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ラヴソング  作者: 秋空遙
1/9

プロローグ

カツ――カツ――


 靴の音が病院の廊下に不気味に響く。

 昼間だというのに病室の中はどこか薄暗い。

 廊下の先に見える非常口の緑色のランプが妙に不気味だ。

 僕は突き当りにぶつかる手前で足を止めて、ゆっくりと右側の病室に体を向ける。

 入院者の名前を確認。


「楓佳夜」(かえでかよ)


 確かに、目的のその人だ。

 僕はゆっくりと病室の取っ手に手をかけ、ノックもせずにそれをスライドさせる。

 途端、花のような香しくどこか甘い香りを感じた。

 狭い病室の個室のベッドに、上半身だけを起こして窓から景色を見ている少女。髪は透きとおるような黒。黒なのに透きとおるという表現はおかしいかもしれないが、だがその黒は本当に透きとおりそうなほど美しく、そして川のように真っ直ぐに流れ落ちている。

 彼女は突然の来訪者にも気付かずに、窓の外を眺めている。


「こんにちは」


 僕はなるべく彼女を驚かせないようにゆっくりとそう囁くように言った。彼女は少しも驚きもせずに、ゆっくりとこちらを振り返る。

 その瞳は髪にも負けないほど透きとおるような黒、肌は透き通るような白に微かに桃色がかる頬。嫉妬するほどに美しい、素直に思ってしまった。


「久しぶりだね、佳夜」


 僕は病室の入り口に突っ立って、そうほほ笑んだ。

 すると彼女は少しだけ申し訳なさそうな顔をして。


「すいません、どちらさまでしょうか?」


 そうポツリと呟いた。

 わかっていたことだから、特に驚くことはない。

 僕は微笑みを崩さずに


「恋人の、蒼也あおやだよ」


 そう続けた。

 彼女の顔はより一層悲しみに染まった。深く、広い悲しみがその美しい顔を所狭しと埋め尽くす。俯いたまま、彼女は床に向かって話しかける。


「えっと・・・・・・すいません、私記憶が」


「うん、知ってる。医者から聞いた」


 僕は彼女の返事を予測していたから、半ば遮るように口を開いた。

 彼女は驚いて顔を上げる。大きく深く黒い瞳が、この時僕の目と初めて合う。


「だから僕は、君に記憶を取り戻してもらうためにここに来たんだ」


 その深い瞳に言葉を投げ込むように、または突き刺すように僕は言い放つ。

 一切のためらいも不安も何もない。

 あるのは揺るぎない覚悟だけ。

 それだけだ




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