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とある王女の恋物語・番外編

薔薇の誓い

作者: 藍田 恵

「とある王女の恋物語」の番外編「王様の憂鬱・2」の続編です。

今回はステファン王子視点が主になっています。

 あの暴挙が、許されるなどとは思っていない。

 信頼を裏切るに値する…いや、それ以上に軽蔑されても仕方のないことを私はしたのだ。

 盟友となるべき相手を拉致し、監禁し、脅迫した上で婚姻を迫った。

 いくら細心の注意を払って丁重に扱っていたとしても、それを補って余りある暴挙には変わりない。

 どれほどの恐怖だったのだろうか。たった独りで、どれほど心細かったことだろう。

 習慣も価値観も全く違う異国の敵地に幽閉されながら、一国の王女として矜持を保ち続けることは決して容易ではなかっただろう。

 無慈悲で冷たい人間だと(なじ)られても仕方がない。

 恨まれ、蛇蝎の如く嫌悪されても甘受しなければならない。

 それでも。

 クレイ皇子に焚き付けられて後先を考えずにリブシャ国王に親書を送ってしまったが、後悔はしていない。

 あのように焚き付けられなければ私は身じろぎすら出来なかった。

 断られても当然の、エルマ王女への求婚を嘆願した親書。

 リブシャ国王が一瞥すらせずそれを握り潰し退けたとしても、国交には何ら影響は出ない。

 それほどこちらは圧倒的に劣勢なのだ。

 正直、クレイ皇子が何故ここまで肩入れしてくれるのか理解に苦しむところはある。心から欲した女性を手に入れて幸せの絶頂にいるからと言って、他国の王家の婚姻問題にまで口出しするほど彼は愚かな男ではない。

 ましてや手助けしている相手は己の元婚約者を誘拐した、長年に亘る敵国の王子だ。

 だから、ある意味意趣返しのようなものだろうという考えは(よぎ)った。

 それでも私はその提案に乗るしかなかった。

 そうすることでしか、姫に会うきっかけを摑むことが出来ないと分かっていたからだ。

 あとはリブシャ国王の判断と、エルマ王女の気持ちの問題だ。

 もし、私に会っても良いと思っていてくれるのならば。

 目を逸らされることは覚悟の上で、せめて正面から…あの美しい(あお)い瞳を見つめたい。

 薄暗い城内の一室でではなく、眩い太陽の下に輝く、あの見事な金髪の美しさを眺めたい。

 そして出来れば、妹姫のように無邪気な笑顔を私に見せて欲しい。

 それらは全て叶わぬ想い。分かってはいるのだ。

 たとえこれが最後の機会であったとしても、期待してはならないと。


 だからこそ、国王夫妻から晩餐会の招待状を受けた時、(にわか)には信じられなかった。

 名目上はクレイ皇子の婚約祝いとなっている。当然、クレイ皇子の未来の妃殿下も参加することになっていた。

 …これで、アリシアに彼女とエルマ王女との違いが説明出来るようになるな。

 最初に思ったことが、それだった。そしてそのあまりにも情緒のない考えに、嫌気が差した。

 参加者は自分以外は国王夫妻とエルマ王女、クレイ皇子とその婚約者のみ。ごく内輪の私的な晩餐会だ。

 同盟国の集まりという名目にしなかったのは、三国間の力関係を考えなくとも良いという配慮なのか、婚約者殿を王族の場へ慣れさせるための口実なのか。

 それとも今のところは王族ではない参加者が居る場で、政略結婚とも曲解されかねない政治の話題(エリーへの求婚話)を持ち出すな、という牽制なのか。

 どれも可能性があり、また、どれも全く関係が無いようでもあった。

 私の嘆願は、ただ無視されただけなのだろうか。この会食は私の嘆願などとは別にずっと以前から計画されていたもので、平常な交流を進めることによって遠回しに諦めるよう促されているのだろうか。

 悲観的な考えしか浮かんでこないが、しかしこれはまたとない機会だ。

 リブシャ国王には、私を徹底的に無視するという選択肢もある。クレイ皇子の協力を仰げばそれは容易(たやす)い。それをしなかったということは、私に挽回の機会を与えてくれていると解釈して良いだろう。

