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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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四十五 新たな夜明けへ

 そして、唐突にその日はやってきた。


 いつまでたっても言いつけを守らない葉介たちに業を煮やしたのか、何人もの役

人が家に押し寄せ、木霊の住む木を切り倒そうとする。


「や、やめてください!」

「何しやがんだてめぇら!おい、その手を離せ!」


 葉介や熊吉たちの必死の抵抗も虚しく、役人達に雇われた人足たちの振るう斧や

鋸の刃が、木の根に食い込んでいく。


「木霊さん。逃げてください!」


 葉介の叫びに、枝の上に木霊が現れる。

しかし、役人たちの目には、不思議と何も見えていないようだ。


 ただ、幾人かの人足には木霊の姿は見えているようで、彼らに動揺が走るのがわ

かる。

 しかし、役人たちの叱咤する声に、再び得物を振るう。


「案ずるでない、儂は精霊じゃ。人の世に木々の自然と信仰がある限り、いずれ住

みよい場所が見つかったときには、再び出会えるやもしれん」


 そう言い残すと、溶けるように消えていった。



「おそらくは、皆に心配させまいとする、最後の言葉だったのでしょう。結局は、

木霊さんもその後に姿を見ることはありませんでした」




 神木を切り倒した役人たちが次に目を付けたのは、りんであった。


「いたぞ!あの化け猫を捕らえよ!」

「なっ……!そんなことはさせません。りん、逃げるんだ!」

「嫌にゃ!葉介も一緒に来るにゃ!」

「無茶を言うな!ここは私たちが食い止めているから、お前だけでも!」

「嫌だったら、嫌にゃ!葉介と離れるくらいなら、逃げなくてもいいにゃ!あたし

は葉介と一緒にいたいにゃ!」

「りん、お前……」


 涙目で叫ぶりんを、葉介は不意に抱きしめた。


「にゃ!?」


 驚くりんに、葉介は自分の想いを伝える。


「いいかい。よく聞くんだ。二人一緒は無理でも、お前の体力なら、ここから逃げ

出せるはずだ。私はお前に生き延びて欲しい。生きて再び会いたい。なぜなら、私

はお前が……、りんが好きだからだ」


 葉介の腕の中で、りんは驚いて固まっている。


「すまない。私はもっと前に自分の気持ちに気付いていたのに……。こんな状況に

なるまで言えなかった」


 そして、さらにきつくりんを抱きしめると、


「大丈夫。この鈴の音が、きっと再び出会わせてくれる。たとえ何年経とうと、鈴

の音を頼りに、私はお前を探し出してみせる!」


 そして葉介は、りんの唇に、自分の唇を重ねる……。


「さあ、行くんだ!」



 呆然と立ち尽くすりんを突き飛ばし、役人たちの前に立ちはだかる。

横合いから、雛の声が聞こえる。


「葉介さんは、必ずあなたを迎えに行きます!だからりんちゃん、葉介さんを信じ

て、行きなさい!」


 りんは走り出す……。そして……。




「いや、その後は何日か牢に入れられましてね。熊吉さんと共に、ずいぶんと厳し

い取調べを受けましたよ。ですが芝居小屋の主や、周りの皆さんの口利きで、何と

かお咎めなしということになりましたが……」


 しかし、その後に老人に尋ねても、りんの行方だけは口を開くことはなかった。

 そして、老人の心の傷に触れてしまうのかもしれず、記者もそれ以上聞くことは

できなかった。

 ただ、あいかわらず話の最中に幾度か右隣を見つめ、右手を握るような仕草をす

るのは気になったのだが……。

 

 

 せっかくだから昼食もという老人の誘いを、さすがに昨夜から続けてご馳走にな

るのは悪いと断り、また後日の約束をして老人宅を後にした。


 しかし、結局記者はその後、老人の話を聞くことはできなかった。

 なぜなら、そのインタビューから幾ばくもしないうちに、老人の訃報を聞いたか

らである。


 そして、老人が死してからしばらく後、世界では再び大きな戦争が起こった。

 日々を懸命に生き、生活に追われるうちに、いつしか記者の中で、老人の記憶も

忘れられていった。



 そんな物語が動いたのは、老人の死後、二十年以上経った頃であった……。

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