魔術師の花
※訂正箇所などは後書きに
彼の白いシャツをそっとめくる。
そして露わになる陶器のようになめらかで白い肌に刻まれた、見るも痛々しい赤い傷跡に小さく息を吐く。
むき出しのままのその刀傷は未だ塞がれる目処も立たない。
「ごめん」
彼のその左胸に咲く、自分がつけた生々しい痕を指でそっと撫でる。
赤黒い渓谷の奥で絶えず動く心臓の音に耳を傾け、すがるように身体を預けた。
「ごめん」
傷口から血が流れることはない。
けれど命を繋ぐと引き替えに、彼はその身に呪いを受けた。
――私を裏切るな、私を独りにしないでくれ、と。
かつて願った私の言葉は呪いとなり、私の思い一つでその命を摘む鍵となる。
この5年間、何度も懺悔の言葉を吐いたが、彼の呪いを解く術は見つからない。
自分が不甲斐なくて、涙混じりにまた「ごめん」と繰り返すと、
彼は赦しを与える代わりに私の頭を撫でるのだ。
ごめん、私の愛しい人。
絶対に呪いを解く方法を見つけ出すから、
だから、
今は、今だけは傍にいて。
どくどくと、彼の命の音がする。
***
主人は、純粋無垢な魔術師だった。
だからこそ、私の中の後悔と懺悔の念は絶えない。
主人がかつていた“家”は、魔術師として名声を博する裏で、人体実験を行っていた。
人としての尊厳を与えられないまま、光の刺さない部屋に閉じ込められ、あなたは呪いに似た魔術を何日も施された。
人の精神はどこまで魔術に耐えられるのか、魔術の力を高めるに最適な方法は何か。精神が崩壊する事を目的としたそれに、あなたはひたすら耐えていた。
それは、私が受けた何倍も重いもの。
ふとした拍子で壊れそうなあなたは、いつもぼろぼろの笑みを浮かべていた。
そして外から“家”に送り込まれた私は、命令だからとそれを知っていながら放置した。
計画の日まで、ただ、あなたの無事を祈って抱きしめることしかしなかった。
「これは自分の罪、あなたが後悔するべきものではないのです」
そう何度説得を試みても、あなたが首を縦に振ることはない。
計画が実行されるその日、私達はあなたを利用した。
実験の事実を公に示す為に、閉じ込められていたあなたへ事実を伝え、復讐心を掻き立て、公然の場に姿を晒し、“家”の主に剣を向けるように仕向けたのだ。
私が刺されるのは計画されていなかったが、そんなのは些細な事。
計画は無事完遂された。
私は、あなたが殺人鬼になることを恐れたに過ぎない。
今までの行いを振り返れば、単なる私のエゴだと分かるでしょう。
しかし一連の事実を伝えようとしても、今度は自分の保身が邪魔をする。
私は今、この状況を嬉しく思ってしまっているのです。
だから、
ごめんなさい。
主人の頭を撫でながら、声にならない言葉を今日も紡ぐ。
ごめんなさい。
愛しい人。
罪の意識であなたをこの場に縛り付けているのは、
他ならぬ、私なのです。
お読みくださりありがとうございます!!
※一部、本分修正
自分がつけたその生々しい左胸に咲いた痕を→その左胸に咲く、自分がつけた生々しい痕を
ご指摘ありがとうございます!(2019/10/2)
ブクマ、評価ありがとうございます!