四十七 そして……
「はい、そうですか。ありがとうございます。それではお待ちしております」
受話器を下ろした静江は、緊張と安堵の入り混じったため息を吐いた。
書店を出て新聞社に戻った静江は、編集長の労いと今日の成果を尋ねる問いかけ
にも生返事で、電話帳をめくり出版社の連絡先を調べると電話をかけた。
最初は熱烈なファンか、はたまた引き抜きかと訝しんでいた出版社の担当であっ
たが、こちらの肩書きを聞き、宣伝になるやもという打算もあったのだろう。後日
連絡をしてくれるという運びになった。
しかし、新聞社の名を出して連絡を取り付けた以上、とりあえずは編集長を説得
し、取材という形をとらないといけない。
まあ、温厚な編集長を丸め込むのは、やり手の静江にとっては苦も無いことなの
だが……。
そして、静江宛に電話のベルが鳴ったのは、それから二日後のことであった。
「そうでしたか。あの日にいらしていたお客さんは、山村さんだったんですね」
驚いたことに、鈴子はあの取材の日のことを覚えていた。もちろんお互いに姿を
見たわけではないので、互いのことは知らない。
「はっきり覚えているわけではないんですが、大じい……、曾祖父が亡くなる少し
前のことでしたから。それに、あの後ずいぶんご機嫌だったんです。妖怪のことを
わかってくれる人がいたって」
静江は、鈴子に形式ばった言葉を使わなくても、普段どおりに『大じいちゃん』
と呼んでほしいとお願いした。
知り合った時間は短かったが、自分も老人を祖父のように感じていたからと。
「ありがとうございます。じゃあ、私のことも鈴子と呼んでください。あ、それか
ら、山村さんのことも静江さんと呼ばせていただきますね」
そう言って鈴子は嬉しそうに笑うと、老人のことを語り始めた。
「とはいえ、幼い頃の記憶ですし、一緒に過ごした時間が長かったわけでもありま
せんので、何かお役に立てるのかは……」
「そうですね。静江さんが聞かれたように、私の絵本は大じいちゃんから聞いた話
を元にしています。たくさんのお話を聞いたし、私はそれがとても楽しみでした」
「え?私にですか?いえ、残念ながら、私に不思議なものを見る力はなかったみた
いです。お話に出てくるような妖怪の姿は、一度も見たことはありませんでした」
「ただ、霊感……と言うんでしょうか?気のせいだったのかもしれませんが、幼い
頃は何かしら人が見えなかったり、聞こえなかったりするものを感じていたことが
あるんです」
「そうですね、例えば……、大じいちゃんの隣に誰かがいるのを感じたり、家の中
で鈴の音が聞こえてくることがあったんです。気のせいだったのかもしれないんで
すが……」
鈴子の言葉に、静江の鼓動が早くなる。まさか……。
「それから、申し訳ないのですが、大じいちゃんの奥さん、私の曾祖母に当たる人
のことは良く知らないんです。何分昔のことですし、写真も残ってないので……。
祖母も物心ついたころには、もう亡くなっていると聞かされていたようで。自分の
母のことは良く知らないようなんです」
「ただ、大じいちゃんが私によく言っていたのが、『鈴子は本当に大ばあちゃんに
良く似ている。お前の母も祖母も少しばかり似ていたが、お前は色濃く血を継いで
いるのかもな』って」
「家系図とかを調べたわけではないんですが、曾祖母は外国の人ではなかったかと
思うんです。私はその……、かなり日本人離れした外見をしているので。その私に
似ていると言うなら、おそらく日本の方ではなかったのでしょう」
「昔のことですし、外国人との結婚もあまりおおっぴらにできない時代だったのか
もしれません。だからあまり曾祖母が表立って出てこないのかもしれませんが」
「まあ、外見のせいでからかわれたりということもありましたが、大じいちゃんも
褒めてくれるし、嫌だと思ったことはありません」
「ああ、大じいちゃんが本当に不思議なものが見えていたのかどうかですか?それ
ばかりは私にもわかりませんが……。でも、私は見えていたのだと信じてます。そ
んな嘘を付くような人ではありませんでしたし」
「静江さんも信じてくださるのですか?ありがとうございます」
「でも……。私も決して身内の欲目で言っているわけではなく、少しばかり確信し
ていることがあるんです」
そう言うと少しばかり無言の時間が続いた。そして電話の向こうで、鈴子が居住
まいを正す気配がする。
「うん、静江さんにならお話しても大丈夫でしょう。もちろんさっきの話もこの先
の話も、どちらも可能性があるというお話なんですが……」
「先ほど私が、幼い頃に不思議なものを感じることがあったと言いましたが、大じ
いちゃんから猫又……、りんさんの話を聞いて感じていたことがあるんです」
「私が家の中で鈴の音を聞いたといいましたが、聞くのは決まって大じいちゃんの
そばにいる時でした。でもそれは、お葬式の時には一際大きな音で悲しげに鳴り響
いていたんですが、葬儀の終わりとともに聞こえなくなってしまったんです」
「それから、家族写真を撮るとき、大じいちゃんは右隣には誰も座らせなかったん
です。そこには先約がいるからと。皆は不思議そうにしていましたが、私にはそこ
に暖かい何かを感じていました」
「でも、大じいちゃんの葬儀と共に、それらを感じることはなくなってしまいまし
た。大ばあちゃん……、りんさんは、大じいちゃんと一緒に行ってしまったのかも
しれません」
鈴子の話を聞き、静江の思いは確信に変わる。あの時、老人が優しく手を握って
いたのは、あの時、老人が優しく微笑んだ相手は……。
あまり長時間の電話は失礼と思い、後日の約束をして話を終えた。
幸いにも鈴子もまだ話をしたいと言うし、日をあらためて会うこととした。
すでに、静江の中では確信に変わっているが、二人が再び出会えたという証拠は
無い。
まるで、年頃の少女が、純愛小説に夢中になるような気恥ずかしさを覚えながら
も、何としても二人はハッピーエンドであってほしいと思ったのだ。
その後二日間を、一日千秋の思いで過ごした静江は、約束の時間より一時間も早
く待ち合わせ場所の喫茶店にたどり着いた。
我ながら子供のようだと思ったが、興奮は抑えられない。
やがて、待ち合わせ時間近くになり、カランカランという鈴の音と共に、扉が開
き女性が入ってくる。
そして、彼女を一目見た瞬間、
「あは、はははは、あはははははは!」
周りの客が不思議そうに静江を見るが、笑いは止まらなかった。
「あの……」
入ってきた女性も、不思議そうな顔をしているが、聞いていた特長から間違いな
いと思ったのだろう。静江に声をかけてくる。
彼女、橘鈴子は、色素の薄い肌に、美しい銀色の髪を持ち、猫を思わせるかのよ
うな釣り目が特徴の、とても美しい女性であった……。




