8 うさぎさんとのやくそく
『アリスは外の世界へ行きたいようです』1話での、IFルートでもあります。アリスが独り立ちした世界と、あーくんのお話
「ここは……?」
お星さまに連れられてあーくんが目覚めた場所は、お茶会の世界でした。
原っぱの上には白いテーブルと椅子が置かれていて、いくつか本棚が並べられています。
「わぁ……」
あーくんが天をあおぐと、そこには果てのない青空が広がっていました。
「お客さんが来るのも久しぶりだなぁ」
「うわぁっ!?」
突然の声に、あーくんは驚きました。人の気配が全くなかったのです。
声の主は白い髪の毛で左目を隠していて、赤い目をしていました。
紺色のズボンと裾の長い制服に片眼鏡。まるでアリスの世界に出てくる白ウサギのようです。
「あはは、驚かせてごめんね。ボクは『白ウサギ』。この世界の住人さ」
白ウサギと名乗った男の人は、「お茶でも飲みながら話そうか」と言い、あーくんを白い椅子に座らせます。
白ウサギは鼻唄混じりで手際よく紅茶を注ぎ、あーくんの近くにティーカップを置きました。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
あーくんは恐る恐る紅茶を一口飲みました。たっぷり砂糖を入れた紅茶は暖かく、なんだか不思議な気分になります。
「美味しいかい?」
「おいしいけど、ちょっとふしぎ……」
「あははっ、面白いね。まぁ、最初はそんなものか……」
白ウサギが悲しい顔をしていたのを、あーくんは見逃しませんでした。
心配になったあーくんは、白ウサギに話しかけます。
「なんで『うさぎさん』は、かなしい顔をしているの?」
それを聞いた白ウサギは、目を見開いたまま固まりました。
「……だいじょうぶ?」
「う、うん。大丈夫! ボクは平気だよ!」
「ボクは、へいき……」
最初は笑顔だった白ウサギですが、みるみるうちに涙があふれ、ついには泣いてしまいます。
「うっ、アリスぅ……。帰ってきてよ……。なんで、ボクを置いていったんだよ……」
「うさぎさん……」
白ウサギは深いため息を吐くと、少しずつ話し始めました。
「……ウサギはね、寂しいと死んじゃうんだ」
「……え?」
「昔、アリスっていう女の子に言われたんだ。『私はあんたのもとを離れて外の世界へ行く。白ウサギは、一人で寂しくなって死んでしまえばいい』って……」
「そんな、そんなのひどいよ!」
あーくんは勢い余って白いテーブルを叩きます。紅茶を入れたティーカップは少しだけ揺れました。
「心配してくれてありがとう。でも、ボクはそれでも良いと思ってるんだ」
「なんで……?」
「あの子は独り立ちして、自分で大人になる道を選んだ。結果はどうであれ、彼女が幸せになればボクはそれでいい」
「大人……」
あーくんはこぐまさんと喧嘩して、大人になりたくないと言ったことを思い出しました。
「あーくんは、大人になんかなりたくない」
「なんでそう思うんだい?」
「大人になったら、こぐまさんやくらげさんのことなんて、忘れちゃうんだ」
白ウサギは一瞬ためらいましたが、あーくんに優しく声をかけます。
「ボクは、そうはならないと思う」
「どうして?」
「うーん、そうだなぁ……」
あーくんの問いに白ウサギは微笑みました。
あの時の意地悪な兄と同じように、人差し指を立てて。
「それは案外、君の近くにあるかもしれないよ」
「うさぎさんのいじわる」
あーくんは頬を膨らまし、ふいっとそっぽを向きます。
「あははっ、ごめんって。それなら交換をしよう」
「こうかん?」
「そうさ。君が大人になっても、大切な人を忘れない物を見つける代わりに、ボクはこの懐中時計をあげる約束」
あーくんに手渡されたのは、細い鎖がついた金色の懐中時計でした。洋風で、時計の数字はローマ数字です。
「本当に、もらってもいいの?」
「あぁ。ボクの大切な人から貰ったんだ。大事にしてよね」
あーくんは白ウサギから貰った懐中時計を握りしめて、覚悟を決めた顔をしました。
「わかった。約束する」
すると、あーくんの周りにはお星さまが集まってきました。どうやら、お別れの時間が来たみたいです。
「お星さまが!」
「……もうそんな時間か。早いなぁ」
「うさぎさん」
悲しげな顔をする白ウサギに、あーくんは口を開きます。
「うさぎさんは、ひとりぼっちなんかじゃないよ」
昔のあの子に言われたことを思い出して、白ウサギの右目から涙が流れます。
「……ありがとう」
泣いているけど笑っている白ウサギは、あーくんにとても勇気づけられました。
『あーくんがいるから大丈夫、寂しくなんかない』。そんな意味があるみたいに。
あーくんはお星さまの光に包まれて、またどこかへと消えていきました。