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また、傾ける  作者: 山手 聡
2/2

自己満足

まるで居合わせたかのように、自然に隣の席に座ってきた女の子。


薄暗い場内で横目に見た彼女の姿はこちらの淡い期待をよそに落語に釘付けになっている様子だった。


気がつけば、彼女の横顔から見える些細な感情の動きを目で追っていたようだ。


彼女の前では好きだと公言していた落語研究(見るだけ)など小さな存在に見え、唐突に恥ずかしく感じた。


「何が趣味作りだ」小さくつぶやいた。


結局普通の高校生と違うことをしている自分たちに酔っていただけではなかったのか…

自己満足。圧倒的な自己嫌悪。


純粋に楽しんでいる彼女の姿を観て自分自身にそうした下心があったことに気づかされ失望を感じた。


ホールを睡眠の場所としているトモの様子を見て僕たちの浅さや、本気で取り組んでいると思っていたことが否定されている気分になった。


下らない自己嫌悪に陥っているうちに、二本目の題目が終了した。


場内が明るくなり、その場に留まる客やお腹一杯といった感じで、席を立つ者がいた。


その後の落語を観る気分でもなかった僕はトモを起こし退散しようと思っていたが、ふと視界に彼女の姿が映った。


彼女は席を離れず続けて観るようだ。

明るくなった場内で見た彼女はとても可愛らしく凛としていた。思わず抱きしめたくなるような…


「好きだ」ふと、声が漏れていた。


慌てて彼女を観ると気がついていないようで安堵した。


トモも安定して寝続けている。彼に聞かれていたと思うとゾッとする。


なんせ自称恋愛マスターだと公言している彼は、彼女のいない僕におせっかいをし、僕がかわいいと言っていた女の子と無理やりくっつけようとしてきたからだ。


奥手な僕にとってはありがたくもあるが、自分のペースで物事を進めたいという気質がある分、迷惑に感じてしまう。


トモからすれば「逃げているだけだ」とか言われるだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。


決まり文句のように「やるときはやるさ」


と、トモに対してなのか、自分に言い聞かせているのか

自分に対しても曖昧な具合で返答している。


「やるときはやるさ」そんな言葉が頭の中で反芻している。


もしかして、その、やるときとは今なのではないか…


奥手な自分が制御をかけているようだが、彼女の前ではそんな自分も通用しなくなっていた。


はじめての経験でどう声をかけたら良いのかわからなかったが、勇気を出して声をかけてみた。


「お一人ですか」

声がうわずっていただろうが、自分でもこれ以上はないといったシンプルな当たり障りのない質問だったと思う。


こんな美人が一人で寄席を観に来るはずがない(偏見)と思っていた僕は男の気配の確認も兼ねて質問をしてみた。


しかし数秒待ったが、彼女からの返答はなかった。


むしろこちらを見ず、気づいていないといった様子だった。


これはいわゆる、無視というやつか…


彼女ほどの美人はナンパ慣れしているのであろう。

一番効果的な断り方が無視なのだと…


そして、それが不覚にも効いている…

穴があったら入りたいとはよく言ったものだ。


しかし、当然穴はなく小さくまとまるしか無かった僕だが、初めてにしては、良くやったと自分で自分を称賛していた。


トモは起きていないし、ノーリスクで回避出来た訳だ。

と、安心していたが自分の中で沸沸と燃えるものがあった。


「これで良かったのだろうか…」

このままでは自分を変えられないように感じた。

いつものように自己満足で終わってしまうのが、たまらなく嫌だった。


そこで僕は吹っ切れたようにまた同じ質問をしてみた。


「お一人ですか」

今回は少しだが、自信があった。自慢の低音(自称)を使いダンディな口調で言ってみた。


何らかの反応があるかと期待していたが、無反応という反応が返ってきた。


そこで僕はあることを察した。聴こえていないのだと。


こんな同じことをオウムのように繰り返す変な男の隣に居続けているのが証拠だ。


空いている席ならば、まばらにあり、嫌悪感を抱いているのなら、この席に座り続ける理由などないはずだ。


彼女はなにやら必死にメモを取っているようだった。


夢中になって声が届かないということは良くあるはずだ。


と自分自身を納得させるための邪な推理を展開した僕は

呼びかけとともに、彼女の目線をこちらに向ける努力をした。


彼女の肩に優しく手を置き、あの言葉をもう一度。


「お一人ですか」


このペースであげて行こうと思っております

お楽しみにー

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