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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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四十二 かまど神

「いや、すまぬな。なに、たいした用事というわけではないのだが」


 いつものように訪ねて来た楓を、家に上げて茶を出す。

しかし、当の楓は珍しく神妙な顔をして、なにやら言いたそうな顔をしている。


「あの、どうかされたんですか?」

「う、うむ。こんなことを人である葉介に相談してもよいのか……。実はな……」


 楓の語るところによると、なんでも、住まいの廃寺に備え付いているかまどが、

最近夜になるとガタガタと音を立てて騒ぐのだという。

 さほどあやかしの力も感じぬし、楓の力ならば壊してしまうことは可能だ。


 しかし、訳もわからず壊してしまうをけにもいかず、さりとて夜毎に騒がれては

うるさくてかなわず、悩んだ末に葉介に相談に来たということだ。


「なるほど、しかし、私に相談されてもどうしたものか……。そうだ、木霊さんな

ら、何か思い当たることがあるのではないですか?」


 庭先に声をかけてみるが、


「ふむ、おそらくは付喪神の類じゃろうが……、こればかりは当て推量では何とも

言えん。実際に見てみぬことにはのう」

「そうですか……」

 

 木霊がわからぬとなると、葉介ではどうにもならぬであろう。

しかし楓は葉介を見つめると、言い辛そうに、


「すまぬが一緒に来てくれぬか?危険な物ではないのは保証するし、何かあれば、

わらわが葉介を守る」





 そんなわけで、葉介は久しぶりに廃寺を訪れていた。

もっとも、あの時と違っているのは、隣にりんと雛がいることである。


 りんはともかく、何かあった時に危険であるからと、雛は来ないように言ったの

だが、


「いいえ!そんなところに楓さんと二人で行かせるなんて、葉介さんの身が危険で

す!」


 と、すごい剣幕でついてくることを主張した。

楓もさして危険は無いといっているのに、心配性なのだろう。


 雛が来るのであれば、その間にりんの面倒を見る人がおらず、りんも連れて行く

ことにした。

 もっとも、楓は最初から皆がついてくることをお見通しだったようで、人数分の

毛皮を準備していたが……。


「へえ、ここで葉介さんと楓さんは、なにやらいかがわしいことをされていたんで

すね?」

「ちょ、ちょっと雛さん?あれは誤解ですって。それに、私は何もやましいことな

ど……」

「なに、良いではないか。いずれここが、二人の愛の巣となるのやもしれぬし」

「か、楓さんまで何を!」

「葉介には、つがいがたくさんいて大変だにゃー」

「……」


 少なからず緊張した様子を見せていた楓だったが、気付けばいつもの調子に戻っ

ている。 

 機嫌が悪いのかと心配した雛も、さして怒っているようには見えない。


 もしかして、楓を気遣って冗談を言ってくれたのでは?


 一見仲が悪いように見える彼女達だが、葉介が見るところ、そんなことはないと

思っている。

 楓は年下の彼女達をからかっているが、何やかやと面倒を見ているし、男兄妹し

かいない雛や妹狐は、少々意地悪で悪戯好きな姉と過ごしている気分ではないのだ

ろか。


 そして寺の中に入り、葉介は気付く。

以前より、なにやら生活感が漂っているのだ。


 もちろん人の住む場所からは比べ物にならないが、部屋の中央には切り株を利用

したちゃぶ台が置かれ、その上には木をくり抜いて作ったと見られる、湯のみらし

きものが置かれている。

 そして寝床と思われるところには、藁と毛皮が敷かれている。

そんな葉介の視線に気付いたのか、


「いや、なに、最近は少々昔のことを思い出すこともあってな。少しばかり茶など

飲んでみたりするのだ」


 恥ずかしいのか、照れくさそうに話す楓だったが、ふと真顔になると、


「むろん、わらわのようなあやかしが、人間のようなことをするのが良いことなの

かはわからぬ。ただ、葉介たちと出会ってからは、あの頃のような生活も悪いもの

ではないと思うての……」


 そんな楓を見て、葉介は考える。

 確かに、あやかしが人間のような存在になっては、彼女らの存在意義が無くなっ

てしまう可能性だってある。


 しかし……。


 わずかばかり嬉しそうに話す楓を見ると、ただ存在するだけのものより、いずれ

消えてしまう運命であっても、その間を幸せに生きていけるのであれば、それでも

いいのではないかとも思う。


 そう、例えるなら人の一生のように。


「それが、問題のかまどなんですね?」

「別に、狸の耳も尻尾も生えてないにゃ」


 雛とりんの声に我に帰る。


「うむ、これが夜になるとうるさくてな」

「どちらにせよ、夜にならねばわからないということですね?では、しばらく待つ

としましょうか」



 

