3 えがおとしあわせ
「……」
「……」
あーくんとこぐまさんの間に、何とも言えない空気が流れます。
突然ぬいぐるみが人間になれば、誰だって驚くでしょう。あーくんもその一人です。
「あ、あの」
口を開いたのはあーくんでした。緊張と好奇心が混ざって、なんだかむずがゆい気持ちになります。
「な、なんでしょう?」
どちらもしり込みしているので、遠慮しているように見えます。こぐまさんに至っては敬語を使う始末です。
「本当に、あーくんのこぐまさんなの?」
「あ、あぁ」
こぐまさんはあーくんの質問に答えつつも、しきりに周りを見たり服や髪の毛をべたべた触ったりしていました。
こぐまさんも、まだこの状況を受け入れきれていないようです。
「あーくんのこぐまさんなら、あーくんの色んなこと分かる?」
こぐまさんはあーくんのその言葉を聞いて、ぴたりと止まって髪の毛を触るのをやめました。
「おうよ。オレは旦那のことなら何だって分かるぜ」
ひきつっていない、ちょっびり怪しい笑顔を浮かべました。こぐまさんの歯は尖っていて、ナイフのように白い歯を覗かせます。
「本当!? すごい! えっと、えーっとね……」
「あーくんがこぐまさんと出会った日!」
「五年前のクリスマス。確か、旦那が四歳の時だな。あの時はオレの目も両方、黒色だった」
こぐまさんの話を聞いて、あーくんは悲しい気持ちになりました。
あーくんがこぐまさんをもらったクリスマス。
あーくんは嬉しすぎてこぐまさんを振り回し、こぐまさんの右目をテーブルの角に引っかけてしまいます。
その日から、こぐまさんの右目はボタンになりました。あーくんのお母さんが、こぐまさんの目を手術してくれたのです。
「悲しむ必要はないぜ、旦那。これは男の勲章だからな」
「だから、しょぼくれんなよ。笑え! 笑ったらいいことが起こる」
そう言って、こぐまさんはあーくんの頬辺りを引っ張って笑顔を作りました。
「にひひ」
「にしし」
それがおかしくて、二人の間に笑いがあふれます。最初の頃とは大違いです。
「そうだよね。こぐまさんは、どんなことでも笑いで吹き飛ばしてくれたの、あーくんおぼえてるよ」
「だろ? 笑顔は幸せを運ぶんだぜ」
「しあわせ……」
あーくんの心が、じんわりと温かくなるのを感じます。
「あーくん、こぐまさんといてしあわせだよ、こぐまさんのこと、大好き!」
「ちょっ!? 旦那、人間のオレに抱きつくなよ!?」
あーくんは気持ちを抑えきれずに、こぐまさんを抱きしめました。こぐまさんは嫌そうに見えますが、満更でもないようです。
「にしし、やめない! ずっとぎゅってしてるの!」
「おい旦那、マジでやめろって!?」
和やかな喧騒が、あーくんの部屋を包みます。
お月さまも、二人のほほえましい光景を温かく見守っているようにも見えました。