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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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四十四 それぞれの旅立ち

「ああ、おはようございます。夕べはよくお休みになれましたか?」


 朝食をご馳走になり、老人に礼を言うと、記者はいてもたってもいられぬという

ように、昨晩の続きを聞いてみた。


「なに、ここから先は楽しい話ではありませんが……。まあ、ここまでお話したの

ですから、かいつまんでお話しましょうか」


 そして老人は再び語りだした。



「それからも、様々なあやかしに出会いました。『河童(かっぱ)』や『垢舐(あかな)め」なんて、

皆さんの良く知るものや、『牛鬼(うしおに)』、「御先(みさき)」などという、命に関わるものまで。

 それでも、周りの皆が守ってくれたり、運が良かったりで、何とかなりましたが。

 そうそう、『産女(うぶめ)』に赤子を託された時は、私の隠し子ではないかと大騒ぎにな

りましてね」


 そう言って老人は笑ったが、ふと真顔になると、


「そう、あの予言の時が来るまでは……」





『徳川様が政権を明け渡し、江戸城をお出になられた!』


 その噂を耳にしたのは、まさにあの日から、十月ほど経った秋の頃だった。


 それまでは何やらきな臭い話や、侍たちの間に不穏な空気はあったものの、葉介

たち庶民は、普段と変わらぬ生活を送っていた。

 もちろん、あやかしたちとの関係も、何一つ変わることなく。


 その後は、新政府の役人を名乗る者たちが家を訪れ、不思議のものとの交流を慎

むようにとのお達しをしていった。

 それは、熊吉のところも同様だったという。


 むろん、そのようなことを聞けるはずもないが、葉介の作り上げた芝居の筋書き

は、人心を惑わすとのことで、一度も上演されることなくお蔵入りとなってしまっ

た。



 最初の異変は、ある朝の、りんの報告だった。


「ちび介がいないにゃ」


 朝から、どこにも座敷童子が見当たらないという。

 毎日現れているわけではないので、いつものことだろうと気にもしていなかった

が、りんが言うには気配すら感じられなくなったそうだ。


 言い伝えでは、座敷童子のいなくなった家は廃れてしまうという。

 言い知れぬ不安を感じたが、どうすることも出来ない。それにひょっこりと戻っ

てくるかもしれない。



「そんな、願望にも似た思いでいたんですが、結局二度と、あの子の姿を見ること

はありませんでした……」




 そんなある日、熊吉と雛が、雪とともに葉介を訪ねて来た。

 雛と雪はともかく、熊吉が来るなど珍しいことがあるものだと思っていると、何

やら真剣な表情で口を開いた。


 なんでも、このところの役人の動きに閉口し、店をたたんで、雪ともども田舎の

親戚を頼って引っ越すという。


「俺一人なら何とでもなる。ただ……、雪を巻き込むわけにはいかねえ」

「では、雛さんも一緒に……?」

「問題はそこだ。不本意だが、場合によっちゃあ、てめえに一生預ける。あとは本

人同士で決着を付けろ!行くぞ、雪」


 そう言うと、雛を残し二人は帰って行った。


 そして残されたのは、事情の飲み込めていない葉介と、何やら思いつめた表情の

雛である。


「葉介さん、お話があります!」



「いや、あれには驚きましたよ。前々から、もしかしたらという思いはありました

が……」


 老人は、少しばかり照れたように言いながら、


「もちろん雛さんの気持ちは嬉しかったのです。一年前の私なら、二つ返事でお受

けしていたでしょう、でも、その頃には私が誰に惹かれていたか、雛さんは気付い

ていたのだと思います。返事は少し待ってほしいとお願いしたのですが、その後に

返事をした際も、答えを知っていたように、割とあっさりと熊吉さんたちと一緒に

行くことに決めたようです。もちろん、本心はわかりませんが……」


「ああ、でもね、もう会うことはありませんでしたが、三人のその後の消息は、わ