 単身で()の国に乗り込むことは、どちらにしても針の(むしろ)に臨むことだ。それを甘んじて受け入れる覚悟があることを、ここで示すべきなのだ。いや、その覚悟があるかどうかをこの場で見極めようとしているに違いない。

 生半可な理由で娘を傷付けようとした男を、父親が(ゆる)すはずなどないのだから。

 いずれにしろ、この機会を与えてくれたクレイ皇子に感謝しなくてはならない。


 招待を受けてから一月。

 ステファン王子は従者を一人だけ従えて、リブシャ王城へ向かう馬車に乗っていた。

 国境を越えた辺りから美しい花が咲き乱れる景色が続き、それはそのままリブシャ王城へと繋がっている。

 妹姫がこの眺めを目にしたら、あっという間に魅了されてしまうだろう。

 ステファン王子は妹姫のその姿を想像して、思わず目を細める。

 それほどこの国は美しく、豊かな自然に溢れている。

 この景色には全く及ばないが、聖地を祀るようになってから我が国土も少しずつ緑の美しさを取り戻すようになってきた。

 不思議なものだ。

 初めてこの国を訪れた時は、この美しささえ忌々しく感じた。

 あの時は、己の国の荒廃ぶりを目の前に突き付けられたような気分だった。単なる(ねた)みを(うらみ)に変え、劣等感を隠そうともせずこの国への暴挙に出た時の私は、何と無様だったのだろう。

 これほどの、目の前にある本物の美しさを讃えることすら忘れていたとは。

 ほどなく馬車は王城に到着し、先程まで馭者をしていた従者は馬車の扉を開けて王子を降ろすと、今度は積荷を下ろし始めた。

 リブシャ王城を再訪するに当たって、特産物である最高級の葡萄酒と毛織物を携えて登城することにした。

 あの争いの後、新たな鉱脈が見つかり良質の鉱物が採れるようになったのだが、その使い途の殆どが刃物や武器なので、この国へは持ち込めない。本当ならばクレイ皇子へ感謝の意を表した一振りの剣を渡したかったのだが、周囲から要らぬ誤解を受けるだけだと思い至り諦めた。

 今日の主催者はあくまでも国王夫妻だ。クレイ皇子への個人的な礼は、また別の機会を見て渡せば良い。彼も婚約者の目の前で武器を受け取る事は望まないだろう。だからこの席での婚約祝いは、妹姫が選んだ美しい銀細工の工芸品を渡すことにした。

 謁見の間には国王一人と僅かな臣下しかおらず、先に到着しているはずのクレイ皇子の気配も無かった。挨拶を済ませた後、国王は献上された品の見事さを鷹揚に褒め称えた。

「これは、お気遣い痛み入る。特に毛織物は見事だ。妃も気に入るだろう」

「恐れ入ります」

 献上品が顰蹙を買わなかった事にひとまず安堵し、ステファン王子は礼を執った。

「葡萄酒は本日の晩餐で賞味させていただこう。その前に、茶でも飲もうではないか。今日は屋外の茶会に相応しい良い天気だ。既に東屋(あずまや)に席を設けてクレイ皇子と妃達を先に向かわせている。我々も参ろう。貴殿の供の者は臣下が控室に案内する」

 国王の従者が一人くらいは付くものだと思っていたステファン王子は、二人きりで東屋に向かうことになり驚いていた。

 お互いが丸腰ならば、国王の方が体力的に不利だ。いくら自国の城内とは言え、一国の王たるものが元敵国の王子と二人きりになるなど、ハーヴィス王国の常識では考えられない。

 これが、争いを放棄したリブシャ王国の流儀なのか。

「国王自らのご案内とは恐縮です」

「そこまで畏まらずとも良い。このたびの晩餐はごく内輪のものだ。公式な場ではないので寛がれよ」

「ありがとうございます」

 …そうだとすると今から向かう東屋は、国王一家の私室も同然だということか。

 庭園に繋がる渡り廊下の側では美しい薔薇が咲き乱れ、草木も良く手入れされている。清々しい空気に包まれた庭園は太陽の光が降り注ぎ、自然の豊かさがその場に全て集められたようだった。

