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中編




「は? 我々に出て行けだと!?」

 当然、侯爵家とは関係のない人達は出て行け責め立てられていた。侯爵家当主だと主張する父にももれなくだ。

「当たり前だ。お前は我が侯爵家とは縁もゆかりもないからな」

 と母の弟サガンが当たり前だと言った。

 ちなみに、母とサガンの仲は良くはなかったらしい。シェリーとして暮らしていく内に、記憶の片隅にあった情報である。

「は? 私は侯爵家当主だぞ!!」

 多勢に無勢だが、父はもの凄い剣幕で反論している。

 それもそうだろう。勝手にやって来た亡き母の親族達に、唐突に出て行けと言われたのだから。

 だからと帰る親族はいない。父より、権利や権力のある親族達の方が、断然強いからだ。



「代理」

「は?」

「お前はただの代理で細かく言えば、シェリーが18になるまでの後見人であっただけで当主ではない」

 叔父のサガンが鼻であしらった。



「何を言っているんだ!! 私はこの侯爵家の当主だろう!?」

「そうよ!! 何も知らない貴方達が何を言うの!?」

 仮にも貴族の端くれだったにも関わらず、父や義母は侯爵家の母と結婚したのだから受け継いだと主張していた。

「何も知らないのはお前達だ。寧ろ何故知らんのだ。姉ステラ亡き後、後継者はその血を引く娘シェリー。次の相続人はステラの実弟である私だ。血縁ですらないお前には、何の権利もありはしない」

 そう言って、権利書や証明書の写しを父の前に滑らせた。

 有無を言わさず追い立てるつもりで用意したのだろう。

「……っ!?」

 父は書類を渡されて見ると、小刻みに震えていた。

 現実と事実が、やっと理解し飲み込めたのだ。



「あ、あなた?」

 義母は父を揺さぶり、その書類を震える手で拾い見た。

 難しい事が書かれていて良く分からないが、侯爵家の相続人の名前の欄には、シェリーを筆頭にズラリと並んでいた。

 そこに夫の名は見当たらなかったのであった。



「荷物を纏めて置きました」

 叔父の連れて来た執事が、話し合いをしている間に父達の荷物を纏めて置いたらしい。

 流石に仕事が早い。

 家の執事達は、突っ立っているだけで何もしていなかった。精々やっていたのは、叔父サガンへの媚びくらいか。

「さて、出て行って貰おうか?」

 叔父サガンを筆頭に、親族達が目線で促した。

「い、いや、そんな急に……それに娘はまだ16で後見人がーー」

「後見人は私が引き受けるから問題はない」

「だ、だけどーー」

「すぐに出ないと言うのなら、シェリーへの虐待を訴えてもいい。或いは、今までの不透明な金の流れを調査し、そちらでもお前を訴えてもいいのだが?」

 どうする? と叔父は不敵に笑った。

 父は唇を噛みしめ、手を震わせていた。散々していた彼には覚えしかないからだ。

 母ステラは反対された父と結婚したために、弟や親族達とは疎遠だった。

 それを機だと考え、シェリーを自分に逆らえない傀儡にし、自分が当主だと言い張るつもりだったのだろう。

 そして、シェリーを精神的な病か何かとし、後妻との娘を後継者にする算段だったに違いない。

 だが、考えが疎かで甘過ぎる。




「お、お父様、どういう事? 何故、私達が出て行かなければならないの!?」

 いつも自信満々の義妹が、オロオロとしていた。

 まさか、自分が追い出される日が来るとは想像もしていなかったのだろう。

 シェリーに見せたかったなと、シェーラは思った。

 そう思ったら、意趣返しがしたくなった。



「我が侯爵家の血族ではないからよ? ロッテ?」

「え?」

「まさか、知らない? お父様はどこかの子爵の三男坊。わたくしの母が侯爵。愛人との間に生まれた貴女は、残念な事にわたくしと違って、侯爵家の血を一滴も引いてはいないの。可哀想にブラッドとの結婚もどうなるのかしら? 平民になる貴女を貰ってくれるといいわね?」

