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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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六 木霊

「さて、そろそろなんとかしてやらんと、猫又の娘がぶっ倒れるぞい」


 老人の言葉に振り返ると、顔を真っ赤にして汗をしたたらせた猫又が、風呂で

のぼせたようになっていた。


 おそらくこの暑さの中で慣れぬ着物を着せらせ、それを脱ごうと奮闘したせいで

あろう。


 なおももがこうとする猫又に、 

 

「わー!待て待て。わかった。着物はとりあえず考えるから、だから暴れるんじゃ

ない!」


 仕方なしに着物を脱がせ、たらいに水を張り行水をさせる。葉介は、決してやま

しい気持ちではない!これは人助け……、いや、妖怪助けか?などと心の中でひた

すらに念じつつ、少女の体から必死に目を背けながら水浴びをさせ、濡れた体を

拭いてやった。


 水を飲み、体を冷やして元気になった娘は、素っ裸のままうろつきまわると、

 

「腹減ったにゃ。おばばから飯をもらえなくなったから、もう何日も食ってない

にゃ」


 とにかく何か着させないわけにはいかない。着たら飯を食わせると娘を説得し、

何とか葉介の持ち物で、一番薄い襦袢を着せることには成功した。


 いや、成功したのだが……。


 なにせもともと白く薄い襦袢のうえ、父のお下がりである。何度も洗っている

うちに薄くなり、肌が透けて見えるような物だ。

 なによりまずいのが、尻尾のせいで捲くれ上がったところから、小さな尻が

丸見えになっている。


 葉介が視線を泳がせていると、庭先から中を見ていた木霊が、


「なんじゃ、さっきから見とればお前さん、こういう子供のようなのが好みなの

か?」

「ち、ち、違います!ただ私は、女性の肌を見るのはよろしくないと思い……」

「ふむ。しかし時おり、ここへお前さんの面倒を見に通ってくる、なんといったか

の……?ああ、”(ひな)”とかいう娘もこのくらいの年頃ではないのか?」

「ちょ、なんでそんなこと知ってるんですか!?」

「だから言うとるじゃろ。儂はずっとここでお前さんを見てきたと」


 確かに、ここまできて信じないわけにはいかないだろう。葉介は、猫又が冷飯に

茶をかけたものと、魚の干物に夢中でかじりついている間に縁側に出た。

 どうやら木霊は縁側までは降りてこられるらしい。


「ええと、木霊……さん?というとあれですよね。古い木に住む神様のようなもの

ですよね?」

「ほう、慌てふためいておったわりに、よく知っておるの」


 葉介は、いずれは本を出版できるほどの物書きになるのが夢であった。そのた

め、世間の珍しい話や不思議な話、昔話の類などには多少の知識があった。


「いえ、仕事がら、多少の知識があるだけです。今だって実際になにが起きている

のかはさっぱりわかりません」

「確かに、儂を神と見るものもいるじゃろう。だが、どちらかといえばお前さん

たち人がいう、精霊、妖怪に近しいものじゃ」

「な、なるほど……」

「それにここに住んどるのも、この木が強い霊気を発しており、そこいらの山の中

におるよりも居心地がいいからじゃ」

「じゃあ、あの化け猫は?化けて出るくらいに、人に強い恨みを持っているんです

か?」

「さっきから言うとるように、あの娘は化け猫ではない。猫又じゃ」

「その、化け猫と猫又の違いとは……」

「簡単に言えば、強い恨みを持って死に、人の世に仇なそうとするのが化け猫、

年経たものが妖力を持ち、人に化けるのが猫又じゃ」

「つまり、野垂れ死んだ恨みで化け猫になることはあっても、この子の若さで猫又

になるのは不思議だと?」

「まあそんなところじゃ。あの能天気さでは人を恨むこともなかったであろうし、

本来は猫又になれるほどの年でもなかった。じゃが、さっきも言うたように、この

木の力とお前さんの優しさが、あの娘にもう一度生を与えたんじゃ」


「だから、あの娘にもう一度、生きる楽しさを教えてやってくれんか」


 つぶやくような木霊の声。


 自分はどうすればいいのか。


 迷ったのはわずかな時間であった。猫を拾ってきたとき、元気になった後はどう

するつもりだったのか、心は決まっていたはずだ……。

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