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虚構と現実  作者: 東堂 アカリ
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猫川家の場合 ーside チエコ ー 前編

ベーシックインカムとは、政府が国民に対して最低限の生活ができるように必要とされる現金を定期的に支給することです。

(この話では、冒頭にもあったように国民一人当たり、1か月20万円が支給されることです)

べーシックインカムだけでも生活できるので、すべての人が仕事をしているわけではありません。

「…ということがあってね、少し驚いてしまったのよ。」

チエコが歩いていると知り合いのキクとばったりと会い、そのまま立ち話をしていた時に、キクが先日百貨店であったことを話し始めた。

「あら、仕方ないかもしれませんね。だって、ベーシックインカムが始まってから百貨店でも従業員の方がどんどん退職されているようですから。」

「そうなの…?サロンに誰もいなくなるくらい人が足りないのかしら。」

「そうかもしれませんね。私のところにも来るときは必ず連絡するように言われたもの。知り合いの方は、担当の方が退職されて次の方も紹介されないとショックを受けていたわ。」

「まぁ…。」

「今まではお店に人が少なかったからいろいろと気遣いをしてくださっていたけれど、これからは難しそうねって、その方ともお話ししていたばかりなのよ。」

「そんな…私の両親もずっとイツコシさんを使っていたのよ。それが、最近はこんなに変わってしまって…私、前の方がよかったわ。前だったら人が少ないからゆっくり見れたし、お店の方にいろいろとおすすめされるのも楽しかったもの。ふらっとサロンに立ち寄っても、担当の方やお友達に会えたし…。この間も、紅茶を買うのにずいぶん時間がかかって疲れてしまったわ。洋服を見ようと思っても、どこも混んでいてゆっくりできないから、何も買えなかったわ。」

「まぁ…。」

いつも知っているキクの様子と違って弱気な様子にチエコは驚き、困ったように微笑んだ。

 チエコは「よろしければ私の家でお話ししましょう」と誘うキクに「用事がありますので、また誘ってくださいね」と言うと軽い足取りで行ってしまった。



 百貨店のエレベーターを降りると、チエコは『お得意様サロン』のドアを開いた。

「虎尾さま、お待ちしておりました。」

そう言って従業員が頭を深々と下げる。

「あら、馬飼さん。お久しぶりね。」

入り口にいたのは、担当者の馬飼だった。「こちらへどうぞ」と案内されたソファに座ると、すぐにコーヒーが運ばれてきた。

サロンに人は少ないが、まったくいないということはない。キクは「人がいない、サービスが悪い」と言っていたが、チエコはそのようには思えなかった。

「突然ですけれど、私たち、娘夫婦の近くに引っ越すことになりましたの。」

「そうでございますか、寂しくなります。」

「イバラキですから、用事のある時はこちらに伺うつもりですけどね。やはり買い物はイツコシさんが安心ですから。」

「ありがとうございます。イバラキでしたら場所によっては電車で一本ですから、便利でしょうね。」

「そうなのよ。娘たちもそう言ってくれたから、今までできなかった土いじりをするつもりよ。」

 チエコは馬飼に引っ越しの挨拶の品物を相談したあと、気になっていたことを聞いてみた。

「こちらのお店も少し働く人が減ったと伺っているけれど、馬飼さんにはこれからも会えるかしら?」

「はい、わたしはこれからもこちらで働くつもりです。ただ、これからは週休3日になりますので事前にご連絡いただければ嬉しいです。」

「まぁ、それなら心強いわ。」

チエコはにっこり微笑んだ。

馬飼は「実はもうすぐ子供が産まれるので、その時は少し長くお休みをいただきます」と嬉しそうに言った。

 チエコは、馬飼が入社して間もないのにお得意様サロンに配属されたことを知っている。馬飼の優秀さを見込まれての抜擢だったのだろうが、年配の顧客の多い仕事はどれほど大変だっただろうと思う。チエコも夫も、馬飼のことは実の息子のように見守ってきていたこともあり、嬉しい報告に胸がいっぱいになった。

 「お子さんが大きくなって、運動会などの行事の時は、私たちのことは気にせず行ってくださいね。買い物は一人でもできますから。」

チエコがそう言うと、馬飼は「ありがとうございます」と深々と頭を下げた後に「この話はどうか内密にお願いいたします」と小さな声で話し始めた。



イツコシ百貨店も、ベーシックインカムが始まって今までのやり方を変えていくつもりだということ。そのため、お得意様へのサービスから、すべてのお客様対象のサービスへ統一していく予定のため、サロンの利用の規定も変わるだろうということを馬飼は話した。

「お恥ずかしい話ですが、既にお得意様サロンの担当者も何人か退職しております。寅尾さまのように、必要な時にお越しいただくのは大丈夫なのですが、ただ話し相手になって欲しい方もいらっしゃいますので…そのような方ばかりですと、他のお客様をお待たせしてしまうことになりますので、決まりを変えるしかないのです。」

馬飼は申し訳なさそうにチエコに話した。

「そうねぇ…でも、お店に人がたくさんいらっしゃるのは良いことだわ。先ほども、若い女性が並んでいるから何かしらと思って覗いてみたら、綺麗な缶に入ったクッキー売っていて、後で頂こうと思っていたのよ。」

「カメリアのクッキーでしょうか。そちらは最近オープンした人気店でございます。寅尾さまのように、変化も楽しんでいただける方ばかりなら嬉しいのですが…。」

馬飼の言葉に、チエコは何も答えることができなかった。




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