 シェーラは、可哀想にと蔑んで笑ってあげた。

 シェリーがそんな反論をするとは想像すらしていなかった義妹ロッテは、瞠目していた。

 父や義母も唖然としている。いい気味である。



「母の死後、わたくしを虐め蔑ろにして得た地位が、僅か5年で崩れ去るなんて……人生なんて呆気ないものね?」

 シェリーにとったら地獄の5年間だっただろう。

 だが、彼等からしたら、楽しい時間だったに違いない。そして、これからもっと楽しむつもりだったのだ。

 侯爵家の地位にしがみつきたかったのなら、シェリーをトコトンまで甘やかして好意を向けさせるか、虐めなんかせず適当に真面目にやってれば良かったのよ。

 後は、自分の言う事を聞く婿を貰って、シェリーと一緒に持ち上げて、上手く操縦出来れば楽しい老後が待っていたのに。

 まぁ、そんな事を考えるくらいなら、初めから愛人なんか作らないか。



「シェ、シェリー!! 貴女!!」

 娘の余りの変貌ぶりに、父も義母も義妹も声が出ない様子だった。

 あの大人しかったシェリーが、そんな事を言い笑うなんて信じられなかったのだ。



「さようなら」

 だから、シェーラはコテンと首を傾げてニッコリと微笑んであげた。

 シェリーが苦しんだ分、これからゆっくり苦しめばいい。

 侯爵家で贅沢をしていた彼等に、普通の暮らしさえ相当な苦痛の筈。大した仕返しにはならないが、簡単に死なせるよりいい。




「お前ぇ!!」

 父はソファから立ち上がり、シェーラに掴み掛かろうとした。

 自業自得なのだが、この状況にしたのはシェリーだと思ったらしい。

「グェッ!!」

 "シェリー"ならタダでやられたかもしれないが、だが残念な事に私は"シェーラ"である。素直に掴ませる訳がない。

 何も出来ないと思っていた父は隙だらけであった。シェーラは近づいて来た父の股間を、渾身の力で蹴ってあげたのだった。




「お、お父様!!」

「シェリー!! 父親に向かって何をするの!?」

 義妹が蹲った父に駆け寄り、義母はこちらを睨んでいた。

「だって、殺さんとばかりに手を首に近付けるんですもの。怖くてつい」

「は?」

「正当防衛よ」

「な、な!!」

 そう言って笑うシェーラに、義母は目を見開いていた。

 いつもビクビクと顔色を窺い、大人しかった義娘シェリーが反論した。

 そんな事自体を想定していない義母は、魚の様に口をパクパクさせていたのだ。



「お義母様、いえ、ハンナさん。今まで虐待してくれてありがとう。お陰で何の情もなく、貴女を切り捨てられた。平民になってもどうぞお元気で」

 シェーラは最後の方は、わざと笑いを漏らしながら義母達に伝えてあげた。

 シェリーの辛かった5年には、遠く及ばない。

 だが僅かばかり、報いが出来たに違いない。



「は? なんで私達が平民になんてなるのよ!!」

 突然の事で理解出来ない義妹が、噛み付かんばかりの形相で言い放った。

「お前の父が継ぐ領地や爵位がないからだろうが。それともなんだ? どこか継ぐところがあるのか?」

 シェリーはこんな娘だったかと小首を傾げながらも、呆れた叔父や親族達が、父達を見て馬鹿にし笑っていた。

「この侯爵家よ!!」

 信じたくないのか、義妹は叫ぶ様に言ったのだ。



「はん。馬鹿かお前は」

 叔父がチラッと親族達を見れば、余りの頭の悪さにさらに笑っていた。

「お前の父は子爵家三男。母は平民。我が侯爵家と何の繋がりがある?」

「お父様は侯爵家の当主になったでしょう!?」

「先程から言っているだろう。ただの代理だと。シェリーが18になれば、その当主代理の肩書きもなくなる。そうしたら、ただの塵?」

「サガン卿、言い方」

「あぁ、当主の父か? いや、やはり大して仕事もしていない様だから、塵だろう」

