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前編



 とある街で、同じ日、同じ時間に2人赤子が生まれ落ちた。




 1人は、侯爵家の1人娘として。




 もう1人は、生まれ落ちた瞬間ーー。




 とある場所に捨てられていた。





 王都でいくら治安が良かったとはいえ、人身売買する様な輩に拾われたら、この赤子の人生は最悪のモノになっていただろう。



 だが、運良かったのか、泣き声に気付いた優しい街の人が見つけ、修道院に預けてくれたのだ。

 しかし、彼女の運はそこで尽きた。

 見目が良い赤子は、大抵子供の欲しい貴族や金持ちに迎えられる。幸運であれば、貴族の慈善活動の一環として、養子に迎えられる事もあったのだ。

 


 しかし、残念ながら貰われる事はなく、修道長により【シェーラ】と名付けられ、スクスクと育っていったのである。





 修道院で静かな生活を送っていたシェーラ。

 貴族に貰われなくとも、皆と楽しく暮らしていた。それでいいと思っていた。

 だが、彼女の死はすぐ近くに迫っていたのである。





 静かに静かに、その身体は病魔に蝕まれ、16を迎えた日ーー。




 ーー呆気なく命を落としたのだった。







 ーーいや。




 その筈だった。




 自分は確かに修道院の庭先で、胸が苦しくなり倒れた筈だった。

 だが、しばらくして目が覚めると、胸の苦しみは消えていた。

 その代わりに何故か左手首が切れており、ズキズキと嫌な痛みと共に、生温かい血が流れていた。

 倒れた時に怪我を負ったのかと辺りを見渡せば、そこは見た事もない知らない部屋だった。




 ーーオカシイ。





 どうにもオカシイ。

 確かに、私は死んだ筈。

 親のいない私はお金もなく、良い医者にも罹れず、コロッと死んだのだ。だが、夢にしては痛みもあるし、心臓の鼓動が身体に響いている。

 



 ーーまさか。




 これが噂に聞いた【転生】?

 イヤいやイヤ。百歩譲って【転生】だとしても、現世の記憶がほとんどないモノだろうか。前世の記憶? すぐに頭に浮かぶのが前世の記憶なのだろうか?

 転生をした事がないので良く分からないが、唐突に記憶が蘇るモノなのだろうか?

 では、今まで生きていたコノ身体の人物の記憶や魂はどうなっているのだろうか?

 融合でもするのだろうか?

 混乱状態ではあったが、左手首の傷がズキズキとして頭を冴えさていた。



 とにもかくにもシェーラは、左手首の傷を何かで押さえようと、さらに辺りを見渡す。




 うん?




 部屋は広く豪邸っぽそうなのに、余りにも物がない。

 ベッド、テーブル、本棚、その其々ある家具は部屋の大きさの割に、妙に安っぽい。

 クローゼットを開いて見れば、地味な服が並んでいた。




 あれ?




 その服の中で数点、見覚えのある服があった。

 様々な理由で身寄りのない子が集まる修道院に、たまに顔を見せてくれた人の服に良く似ている。

 確か修道長の話では、どこか由緒ある貴族のお嬢様だった。その女性が着ていた服に似ているのだ。

 輝く様な金髪に藍色の瞳をした美しい女性で、自分とは真逆の静かでお淑やかなだったのは覚えている。

 名前は……"シェリー"。

 そうだ。シェリーだ。

 名前が似ていて、同い年だった彼女だ。




 自分は親に捨てられ、彼女はどこかの令嬢。

 似た名前で同い年なのに、こうも違う人生があるのかと嫉妬したのも思い出す。

 だけど、彼女はいつも悲しそうで自由な貴女が羨ましいと、笑っていた。

 住む家がある。家族がいる。食べる物がある。着る服がある。温かい部屋がある。

 全てを持つ彼女の方が断然羨ましいと、笑った覚えがあった。




 キョロキョロしていると、どうも目線までがオカシイ。




 背は高い方だった筈なのに、目線が少し下の様な気がする。

 自分の身体ではない事は分かった。

 住んでいる場所も修道院ではない。

 では、何処。そして、ワタシは誰だ?