 そして夜は更けていき、あたりはあっという間に闇に包まれていった。

山の夜は早いというが、確かに江戸では、もう少し日は長いように思う。

 冬ということもあってか、虫の泣き声もほとんど聞こえず、あたりは静寂に包ま

れている。


 楓は、ずっと一人でこんなところで暮らしていたのだろうか……。



 そんな葉介の考えを察したのか、


「どうじゃ。静かで良いところであろう。ここに住んでそれほど長いわけではない

のだが、わらわは気に入っておるのだ」


 葉介を気遣ってか、そんなことを言う。

もっとも、


「そこの子供二人はどうじゃ?もう眠いのではないか?そこに寝床が用意してある

ゆえ、眠ってもかまわぬぞ。わらわと葉介は、別にこちらに寝床を作るので心配要

らぬ」


 と、雛をからかい揉めているが。





 結局、誰一人眠ることはなく、丑三つ時になろうかという頃であった。


「この音は……!」


 楓の言うように、本当にかまどがガタガタとなり始めたのだ。


「これだ。これが毎晩続いてな。しかしながら、それ以上でも以下でもなく、何が

したいのかがさっぱりわからぬ」


 確かに、音はすれど何が起きるわけでもない。

 しばらくは、かまどの音を聞きながら眺めていた一同だったが、そのうちに葉介

は、ガタガタという音に何やら別の音が混じっていることに気付く。

 聞き覚えのある音なのだが、それが何かは思い出せない。


「何にゃ?こいつ遊んでるのかにゃ?」


 突然りんが妙なことを言い出したが、かまどが遊ぶなどと聞いたこともない。


「遊んでる……、まさか、この音……。葉介さん!」


 雛も同じ音に気付いていたようで、りんの言葉を聞くと、何かに気付いたように

不意に口を開き、葉介に耳打ちをする。


「た、確かに!雛さん、ではこのかまどは……」

「おそらくですけど、わたしの考えが合っているなら、明日にも解決できるかも知

れません」

「ほ、本当か、雛よ?」

「ただし、そのためには楓さんに、明日からやってもらわないといけないことがあ

ります」





 その後、少しばかりの睡眠を取り、翌朝を迎えた。

 寝る場所でひと悶着はあったが、結局女三人が固まって眠り、葉介は一人で眠る

ことで落ち着いた。

 まあ、当然のことではあるのだが……。


「そ、それで、わらわのすることとは……」

「その前に、楓さん。以前このかまどで、葉介さんにおむすびを作ってもらって以

来、このかまどを使いましたか?」

「いや、わらわは使ってはおらぬ」

「では、かまどを使って、料理をすることはできますか?」

「い、いや……。料理を教わる前に、母とは離れ離れになったゆえ……」


 なにやら、幼き頃を思い出したのか、楓は言い辛そうだったが、

 

「わかりました!わたしが楓さんに料理を教えます!」

「な、何!?」


 雛の発言に、そんな雰囲気も吹っ飛んだようだった。


 その後、葉介も手伝って飯の炊き方や、簡単な汁物の作り方を教え、何とか楓も

簡単なものなら作れるようになった。

 りんはもっぱら食べる専門であったが、失敗作でも文句を言いながらも全部平ら

げるので、それはそれで重宝したのだが……。


 そしてその夜、


「ありがとう……」


 皆で囲炉裏の火を囲んで夜更けを待っていたとき、不意に楓がつぶやいた。


「え?」


 まさかそんなことを言われると思っていなかったらしい雛は、素っ頓狂な声を上

げた。


「そなたらと居ると、人間も捨てたものではないと思える。わらわは天狗に成るし

かなかったとはいえ、あのまま人であったなら、どんな人生を送っていたのだろう

か……」

「楓さん……」

「もっとも、天狗に成っておらねば、とうの昔に死んで、そなたらには会えなかっ

たがの。そう考えれば、天狗に成って良かったのであろう」


 そう言って楓は笑ったが、その胸中は誰にもわからなかった。





 そして、再び次の朝を迎えた。

結論としては、前夜のかまどは静かなものだった。


「これで問題解決ですね」


 満面の笑みでうなずく雛に、楓は納得がいかぬようで、


「いったい、どうしてかまどは急に静かになったのだ?」

「音ですよ」

「音?」


 不思議がる楓に、


「はい。あの時かまどが出す音の中に、聞き覚えのある音があったんです。何だろ

うって考えてたら、普段聞き慣れた、お米を炊くときの音だったんです」

「はあ……、しかし、それと料理が何の関係が?」

「あのかまどは、楓さんがあそこに住んでからは一度も使ってないんですよね?」

「うむ、確かにそうだが……」


 楓は、まだ良くわからぬようだ。


「皆さんの言葉を足して、前後の状況を考えると結論が出たんです」

「そ、それはいったい……?」

「木霊さんの言う『おそらくは付喪神の類』という言葉。少し前には、葉介さんが

料理をしていること。それに楓さんは、一度もかまどを使っていない。それから、

かまどが出す、お米を炊く音。そして、りんちゃんの、『こいつ遊んでるのか』で

す」

「それがいったい……?」

「つまりこのかまどは、葉介さんに使ったことがきっかけで、付喪神と成ったので

す。ですが、久しぶりに掃除をしてもらい、道具として使ってもらう喜びを味わっ

たのはいいが、今度は自分を使ってもらえない。どうしたら使ってもらえるかと考

えた結果、お米を炊くときの音を出すことで、自分が何をしてもらいたいか、訴え

ていたのだと思います」


 雛の説明は、葉介が考えついたのとおおよそ同じものだった。

しかしながら、葉介が気付くよりも先に結論に達していた。

 加牟波理入道の時といい、この子は本当に頭がいいのだろう。


「し、しかし、毎日料理をするというのはさすがに大変では……」

「毎日じゃなくてもいいんです。ときどき火を入れてやり、時には掃除をしてあげ

れば、きっとかまども喜ぶと思います」

「そうか……。わかった。世話になったな」


 そんな二人の様子を見ながら、葉介は思う。

これで二人の仲も、表立って良くなるのではないかと。



 しかしながら、今度は楓が持ってくる手料理をめぐって、雛とひと悶着あるのは

後日のお話である。

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