 叔父サガンと親族達が、クスクスと笑っていた。

 母ステラの弟や親族には思えないくらい、貴族らしい。母が異様に静かな人だっただけなのかもしれないが。



「わ、私は、私は侯爵家ーー」

「ステラの娘でない以上、お前はただの平民か精々子爵家の娘だろうが。子爵家風情がよくも我が侯爵家の娘を虐めたモノだな?」

「……」

「ふぅ、ここまで言ってもなお謝罪の1つもないとは、我が侯爵家も舐められていると見える。侯爵家を怒らせるとどうなるか、その身を以て知りたいか?」

 本気か冗談か、叔父サガンがそう言って笑えば、父はカタカタと震えていた。

 仮にも子爵家の息子。高位貴族の力を知っているのだろう。



「け、権力を振りかざして恥ずかしくないの!?」

 食ってかかるのだから、義妹は逆に貴族の恐ろしさを知らない様だ。

「その権力を、1番利用してきた貴様がほざくな!!」

「ひっ!!」

 義妹の余りの身勝手さに、叔父がとうとう強い口調で叱責すれば、義妹は震え上がっていた。

 極甘に育てられてきた義妹は、怒号を放たれた事など1度もなかった。やっと恐怖というものを知った様だ。



「ヒッター」

「はっ!」

「この馬鹿娘は東の修道院へ送る。手配を」

「御意に」

 叔父がチラッと見れば、叔父の家令が足早に屋敷を出て行った。

 温情の必要なしと判断されたのだろう。



「修道院!? 何故、何故、私の娘がそんな所に行かなくてはならないのよ!!」

 どうしてこんな仕打ちを受けないといけないのか理解が出来ない義母は、叔父にまだ反論していた。

 だが、反論などして何も起きないのは、母ステラが優しかっただけ。その娘シェリーが大人しかっただけ。

 本来の貴族なら、もっと悲惨な末路を用意する事も出来るのだ。黙って謝罪をするのが、正解である。



「侯爵家の次期当主である1人娘を虐げた報いだろうが。貴様はもっと厳しい北の修道院に送ってやるから安心しろ」

「は? なんの権利があって」

「では、貴様は何の権利があって、我が姪を虐げた?」

「虐げてなど……」

 躾の一貫だと主張していた。

 だが、叔父サガンは鼻であしらうと、親族達にシェリーの腕を捲り上げさせた。



「コレはなんだ?」

「……っ!」

 シェリーの左手首には生々しい切り傷。

 その上には痛々しい青痣。逆も然りであった。

 見えない範囲には、青痣や黒くなってしまった痣がいくつもあったのだ。

 それを、叔父サガン達はすでに見抜いていた。

「大体、痣や傷などなくとも、正統な後継者がいるにも関わらず、自分の娘を次期当主に仕立て様とした行為は、虐げている証拠だろうが。それともなんだ? お前は自分という存在がありながら、愛人との子を後継ぎにされて平然と暮らせるのか?」

「……」

「何にせよ。お前が姪にした仕打ちは許す事は出来ん。虐待及び乗っ取り、どう考えても重罪だ」

「そ、そんな!! シェリー、貴女からも言ってちょうだい!! 貴女をここまで育てたのは、この私なのよ!?」

 重罪と聞き、このままでは牢獄か良くて修道院だと悟った義母は、シェリーに縋ってきたのだ。



「えぇ、そうですね? お義母様?」

 シェリーがニコリと微笑めば、助かったとばかりにさらに縋ってきた。

 しかし、世の中そんなに甘くはない。そして、私シェーラもだ。

「義妹にドレスを譲らないと叩かれ、宝飾品を譲らないと叩かれ、青痣が見えるのを恐れて学園は辞めさせられ、最後は婚約者を義妹に譲れと言われ育ちました。わたくしも、今から貴女達に泣く泣く譲ったモノを返して頂くとしますわ。あぁ、嫌だと言われたら、わたくしがされた時みたいに鞭で叩くと致しましょう。従わない者達には鞭で叩けと、貴女から教わりましたから」

