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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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終話 再び

 あれから、幾度目の夏を迎えただろうか。

三度……、いや、りんと別れてから、四度目の夏を迎えようとしていた。


 幸いにして江戸は無事だったものの、北の地では、大きな戦が起こったという。


 まさか、りんは北の地に逃げて行ったのではないか?


 そんな不安もあり、海を渡り蝦夷地にまで出向いたこともあったが、りんを見つ

けることはできなかった。


 途中、何かの力になってくれるかもしれないと、苦労の末、楓の住んでいた山を

探し当て、廃寺を探し訪ねてみたが、そこに楓の姿は無かった。

 たまたま出かけていて留守だったのではない。

そこははっきりと、もう人が住んでいる形跡を残していないほどに荒れていた。


 もう、皆消えてしまったのではないだろうか……。


 そんな不安を振り払うように、北から南へと捜し歩いたが、りんはおろか、あや

かしの気配を感じることさえできなかった。


 それでも葉介は、少ない私財を投げ打ちながら、全国を歩き回った。


 しかしそれは、葉介が本当に望む成果は得られなかったが、皮肉なことにもう一

つの夢を叶えることになった。


 全国を訪ね回れば、当然のごとく古きを知る年寄りもいるし、世間からは白い目

で見られている物好きもいる。


 そこで得た全国津々浦々のあやかしの知識は、葉介を少しは名の知られた作家に

押し上げるのには十分だった。


 りんの捜索の合間に書き溜めた物語は、いつしか巷で評判となり、葉介に執筆依

頼が舞い込むようになった。


 嬉しいはずなのだが、嬉しくはない。


 そんなものは捨て置いて、するべきことがある葉介だったが、無理をしたせいで

蓄えはほとんど底をついている。

 やむなく最低限の依頼を受け、それこそ寝る間も惜しんで捜索と執筆を続けた。

 

 そして葉介は、話題の流行作家で、男前の独身という肩書きも手に入れた。


 近所の世話焼き婆や、娘を玉の輿に乗せたい女房どもから幾度も見合いの話が舞

い込んだが、葉介は断り続けていた。


 しかし、五度目の夏を迎える頃には、葉介の気力も尽きかけていた。




 それは、うだるような暑さの日であった。


「じゃあ、前向きに考えておくれ。なあに、ちょいと歳は離れちゃあいるが、その

分子供はたくさん生めるからねぇ!」


 近所の女房が紹介してきたのは、まだ十六になったばかりという、自分の娘だっ

た。


 容姿といい年齢といい、あの頃の雛に良く似た可愛らしい娘だった。

 自分とは十ほども違うが、かまわないのかと訪ねると、本人はまんざらでもない

らしい。


 

 もう、いいのではないか?あれは皆、幻だったのではないか?



 葉介の心に、そんな思いが浮かぶ。



 人並みに結婚し、子を成し死んでいければいいのではないか?



 考え事をしながら歩いていると、気付いた時には、稲荷神社の境内にいた。

葉介は二体の狐像を見ながらつぶやく。


「お兄さん、狐鈴さん、あなたたちは、皆は、りんは、どこに行ってしまったんで

しょうか。なぜ出てきてくれないんですか。人とあやかしは、交わってはいけない

ものだったんでしょうか」


 知らず知らず、涙が溢れてくる。


「私は……、あなたたちに……会いたい。りんに……、もう一度……会いたい!」


 狐像からの返事はない。周りからは、ただ蝉の狂ったように鳴く声が聞こえるば

かりだ。


 しかし、次の瞬間、突如突風が吹いたかと思うと、あたりの音という音が掻き消

されていた。



 ……リン……チリン……。



 かすかに鈴の音が聞こえた気がする。


 ビクリと体を震わせた葉介は、その音のするほうへ駆け出した。


「やれやれ、敵に塩を送るとは……。そんなんじゃ、いつまでたっても恋は叶いま

せんよ」

「ふん、僕のように惚れた男の幸せを願うのが、粋な女ってもんさ!」

「ふふ、まあわらわは皆に譲った手前、何も言わぬがの」


 かすかに声が聞こえた気がするが、それは風の音だったのかもしれない。


 葉介は走る。もう鈴の音は聞こえないが、どこへ向かって走ればいいのか、なぜ

かわかっている気がする。


 


 そこはかつて、心優しき兄妹が住んでいた場所だった。

 今は魚屋は跡形もなく取り壊され、何やら町並みに不釣合いな、近代的な建物の

建築が始まっている。


 今は休憩中なのか誰もいないが、勝手に入っていいい場所ではないのだろう。


 しかし、葉介は迷うことなく奥へ進む。


 かつて、路地裏があった辺りへ。


 そして……。




 その女性は、まるで葉介を待ちわびていたようにその場に立っていた。


 透き通るような白い肌に、異国の人を思わせるような美しい顔立ち。


 腰の辺りからは、美しい毛並みの二股の尾が生えており、左右にゆっくりと揺れ

ている。


 頭髪は日の光を反射して、まばゆいばかりに光輝く銀色であり、その頭頂部には

猫のごとき耳が飛び出ている。


 そして首元には、風に揺れてかすかに鳴り響く鈴……。


 それは、もう少女ではない。美しく成長した女性であった。



 葉介は笑いながら尋ねる。


「お前、化け猫か?私を食っても旨くなどないぞ」


 女も笑いながら答える。


「ふん、なぜお主など食わねばならん。お主など食ろうても旨そうではないわ」


 まったく、しばらく会わぬうちに、しゃべり方まで大人びている。


 あの時付けるのを嫌がっていた首元の鈴、それが再び二人を出会わせた。


 そして、無言のまま見つめ合う二人。


 どれほどの時間が過ぎただろうか。


 やがて、泣き笑いの表情になった二人はお互いに駆け寄り、きつく、きつく抱き

しめあった。


 もう二度と、お互いを離したりはせぬと……。



---終---

お読みいただき、ありがとうございました。 大江戸銀鈴あやかし絵巻、これにて大団円です。

最後は取って付けたように、駆け足で終わらせてしまいました。本当はもっと書きたいこともあるし、

もっと人物ごとに掘り下げて終わりを書くつもりでした。しかしながら、いかんせん私の実力不足、家庭の事情、仕事の都合など、様々なことが重なり、物語にけじめをつけようと思いました。

もし機会があれば、エッセイなどでそのあたりのことも書けたらと思っています。

拙い文章にお付き合いいただき、ありがとうございました。

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