 姿見を探して見たがない。

 薄暗い部屋を歩いて窓に近付いた。夜なのか窓に反射して自分の姿がクッキリと写った。




「シェリー」




 金髪で藍色。

 少し痩せてはいたものの、見た事のあるこの愛くるしい顔立ちは、まごう事なきシェリーだった。

 ズキンと痛くなった左手首を、チラッと見る。

 血は止まっている。

 だが、手首の傷と落ちているナイフを見て、シェーラは悟った。




 あぁ、彼女は自殺したのだ。




 何に悲観してこうなったのか、想像しか出来ない。

 だが、どう考えても状況がそうだと語る。




 お金持ちの令嬢に生まれ、将来を約束された女性が"何"に絶望し、死んでしまったのか。

 そして、何故、自分の魂がこの身体に宿ったのか、シェーラには全く分からなかった。











 ーーしかし。





 ーー彼女が絶望した理由は、すぐに分かった。






 父、義母と義妹に、虐げられていたのだと。





 まず、朝に来た侍女の態度が横柄で、彼女が持って来た朝食はあり余りかと思うくらいの量と質。

 どうやら、家族と一緒に食事する許可もないらしい。




 家具や服も、最低限の物しか彼女には与えていなかったのだろう。




 家族や使用人達にも虐げられ、耐えられずに命を絶ったのだと。




 人に蔑まれて過ごす1日は苦痛だ。

 それが何年も続いていたのなら、精神はボロボロだっただろう。

 聞き耳を立てていれば、父は義妹を大層可愛がっている。では何故、血の分けた実娘のシェリーを蔑ろにするのか。

 それは、後妻の方に好意があり前妻は嫌っていたに違いない。ならば、邪魔なシェリーは虐げられていたのかもしれない。




 反撃すれば良かったのに。

 と言いたい所だが、大人しかった彼女では無理だっただろう。

 幼い頃からそう育ち、逆らう事を否と躾られてしまえば、反論する気力が失せるし考えにも及ばない。

 そういう思考に至らなくなるからだ。




 だが、運が良いのか悪いのか、シェーラはそんなヤワな性格ではない。




 どういう理由でこの身体に宿ったかは分からないが、子供を虐げる親は屑である。





 彼女は私に助けを呼んだーー。





 ーーと勝手に解釈し、ならば反撃してやろうじゃないかと笑った。

 




「ふざけるな!!」と叫んだところで、改善される様な環境ならば、元よりこうはなっていないだろう。

 反論は愚策である。

 反撃に備えてナイ頭を巡らせた。









 ヨシ。まずは情報収集。




 シェリーは、学園には行かせて貰えていないが、週に1回修道院に通う事は許されている。



 その理由を考えたが、父曰く。

 偽善者気取りで、娘が修道院で炊き出し手伝いでもすれば、役に立たなくとも侯爵家の名に貢献するだろうと。

 義母曰く。

 金も大して掛からないし、家にいられても困るから好きにすればいい。ついでにそのままいなくなってもいいのにと。

 義妹曰く。

 どうせ近々、そこに追いやる予定だから予行練習でいいんじゃないかしら? と。

 そんな所だろう。




 だが、頭の緩い人達である。




 修道院の人達は馬鹿ではない。

 侯爵家の権力を恐れて、強くは言えなかったが、噂話として色々と聞かされた。

 シェーラが何者で、どういう境遇か薄々気付いていた事を。

 ただ、権力を恐れて我関せずを貫いていただけ。

 それも、きっかけさえあれば、ペロッと喋るし誰かに情報を売るだろう。




 父はシェリーに慈善事業をやらせ、侯爵家の表の顔を良くしたつもりだが、彼女の姿を世に晒すきっかけを作っていたのだ。

 侯爵家の令嬢には明らかに不相応の服を着させ、修道院に行かせるなんて馬鹿である。

 豪華な服は必要ないが、体裁上でも少しは高そうな服を着させるべきだった。



 義母は同じ屋敷で同じ空気を吸う義娘シェリーが嫌いな様だった。ならば、外に出す機会は極力少なくさせるべきである。

 助けを求めさせる隙しかないし、余計な情報をあげる機会しかない。シェリーの置かれている悲惨な現状を、修道院や余所にバラす所業だ。

 まぁ、おかげで情報収集は出来たけど。



 義妹は、シェリーの物を奪ってトコトンまで虐めるのが好きらしい。

 残念ながら、今は何も奪う物がない。

 記憶を辿ると最期に奪ったのは、シェリーの婚約者。

 伯爵家次男のブラッドのようであった。

 シェリーが彼を好きだったか、今になっては分からない。だが、奪われて嬉しい訳がない。凄く辛かった事だろう。




 しばらく、シェリーの様に大人しいフリをして、情報を集めて分かった事が多々あった。




 父は侯爵家当主ではなく、ただの当主代理だった。

 シェリーが18になるまでの後見人である。

 亡くなった母が正統に血を引く侯爵家で、彼は婿養子。当主を名乗る権利はなかったのだ。

 義母は元愛人。義妹は連れ子で侯爵家とは縁もゆかりもない。




 ならば、庶民でも分かる。

 彼等のやっている事は、お家乗っ取りだ。




 母が亡くなった事はいつかはバレるのに、暢気なモノである。

 いつまでもこんな暮らしが出来る訳がない。

 シェリーを虐げてるにしても、精神的に追い詰めたらこうなるなんて想像は付くだろう。

 なら、上手く飼い殺しにすれば良かったのにと、シェーラは考えすぐに自嘲した。そんな事を考える自分も大概であると








 ーーさて、ならば私が出来る事とは?





 とてもシンプルで簡単な答えだ。

 そう、血縁関係に、母の死去を伝えてしまえばいい。




 父が我が者気取りで侯爵家にいられるのは、母が亡くなった事を親族がまだ知らないからだ。

 葬式さえ金が勿体ないとしなかった人達である。

 親族に母の死を伝えてもいないだろう。なら、伝えるまでである。

 血の繋がりのない他人に、侯爵家を乗っ取られて黙認する人はまずいない。仲が良かったとしても、それはそれである。




 さて、母の死去を伝えるとどうなるのか?





 侯爵家の権利を獲得しようと、其々が乗り込んで来る訳である。

 先触れもなく、無遠慮にドカドカとやって来た親族達に、シェーラは思わず笑ってしまった。

 



『ハーマイン侯爵家当主ステラが亡くなり、侯爵家とは関係のない父が当主を名乗り、侯爵家を乗っ取ろうとしています。どうか皆様、助けて下さい』




 修道長に頼んで、親族達に手紙を送ったのは数日前。




 ーー結果。




 3日も経たない内に、親族の代表者や代理人が乗り込んで来たのである。








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