 シェーラはそう言って、ほの暗い笑みを浮かべて見せた。

 シェリーは望まないかもしれないが、目には目を与えた方がいい時もある。人に与えた痛みは自分が受けてこそ、分かる人もいる。

 まぁ、義母達は棚に上げて、嫌な事には蓋をするタイプだから、シェーラ〈シェリー〉が悪いと罵り、反省も後悔もしないだろう。



「……っ!」

 厚顔無恥な義母もさすがに、口を噤むしかなかった様だ。

 今まで泣いて黙ってきた義娘に、急に反撃されては言葉が返せない。しかも、分が悪いのは自分だと義母は分かっていた。

 シェリー1人ならまだしも、親族に囲まれ窮地に立たされている。これ以上、シェリーを怒らせてもさらに悪化させるだけだ。

 だが、追い縋るなんてみっともない真似、プライドが許さず出来ない。

 今まで、シェリーは猫を被っていたのか。

 義母には、いくら考えても答えが出なかったのであった。







「さて、話し合いも終わりだ。連れて行け」

 叔父サガンが無碍もなく言った。

 そこには、微塵の情も感じ取れなかった。

「きゅ、急にそんな事を言うなんて酷いわ!! 貴方達に情はないの!?」

「姉のモノを奪い続け、最後には婚約者を奪う輩に情けなどかけるか。とりあえず、お前達にはしばらく地下牢にでも入っていてもらう。その後、沙汰を下すとしよう」

「は? ち、地下牢!?」

「あぁ、そうか。お前達は正統な侯爵家の人間ではない故、知らなかったか。ワイン蔵の奥には、罪を犯した使用人を入れておくための地下牢があるんだよ。そこで、準備が出来るまで大人しくしていろ」

「イヤよ!! イヤぁぁーーっ!!」

「離して!! 離しなさい!!」

 地下牢に連れて行けと指示され、逆らえない使用人達は親族に監視されながら、義母と義娘、ふらつく父を連れて行くのであった。




 ーー3日後。






 最後までお前のせいだと罵っていた義妹の婚約は、当然破棄となった。

 さらに、修道院だけは絶対にイヤだとゴネにゴネ、結果郊外のとある子爵家の愛人として貰われて行った。

 かの子爵は、70に差し掛かろうとしている大変に好色な人物で、すでに愛人が5人程いる。

 彼は長子であったが子供が出来ない体質だったらしく、爵位は親族に譲っていた。その代わりに、余生を田舎の別邸で住まわせて貰っているらしい。

 隠居している彼が夜会に出る事はない。

 オマケに逃げない様に使用人達に監視され、外出禁止で過ごす生活は、今まで遊んでいた彼女にはさぞかし窮屈だろう。

 そして、彼が亡くなれば即刻そこを追い出され、路頭に迷うのだが、それに義妹が気付いているか知らない。



 義母は、最後まで謝罪の言葉などなく、告げ口したシェリーを恨みながら、極寒の修道院に追いやられた。

 同じ様な罪を犯した女性達の集まりで、別名"北の監獄"と呼ばれ、生きては帰れない所なのだが、彼女は知っていたのだろうか?



 父は、子爵家に助けを求めた様だが、実情を知った彼等に完全に見限られていた。

 その親族達も同様で、侯爵家に睨まれるのを恐れ、関わるなと門前払いを食らった様だ。

 今まで散財した金銭を払う事など出来ず、炭鉱労働者に成り下がる予定だったが、父は何故か運が良かった。

 金策に走り回っていると、たまたまお金持ちの未亡人に出会い買い取られ、隣の国へと渡ったのだった。

 ただ、この未亡人。男に鞭を振るって"飼う"のが趣味だと、風の噂で聞いたのだが、会う事はないので定かではない。





 ーー侯爵家は。





 母の弟で、叔父サガンが継ぐ事になった。




 本来ならシェリーが当主になる予定だったが、優し過ぎるシェリーでは家令達にも舐められる。

 父さえも御せなかったシェリーは、当主としては弱過ぎる。

 そう判断した叔父が当主となり、その息子がいずれは継ぐ事となるだろう。




 シェリーの弱さ故に、当主を降ろされただけで、叔父サガンは乗っ取った訳ではない。これだけは確かだ。




 母ステラと仲が良くなかった様だから、苛烈な人物だと勝手に思っていた。だが、そんな事は全くなかった。

 厳しい顔や口調だが、優しさに溢れた人だった。

 しっかりした教育を受ければ、シェリーには良い縁談を持って来る約束もしてくれたし、我が子の様に厳しく温かく接してくれる様な優しい人だった。

 何もしなかった家令達は早々に一掃し、新しい家令が雇われ、何もかもが新しく優しく変わり、シェーラは何か達成した気分になれた。




 これで、シェリーも浮かばれるだろうと。





 そうシェーラが安堵した瞬間ーー。





 ーー意識がプツリと切れた。









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