夕暮れ時のかくれんぼ。
残酷な描写、設定がありますので、苦手な方は気を付けてお読みいただけると幸いです。
スッキリする結末ではないと思います。
その日も仕事を終えた私は、我が家へと車を走らせていた。
妻の祖父母が遺した、誰も継ぐはずのなかった山奥の一軒家。
彼らのモダンな感覚のためか、あるいは幼いうちに両親を亡くした妻への慰めの気持ちか。
私たちが住むことにしたその家は、西洋風のお洒落な、まるでお城のような雰囲気を待つ家だった。
もちろん、子どものことを考えればもう少し便利な場所の方が…とも思ったが、それも車があれば特に問題はなかった。
何よりこのお城のような家を見てしまえば、当の子どもが住みたがるだろうことは容易に想像できた。
ほら、こんなことを考えているうちに我が家が見えてきた。
ご覧の通り、移動には何の問題もないのだ。
運転しながら、2階の妻の部屋に電気が点いているのが見えた。
なんとなくホッとした気持ちになって私は車を停める。
車から降りた私は電気柵の電源を切り、門をくぐってからまた電源を入れる。
そう、この家に住んで厄介なことが1つだけ。
害獣の存在だ。
場所的に熊の心配はないのだが、猪はもちろん、アナグマのような小さな動物でも私たちが恐れるには十分だ。
彼らは山の中のものだけを食べるわけではない。
野菜でも肉でも、味を覚えれば私たちの食べ物だってターゲットになってしまうのだ。
せっかくの景色に似つかわしくない光景ではあるが、出入りを防ぐためには仕方ない。
私はもう一度柵の電源を確認して玄関へと向かい、鍵を開けた。
「ただいま〜。」
真っ暗な部屋からは物音一つせず、何の返事もない。
ふと不安な気持ちも浮かんだが、玄関にきちんと並んだ靴を見てピンときた私は、笑いを噛み殺して呼びかけた。
「もう、いいかぁい?」
『夕暮れ時にかくれんぼをしてはいけない』
今はもう、そんなことを言う人はいないのだろうか。
人目につきにくくなったり、周囲が見えにくくなったりしてから起きる事件や事故を防ぐための言い伝えなのだろう。
迷信だと笑い飛ばすつもりはないが、あの子がそれを知らなかったおかげでこんな時間が過ごせるのもまた事実だ。
「もう、いいかぁい?」
返事はないが、声を出すと気付かれると思っているのだろう。
そういえば初めての公園でもかくれんぼをしていたっけ。
懐かしく思い出しながら順番にドアを開けていく。
「ここかなぁ?」
隠れながら移動がしやすいように、ドアは開けたままで進む。
隠れた場所の移動はルール違反かもしれないが、相手は子どもだ。
少しでも楽しんでもらいたい。
「本当に隠れるのが上手だなぁ。
見つからないぞ〜!」
と、言いつつ、見当はついているのだが…。
応接間、和室、リビング、キッチンにトイレ、お風呂場まで、あえて時間をかけて探していく。
きっと隠れながら、私の苦戦する様子を楽しんでいるだろう。
次は2階だ。
「上にいるのかなぁ?」
大袈裟に声を上げながら階段を上り、同じように1つずつ部屋を確認していく。
「んー、どこにいるのかなぁ?」
書斎、寝室、物置にトイレ、子ども部屋…。
順番にドアを開け、ついに妻の部屋の前に来た。
さて、一体どこにいるだろう?
本棚の陰か、ベッドの下か、それとも妻の背後か…
年甲斐もなくわくわくした気持ちを抑えながらドアノブに手をかける。
さぁ、いよいよドアを開けようか!というその瞬間―。
背後の子ども部屋から、叫び声とともに小さな影が飛び出してきた。
いきなりのことに驚いたが私はなんとか身をかわし、事態を把握するために振り返った。
何が起きたのかわからない。
バランスを崩した影は大きな音を立てて階段を転げ落ち、最後はガンッ!と床に頭を打ちつけた。
私に殴りかかるために手にしていた箒の柄が折れて腹部を貫いている。
みるみる広がっていく血の海の中で、それはしばらく苦しそうに呼吸をしていた。
少しずつ弱くなる胸の動き。
そして最後にカハッと血を吐き、ダラリと力が抜けた。
その様子を見ながら、私は自分の気持ちが急激に冷めていくのがわかった。
そして動かなくなったそれを見て、ため息とともに呟いた。
「また、ダメになってしまった…。」
片付けをしようと階段を下りかけたが、ふと、何もかもが面倒になってやめた。
今更、別に急ぐこともない。
私は階段に背を向けて、妻の部屋のドアを開ける。
「…ただいま。」
話しかけながら妻の隣の椅子に腰を下ろす。
「また、ダメになってしまったよ…。」
そういえば最初の子は…。
視線の先―。
きれいな夕焼けが見えるその窓には、鉄格子がしっかりとつけられている。
「あの子は窓から逃げようとして落ちたんだよな。」
夕焼けをぼんやりと眺めながら、自分の中にジワジワと何かが広がっていくのを感じる。
―私はいつまでこんなことを続けるのだろう。
もう、やめてもいいのだろうか。
もやもやとした気持ちを抱えたまま、妻の方に顔を向ける。
そういえばもうどれくらいになるだろう。
妻はあの日からずっと、椅子に腰掛けたまま動かない。
「もう、いいかい?」
とっくの昔に光を失い、ただの空洞と化した妻の瞳を見つめて問いかける。
『まぁだだよ…。』
カサカサに乾き切った妻の唇が、そう呟いたように、見えた。
こんなことがあったら嫌だなぁという単純な気持ちで書きました。
幽霊だけでなく、生きている人間も怖いですよね。