 エルマ王女を幽閉した寒々しい部屋とのあまりもの落差に、ステファン王子の肝は冷えた。

 一層緊張した様子のステファン王子にリブシャ王は語り掛ける。

「この薔薇は王妃のお気に入りでな。エリーも大層気に入っているらしい」

「美しいですね。しかし、我が国の土壌で育てることは難しい花です。この国ならではの光景でしょう」

 国王の話を受け、ステファン王子も応じた。その受け答えに、リブシャ王は話を続ける。

「この花が気に入って国外へ持ち出す賓客は後を絶たないのだが、森の女王の庇護下にない国でこの花が次の年も咲き誇ったという話は未だに聞かない。同盟後は貴殿の国も庇護下に入る事になるのだろうが…この花が貴殿の国の土壌でも育つようになれば、この三国同盟が成功した証となるのだろうな」

「…考えた事もありませんでした。自国でこの花は育たないと思い込んでいたものですから。もし花の株を分けて頂けたら、これほどの僥倖はございません。大切に(いつく)しみます」

「……」

「国王陛下?」

 ステファン王子が不思議に思って国王を見ると、リブシャ王は目を見張ったまま硬直していた。

「如何なされましたか? ご気分が…」

「いや、何ともない。東屋はあちらだ」

 そう促された先を見遣ると、薔薇の花に囲まれた一角が目に入った。そこから少し離れた場所に給仕の侍女と衛兵が控えている。

 薔薇の壁の中で数人の人影が動いているのを、ステファン王子は見て取った。

 あの場にエルマ王女がいると思うと、鼓動が速くなる。

 これが、胸が高鳴るという感覚なのか? 息が苦しく、心臓が張り裂けそうだ。

 あれほど遠く感じられた東屋が目前に迫り、やがて中にいる人々の声が聞こえてくるようになると、ステファン王子の思考は完全に停止した。

 円卓を囲むようにして王妃とエルマ王女、クレイ皇子とその婚約者が座している。

 咲き乱れる薔薇に負けないくらいの美姫達が、美しい衣装を纏って楽しそうに語らっていた。国王の姿に気付くと二人とも会話を止め、その後ろに控えているステファン王子に視線を送った。

「皆、待たせたな。ハーヴィス王国のステファン王子が今到着された」

「ハーヴィス王国第一王子のステファンです。このたびの祝宴にご招待頂き、ありがとうございます」

 場数を踏んでいるので一通りの挨拶は出来るが、この後は何を話せば良いのか全く分からなくなっていた。

「お待ちしておりました、ステファン王子」

 エルマ王女と同じ髪の色の王妃が、美しい(すみれ)色の瞳で歓迎の意を表した。

 改めて王妃を見つめ、ステファン王子は驚いた。

 戴冠式の時はすっかり見逃していたが、王妃とエルマ王女の面差しは驚くほど似ている。

 王妃も絶世の美女であったということか。その美しさが膾炙する前に結婚の約束を取り付けてしまったリブシャ国王は、やはり賢明だ。

「どうぞお掛けになって」

 その王妃の左隣の席と、クレイ皇子の右隣の席が空けられていた。国王は客人の風習に合わせる為か、最後に着席するつもりらしい。このような座に招かれた経験が無いステファン王子は、どちらの席に着くべきか迷った。

「ステファン王子、こちらへ」

 クレイ皇子に気安く隣の席を促され、ステファン王子は心の中でほっとする。国王も王妃の隣の席に着いて全ての席が収まると、クレイ皇子が会話を誘導した。

「こちらの女性が、僕の婚約者のサラです。以後お見知り置きを」

「サラと申します」

「ステファンです。今後はクレイ皇子と同じ様にステファンとお呼び下さい、サラ殿」

 クレイ皇子の左隣に座る婚約者を紹介され、王族間の決まり事である呼び名の紹介をすると隣席のリブシャ国王は満足気に頷いた。

「光栄です、ステファン王子」

 簡単な自己紹介が終わると、隣国の国王と同盟国の王子に挟まれているステファン王子の席から見てほぼ向かいに位置するサラとエルマ王女が、仲睦まじく茶菓子を取り分け始める。その姿をステファン王子は夢見心地で眺めていた。

