八 名前 その二
「ほう、名を付けよったか」
木霊がおかしそうに笑う
「いやはや、たいした覚悟じゃ。よほどこの娘を好いたのかの」
「だから……って、名前を付けると何かまずいことでもあるんですか?」
「いやいや、たいしたことではない。猫又をあやかしという存在として見ず、人と
同等に扱う覚悟に感心しただけじゃ」
どういう意味であろう。
「じゃあ、木霊さんの名前は何というんですか?」
「儂は木霊じゃ。木霊は木霊でしかない。人が儂をそう認識しておるからな。
だから儂は人が思うとおり、木霊として存在しておるだけじゃ」
「?」
「そうじゃな、たとえば『のっぺらぼう』という妖怪がおろう。あやつは出会う
人間に、目も鼻もない顔を見せて驚かせる。ただそれだけじゃ。それ以外のことは
なんにもせん。それ以上の悪さをすることもなければ、善行をすることもない。
人がそのように望み、そうであるように作りあげたからな。だから、のっぺらぼう
がのっぺらぼうであるうちは、それ以上でもそれ以下でもないんじゃよ」
葉介の中に嫌な予感が走った。
「つまり、のっぺらぼうに違う役割を与えたら、人に悪さをするようになるかもし
れないと……?」
「うむ、察しがいいの」
「で、では、猫又に名前を与えてしまった以上、何か悪いことを起こすと……」
「いやいや、早合点するでない。こやつに人間に対する恨みの感情はないし、この
自由奔放ぶりじゃ。およそあるがままの猫又になったとは思わん」
それに……と木霊は面白そうに言った。
「名付け親とも言うであろう?こやつはお前さんの娘、嫁でもかまわんがな……、
になったようなもんじゃ」
「なんにゃ?葉介はあたしとつがいになるにゃ?」
「いやいやいやいやいやいや、なりませんよ!」
「なんにゃ、あたしは別にいいけどにゃー」
「え!?。それはつまり……」
りんを見たまま固まる葉介。まさか、この子は自分に一目惚れを……。
「葉介は飯をくれるから、つがいになってもいいにゃ。おばばでもよかったけど、
飯をくれなくなったからにゃー」
「………」
一気に興奮が冷めた。
まあ年齢を考えれば、あまり理解はしていないのだろう。
まだ幼さの残る娘に、そのようなことを考えたわけでは決して無い……。はずで
ある。
だが、この娘の美しさは葉介を惑わせるのに十分な力を持っている。
「なんじゃ。あの雛という娘のことはええのか?」
「いや!だから雛さんは関係ありませんよ。そりゃぁ、気立てもいいし、可愛らし
い娘さんですが……。と、とにかく私は雛さんとはなんでもありませんよ!」
「そんなことは、お前さんを見てきた儂がようわかっとるわい」
まったく、据え膳食わぬは何とやらとは……。
木霊はぶつぶつと何かをつぶやいているが、よく聞き取れない。
雛は魚屋の娘であり、葉介より四つほど年下である。
その名のように小柄で美しい容姿に加え、気立てもよく、時おり一人身の葉介の
ために、家事の手伝いや食事のおすそ分けに来てくれていた。
近所でも評判の娘であったが、魚屋の娘ということは、兄がアレである。
しかも兄は妹を溺愛しており、口説こうとして半殺しの目にあった者が何人も
いる。
葉介も、かいがいしく自分の世話をしてくれる雛に、もしかしたら自分に気が
あるのでは?などと都合のいい解釈をすることはある。
しかし女性に対する免疫の無さと、何かあったら熊吉に半殺しにされることは目
に見えているので、口説こうという勇気はない。
ただ、熊吉の両親に一つ感謝していることは、この一家は良くも悪くも、『名は
体を表す』とういう言葉を実践していることだろうか。
雛はその名のとおり、小鳥の雛のように小柄で愛らしい。
だが、もし彼女の名が、雛ではなく『虎』であったりしたらどんなことになって
いたか、想像するだけで恐ろしい。
ちなみに彼女の祖父は『猪』、父は『鷲』が名に含まれており、その名のとおり
の性格であった。
「なんにゃ。もう葉介にはつがいがいるにゃ?」
木霊が自分をからかって楽しんでいるのがわかってきたし、りんを相手にするの
も疲れてきた葉介は、今やらねばならぬことを優先することにした。
「とりあえず、今後どうするかの話をしましょう」




