の務めだから。正宗の呪いを正面から受け止め、過去を忘れず、今をもがき、未来に希望を託すダンジョンの開拓者。それがゼノレイ家の役目。例えそれが呪いだとしても、私はその呪いを託したパパの意思を尊重するわ。1000年の間、私の先人達がそうしたように!! パパの意思は断ち切らせない!!」



――そっか……ごめんなサーニャ……でも、ありがとう。



「っ!? パパ……?」


 ガイコツの身体にノイズが走りぶれると、次の瞬間バケモノの顔は頭蓋骨ではなく、死んで久しいサーニャの父親の顔になっていた。

 肉を帯びた鎧武者の腕に正宗はなく、温かい手がサーニャの頭をそっと撫でた。


「そっか……正宗の中に、ずっといてくれたんだ。私のこと……見守ってくれたいたのね」



――大きくなったね、君はボクの自慢の娘だ……。



「パパッ!!」


 正宗の本体が瓦解する。

 同時にサーニャの精神は再び元の肉体へと戻る。

 正宗の精神支配の残滓は一滴たりとも残っておらず、今までにないくらいに手に馴染む。

 これが正宗の本当の力だと言わんばかりに、サーニャに凄まじい力を与える。


「っ!?」


 その変化をライノルトも感じ取り、緊張感を帯びる。

 魔力でも覇気でもない、正宗が放出する感応の奔流が、サーニャの周囲に風の渦を発生させる。


「なんだ……この、プレッシャーは……!?」


 左腕だけを使ったいつもと違う構え。

 右目だけを使ったいつもの半分の視界。

 肺は破れ、血が流れ込み、呼吸するだけで命が削れる。

 それでも身体の軸は一分のブレもなく、正宗の切っ先は1ミリの揺れもなく、真っ直ぐライノルトへ向けられる。


 ライノルトは初めてサーニャに戦慄を覚える。

 ここまでの死合い、常にライノルトが優位に戦況を運んできた。

 彼の損傷は掠り傷を除けば自分の切り落とした片耳の欠損のみ。

 対する彼女は既に死に体だ。

 このまま彼女を放置して教皇の元へ向かえば、きっと彼女は階段を上る最中に力尽きるであろう。

 だが、その選択をライノルトは取るはずがない。


 剣豪枢機卿の望みはただ1つ、血肉湧き立つ剣士同士の死合いのみ。

 自身に向けられた殺意に歓喜さえ覚えながら、武者震いをする。


「面白い! 面白いぞ人類最強! 最後の最後まで楽しませてくれる! ならばこれで終わりだ! 我輩の最強でもって、貴様の最強を打ち砕かん!」


 ライノルトは長剣を腰に佩いた鞘に納刀する。

 戦いを放棄したのではない、この居合の構えこそが、秘剣の構えなのである。

 差した剣柄に手を添え、腰を低めて大地を踏みしめる。

 剣豪の境地に達した剣士が習得する、音を置き去りにする最速の構え。


「…………」


 対するサーニャは何も踏み込みの構えを取るも、スキルは使わない。


「(心研ぎ澄まし目を凝らさんとすれば、また刃も光を宿し、されどその身は凪の如く、疾風怒濤で打ち抜けば、正宗に斬れぬものなし)」


 亡き父の教えを復唱する。

 サーニャはその教えに則り、対応するスキルを用いて戦いに臨んできた。

 だが真に必要なのは自己を強化するスキルではなく、その心持ち。

 それを再確認したサーニャは、その身1つでライノルトへ最後の切り合いに臨む。


「【秘剣】――――《絶剣》」


「これが、私の全力だああああああああ!!」


 2人は同時に床を蹴る。

 超高速で踏み抜かれた絨毯が焦げ付き、サーニャは風を斬りながら、ライノルトは床を一文字の軌跡を刻みながら――――

















 ────────── 斬 ──────────











 ――果たして。












 ライノルトが床に刻んだ【秘剣】の軌跡、その始点と終点にそれぞれが立つ。

 最初いた2人の位置が入れ替わり、背を向け合う形となる。

 耳が痛くなるような静寂が空間を包む。

 2つの刃はすれ違い、剣響は響かない。

 それぞれの刃に血は付着していない。

 それは遠心力で振り抜かれて一滴残らず飛散したのかもしれないし、相手の身に届かなかったのかもしれない。


 一拍、二拍の後、最初に静寂を破ったのはサーニャであった。


「こふっ」


 喉奥から昇ってくる血をアゴにしたたらせながら膝をつく。

 小さな左手から零れ落ちた正宗が絨毯に沈み、脇腹がパックリと割れて血が噴き出した。

 震える手で脇腹を押さえつけるも、手の隙間から漏れだす血を完全に塞き止めることは叶わない。


「……見事だ、人類最強よ」


 ライノルトはサーニャにそう告げる。

 だがそれは、奮闘した敗者を称える言葉ではない。

 勝者へ送る、惜しみない賞賛の言葉であった。



「我が生涯、余すことなく剣へ捧げど、刃の頂き、未だ届かず……」



 サーニャに続いてライノルトの身体にも深い刀傷が生じ、大量の血を放出しながら彼もまた剣を手放し地に伏した。


「ごめん、なさい……エドワード……やっぱ約束、守れないわ……げふっ」


 サーニャは何度目になるか分からない吐血をし、脇腹の傷を抑えながら倒れ込む。

 手で傷口を抑えておかないと、そのまま臓器が零れ落ちるため、片腕しかないサーニャは到底剣を握ってエドワードに加勢出来る状態ではない。


 天井画の天使が見守る大ホールに、2つの死に体が静かに残る。


 最強は最後まで最強であり続け、剣豪もまた最後まで剣豪であり続けた。



 ――決着。

サーニャVSライノルト──相打ち

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