かっているのです。私が後に本を出版したことで、私の無事を知った彼らから手紙

が来ましてね」


 そう言うと老人は懐かしそうな目をし、三人のその後を語り始めた。


「熊吉さんとお雪さんは、腰を落ち着けた先で、三人の子を設けたようです。孫に

も囲まれて、幸せな人生だったようですよ。お雪さんも、人と多くの時間を過ごし

たからでしょうか?不思議なことに、熊吉さんと同じように歳をとり、後を追うよ

うに亡くなったそうです」


「それから雛さんですが、熊吉さんたちの子供を可愛がりすぎるあまり、少々婚期

が遅れたがそうです。それでも後に結婚して子を設け、幸せに暮らしたようです。

自惚れるわけではありませんが、結婚が遅かったのは、もしかしたら私のせいもあ

るのかもしれませんが……」




 雛の告白を聞いて、幾日か過ぎた頃、兄狐が訪ねてきた。


 兄狐が一人で訪ねてくるなど、珍しいこともあるものだと思っていると、真剣な

顔でおもむろに口を開いた。

 何でも、新政府の掲げた、神仏分離という方針で今までより信仰を失い、力が弱

まっているらしい。そのため像の中に戻り眠りにつき、力を蓄えるのだという。


「本日は、わたくし個人のお願い事を持って、葉介殿に会いに来ました」


 その後の兄狐の話は、驚くものだった。

 妹は、幼き頃より葉介を好いている。御使いとしての責務は自分が果たす。だか

ら、妹を貰ってやってくれぬかと。


「わたくしには色恋の感情はわかりません。ただ、妹が幸せになるためなら、せめ

て兄らしいことはしてやりとうございます」

「もういいから、兄ちゃん!」

狐鈴(こりん)!、お前……」


 慌てて駆けつけたのだろうか、少し離れたところに妹狐が立っていた。


「まったく、名前は言うなっていったのに……。罰として、当分油揚げは全部僕の

ものだからな」


 そして妹狐……、狐鈴は葉介のほうに向き直ると、


「だから言いたくなかったんだよ。鈴の字があの猫と被るし……」

 

 ぶつぶつと文句を言っているが、


「いえ、素敵な名前だと思いますよ」

「ば、馬鹿なこと言ってんなよ!」


 真っ赤になって怒る。


「でも、ありがとう兄ちゃん、僕のことを心配してくれて。でも大丈夫。僕はちゃ

んと。けじめをつけるから」


 そう言うと、狐鈴は大きく息を吸い込み、一息に言い切った。


「僕は葉介が好きだ。ずっとずっと前から、葉介が好きだ!」




「これも、まさかとは思っていたんですがねぇ。いや、人生二十年あまり、今まで

女性に相手にもされなかった自分が、とんでもない色男だったわけですよ」


「でもね、妹……、狐鈴さんは、自分の中でけじめをつけていたようです。私のこ

とは好きだが、兄一人を置いては行けぬと。結局告白したことに満足し、兄と共に

神社を守る勤めに戻りました。まあ、私は告白された瞬間に振られたわけですな」


 そう言って老人は笑うと、言葉を続ける。


「その後に兄妹に会うことはありませんでした。しかし、後に神社に供え物の油揚

げを置いておくと、いつの間にやら消えているんですよ。それが犬や猫の仕業だっ

たのか、はたまた……」




「それから、楓さんは、最後まであの優しい性格が邪魔をしたのでしょう。自分が

いては私たちに迷惑をかけると、山に戻りました。これからは自分のような古きも

のが出る幕ではないと。これからを生きる雛さんたちに、私を譲ると言い残して。

そして、自分に人の心を戻してくれた皆に感謝すると言い残して、去っていきまし

た」


「しばらく後に一度だけ、記憶を頼りにあの廃寺に行ってみたことがあるんです。

たどり着いたそこは確かに、見覚えのある場所でした。ただ、荒れ果てた寺には、

誰かが住んでいる形跡はありませんでしたが……」


 そして、懐かしそうな目で遠くを見ると、


「ただ、その後も風も無い穏やかな日に、家の庭に突然つむじ風が吹くことがあり

ました。それは、単なる自然現象だったのかもしれません。でも、私は心配した彼

女が、時おり様子を見に来てくれていたのだと信じています……」

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