 太陽の光に反射する美しい金髪。菓子を見つめて生き生きと輝く碧い瞳。頬を薔薇色に染めて、時折悪戯好きの子供のような表情をする。

「良い眺めであろう」

 ステファン王子ははっとして国王を見た。

「仰せの通り、素晴らしい庭園ですね」

 当たり障りの無い返事をすると、クレイ皇子が小さく笑う。

「国王。この席は公式の場ではないと、ステファン王子に説明されたのではなかったのですか?」

「したとも」

「ステファン王子も、もう少し寛がれてはどうですか。少しはサラを見習った方がいい」

 無茶を言わないで欲しい、とステファン王子は心の内で独りごちた。

 ここは言わば敵陣での初陣の場なのだ。緊張せずにいられる訳がないだろう。ただでさえ、初対面に近い最高権力者とその夫人が同席しているというのに。その二人が想い人の両親ともなれば尚更だ。

「サラ殿は、エルマ王女と姉妹同然なのだろう?」

「姉妹と言えば、ステファン王子にも妹姫がいらしたな」

 つい愚痴のように出てしまった言葉をクレイ皇子にではなく国王に拾われ、ステファン王子は思わず背筋を正した。

「三人おります。上の二人は昨年嫁ぎましたので、一番年若い妹姫だけが城に残りました。病弱なので、いつかこの国へ静養に来させたいと考えております」

「その時は歓迎しよう。この城に滞在すると良い」

「勿体無いお言葉です」

「…アリシア姫は、お元気ですか?」

 ほっとしたのも束の間、不意にエルマ王女に話しかけられ、ステファン王子の心臓は止まりそうになった。その動揺を気取られぬよう、ステファン王子は再び平静を装う。

「はい。最近は体力もつき、少しずつですが遠出も出来るようになりました。同盟の調印式が終わる頃にはリブシャ王国へ赴けるようになりたいと息巻いております」

「それは良かったですわ。この国のお菓子の話をとても気に入って下さっていたので、今日はサラと一緒に焼き菓子を沢山作りましたの。お土産にお渡ししても宜しいでしょうか?」

「この菓子は…王女達が?」

「全部ではありませんが、殆どがそうです」

 その言葉に、エルマ王女を幽閉していた時の記憶が蘇る。あの時、アリシア姫がエルマ王女の為に菓子を作るようなことを言っていた。妹姫の密かな計画は、結局実行されないままに終わってしまったが。

「お心遣い、感謝いたします。アリシアも喜ぶことでしょう」

 王妃が手ずから淹れたお茶と王女達が作ったという茶菓子が取り分けられた皿が目の前に置かれ、ステファン王子は先に茶を飲んだ国王を見習ってカップを口元に運んだ。

「僕のお勧めは木苺のパイだ。これだけは特別で、サラとエリーの姉であるジェスが作った逸品なんだ」

 クレイ皇子にそう囁かれて、ステファン王子は目の前の皿を見つめる。いくつかの茶菓子と一緒に、大きく切り分けられたパイが載っていた。香ばしく焼き上げられた生地の間には、美しい宝石のような赤い果実がぎっしりと詰まっている。

