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虚構と現実  作者: 東堂 アカリ
7/8

雉谷家の場合

「雉谷君、そろそろ時間だから上がってね。」

コウジがタバコの補充をしていると、店長が声を掛けてくれた。

 コウジが4年前からアルバイトしているコンビニの店長は優しい人で、仕事をしながら副業で働きたいと言ったら、なるべく負担のないようにシフトを組んでくれたりと気にかけてくれている。

アルバイトしているのは学生が多いこともあり、賞味期限の近くなった弁当やパンも気前良く分けてくれて、金欠の身としては大変助かっている。

店長も、学生がテスト間近にシフトに入れなくなるのでコウジの存在をありがたいと言ってくれているし、何よりもベーシックインカムが始まってから小売業の人で不足は深刻なので、とても大切にしてもらっている。

 コウジは社会人5年目だ。会社の給料はそこまで高くはないが、副業をしなくても十分食べていける。だが、コウジは奨学金の返済を早く終わらせたいのと、女手一つで育ててくれた母に少しでも楽をさせてあげたくて、手の空いた時間は働いている。

もともと学生時代から家庭教師のアルバイトをしたり、勉強の時間以外は働いていたこともあり、働くことは苦ではない。コンビニでのアルバイトも慣れてきたのと、人手が足りないのでセルフレジが導入され、以前に比べてだいぶ楽になった。

 会社でも、ベーシックインカムが始まってから辞めていく人も何人かいて、給料も以前より上がってきた。この分だと、奨学金も思ったよりも早く返せそうだ。


 奨学金を返しながら働き、ふと「自分は何のために生きているんだろう?」と考えてしまうこともあった。女手一つで育ててくれた母には悪いが、やはりコネのある友人たちは就職も自分よりも有利だったし、親に経済力があれば好きな勉強をして好きな道に進めているのが羨ましくて仕方なかった。

 しかし、ベーシックインカムが始まって奨学金の返済のめどが立つと、「今度は将来のために何ができるのだろう」と不思議と思えてきた。

 今までのことは悔しい思いもしたが、これからのことを考えるとわくわくしてくる。

「そうだ、小さなころから外国に行って、いろいろなものを見てみたいと思っていたんだ」

「もっといろいろな言葉を覚えて、現地の人と話してみたいとおもっていたな」

コウジは、小さなころに漠然と思っていたことを思い出し、今だったらその夢を叶えられるかもしれない、と思った。






―3年後―


 コウジは駅前でタブレットを見ながら待ち合わせをしていた。

天気予報で夜から雪が降るかもしれないといっていたとおり、空気が刺すように冷たい。

 「あれ、雉谷?久しぶりだね。」

その声に顔を上げると、学生時代の友人、鳩山がいた。

 鳩山は父親が大企業の役員だったこともあり、小さなころから教育にかける金は糸目をつけずに払ってもらっていたらしいし、就職もスムーズに決まった、コウジにとっては「選ばれた人間」だった。

コウジがアルバイトに明け暮れている間にも、鳩山は学生にもかかわらず有名なレストランにいつも違う女の子を連れて行って、かなり派手な生活をしていたと友人が羨ましそうに言っていた。

 コウジは学生時代に鳩山と話したことはあまりなかったので、卒業して何年もたつのに声を掛けられてひどく驚いた。

「元気そうだね。今は何をしているの?」

「久しぶり。今は海外の会社と提携して商品を作っているんだ。」

「そう、楽しそうだね…学生時代よりも生き生きしているよ。」

「鳩山君は…」

「僕?今は営業をしているよ。人手が減ってしまって、雑用までやらなくてはいけなくなってしまってね。…今日もこれから会社だよ。」

また飲みに行こうな、という社交辞令のような言葉を残して鳩山は去っていった。その後ろ姿が何だか寂しくて、コウジはしばらく鳩山の後姿を見つめていた。


 「コウジくん?」

はっとすると、そこには耳を少し赤くした彼女のリミがいた。

「ごめんね、遅くなって。…どうかしたの?」

「いや、実は…」

コウジは歩きながら、学生時代に輝いていて別世界にいたような同級生のことを話した。

リミは少し考えた後、もしかして…と鳩谷の勤めている会社のことを話し始めた。

 コウジは知らなかったが、リミの働いている会社は鳩山の会社と取引があり、かなり深いところまで事情を知っていた。

「あそこは何年か前から業績が悪いの。下請けには厳しくて商品を買い叩くのに、自分たちの利益はしっかりとるから、下請けの会社がどんどん離れてしまってね。人も多くリストラしたみたいだし、つぶれるのは時間の問題ねって皆が言ってるわ。」

働いている人も偉そうだし遊ぶのも派手だから好きになれないわ、とリミが呟いた。


 コウジは冷たくなったリミの手をしっかりと握りなおすと、予約しているレストランに急いだ。

金曜日の夜ということもあり、席はそこそこ埋まっている。

数年前は、余裕がなくて自分に結婚は無理だろうと思っていた。でも、いつからか自分がやりたいと思っていたことが出来るようになり、かけがえのない大切な人もできた。

 鳩山のような男からしたら、女優やモデルのような女性と高級レストランに行くのが楽しいのかもしれないが、コウジは心から愛しいと思えるリミと高級レストランでなくても食事ができるのが幸せでたまらない。

奨学金を返し終えると、母親から「私のことはいいから、これからは自分の幸せのことを考えてほしい」と言われ、アルバイトも辞めた。


 「わぁ…おいしそう」

と喜ぶリミを見て、コウジは「いつ指輪を渡そうか」と考えながら、ワインを乾杯した。






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