「それはこの国で一番美味いパイだ。我々も滅多に口に出来ない」

 国王の太鼓判も押され、ステファン王子は言われるままにそのパイを一口食べた。

「…美味い」

 木苺はジャムでしか食べたことがなかったが、あれもそれなりに美味だったのだが、このパイとは比べ物にならない。

「サラもエリーもジェスの直伝で同じパイを焼けるんだ」

「王妃と料理長もだ。だが、この城で木苺のパイを初めて食べる者には、ジェスに焼いてもらったものを出す事にしている」

「今日はステファン王子のお陰でジェスのパイを食べることが出来る。礼を言うよ」

 国王とクレイ皇子に代わる代わる言われている間も、ステファン王子はパイを食べ続ける。

「このパイは外交の素晴らしい切り札ですね」

 パイをすっかり食べ終えると、ステファン王子は感想を述べた。その言葉を聞いた全員が微笑む。

「妹姫にも是非食べさせたい。ここの料理長にお願いする事は出来ますか?」

「貴殿にはエリーが作ったパイを持たそう。妹御も、その方が嬉しかろう」

「…良いのですか?」

「貴殿の妹姫には世話になったと、エリーが申している。余からの感謝の気持ちだ。受け取って欲しい」

「身に余る光栄です」

 優しく頷く王妃と、自分に真っ直ぐ向けられた碧い瞳にステファン王子は不覚にも泣きそうになった。

 自分は何ということをしてしまったのだ。

 いくら今まで交流が無かったとは言え、このような善き人達を相手に戦を仕掛けようとしていたとは。愚か過ぎるにも程がある。

「リブシャ国王陛下。そして妃殿下。ハーヴィス王国の王太子として、この先も永劫に貴国と友好を深めていくことを誓います」

「成程、菓子の効果は絶大だな?」

 悪戯っぽく言う国王に、ステファン王子はぽかんとする。

「国王陛下もお人が悪い。緊張されているステファン王子に、今そのような冗談を言われなくても宜しいでしょう」

「そうですわ、王」

 クレイ皇子と王妃にそれぞれ嗜められて、国王は不貞腐れた。その様子を見てサラとエルマ王女は可笑しさを堪え切れずに吹き出す。

「緊張を解いてやろうと思っただけだ」

「僕にはただの意地悪に見えましたよ」

「このくらい、良いではないか」

「良くないです、お父様。ステファン王子、父が失礼致しました。悪気はないのです。父は貴方のことを為政者としてとても高く評価しています。勿論、身内思いである所も」

 笑い過ぎて溢れた涙を華奢な指で拭いながら晴れやかな笑顔を見せるエルマ王女に、ステファン王子の心は再び射抜かれた。

 面目が立たなくなった王は、咳払いを一つするとステファン王子に謝る。

「済まなかったな。詫びに例の薔薇の株を貴殿の従者に持たせよう」

「例の…とは聞き捨てなりませんね。何の話ですか」

 クレイ皇子が興味津々に尋ねるので、ステファン王子は簡単に説明した。

 東屋に向かう道すがらの薔薇の美しさに感動し、自国で育ててみたいと国王に頼んだと。

「森の女王の庇護下にない我が国では、おそらく無理でしょうが」

「そんなことはないでしょう。貴国とこの国は森続きだ。そう思わないか、サラ」

「ええ。そうね」

 婚約者の言葉に素直に同意するサラの様子を好ましく感じたステファン王子は、急速にクレイ皇子が羨ましくなった。

「ではアリシア姫もこの薔薇を見ることが出来るようになるのですね。素敵だわ」

 サラの返事を聞いて無邪気に喜ぶエルマ王女に、ステファン王子はもう一つの夢想を抱く。

 貴女(あなた)が好きな薔薇が咲き乱れる我が城に、貴女を迎え入れられたらどれほど嬉しいことだろう。

 …いや、それこそ叶わぬ美しい夢だ。

「エルマ王女。もし妹姫が貴女をお招きするような事があれば、応じていただけますか?」

「勿論です。この城の薔薇がハーヴィス王城で友好の印として咲いているところを見たいですわ」

「お見せすることを約束しましょう」

「僕もサラもそれを見てみたいと思うよ。調印式の頃には見られるのかな」

 にこやかに、しかし抜け目なく期限を設けるクレイ皇子をステファン王子は軽く睨む。

「それはある意味、貴殿の双肩に掛かっているのだが」

「こちらはサラとの結婚式を控えているからね。心配されるまでもないよ」

「こちらも調印式を早めて貰っても一向に構わないが」

 すっかりいつもの調子を取り戻したステファン王子を見て、クレイ皇子は安心した。

 緊張と警戒心が解けたステファン王子は、今夜の晩餐会でも如才なく振る舞えそうだ。

 そして今度はそっとリブシャ国王夫妻を見る。国王夫妻もステファン王子の人柄に好感を抱いて…いや、ステファン王子に好感を抱いたのは妃殿下だけのようだ。

 見目麗しい好青年が娘に好意を抱いていることを(いと)う母親はそうそういないだろう。それに引き換え、リブシャ王のあの眉間の皺。

 エリーには何も知らせていないにも拘らず、既にステファン王子に娘を()られてしまったかのような(かお)をしている。僕が婚約者として初めて挨拶に行った時ですら、あのような表情は見せなかったのだが。

 父親の直観、だろうか。

 一体、謁見の間からこの東屋に来るまでの短い間に、あの王子は国王に何を言ったのだろう。

薔薇の棘のような国王の牽制を予想外の天然さで跳ね返し、うっかり誠実さまでアピールしてしまったステファン王子のお話でした。

もし王妃様がその場にいたら、さぞかし大笑いされたことでしょう。

ここでもシスコン大爆発です。

クレイ皇子の肝入りなので、サラも手伝わざるを得ないでしょうね。

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