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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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四十一 異獣

「すみません。それではりんのことをよろしくお願いします。一晩……、もしかし

たら、二晩ほど泊まってくるかもしれませんので」

「はい、後のことは心配なさらないでください。それよりも、お気をつけて行って

きてください」

「心配するにゃ。雛やちび介の面倒は、あたしがちゃんと見ててやるにゃ」


 そんな二人の声を背に、風呂敷包みを背負った葉介は家を後にした。

後方から、


「ふふ、まるで旦那様を見送る奥さんみたい……」


 などど雛のつぶやく声が聞こえてきたが、きっと世間ではそんな光景が見られる

という意味だろう。


 葉介が向かう先は、山を一つ越えたところにある、親戚の住まう町である。

先日不幸があったようで、知らせを受けて挨拶がてら向かうこととなった。


 無理をすれば日帰りも可能だろうが、やはり夜の山道は危険だ。

特に葉介の場合は、何を呼び込んでしまうか知れたものではない。

 下手をすれば、先日遭遇したヒダル神のように、命に関わるあやかしと遭遇する

可能性もある。


 一泊するつもりで支度を整えたはいいが、さすがにりんを連れて行くのは無理が

あると思い、雛に世話を頼んだしだいである。

 丁度遊びに来ていた楓は、その話を聞いて、自分の団扇で送っていってやろうか

と言ったが、さすがに葉介が空から舞い降りてきては大騒ぎになるだろう。


 丁重に断り、同様の理由から、雛に世話を頼んでりんも家に置いていくことにし

た。





「ふう……」


 家を出発して、一刻も歩いただろうか。

すでに季節は冬になっており、幸いにも少しばかり動いたくらいでは、汗をかくこ

とも無い。


 そういえば、冬になり動きやすくなったからだろうか。

最近はお雪さんが、熊吉を尋ねてくる頻度が多くなった。

 雛の話によれば、熊吉を手伝って店番も器用にこなすようだ。


 熊吉は恥ずかしがっているのか、


「客は客らしく、おとなしくしていろ!」


 と毒づいているようだが、雛の見る限りでは、まんざらでもないらしい。

まあ、あの二人に関しては、きっと時間が経てばなるようになるのだろう。


 そんなことを考えながら、山道を登っていった。

とはいえ、涼しいとはいっても歩き続ければ暑くなってくる。


 無理をして汗をかいた後に体を冷やしては、風邪を引きかねない。

少しばかり休もうと、道端の岩に腰を掛けようとした時だった。


「うわっ!」


 地面にどっしりと着いていると思っていた岩は、思ったより不安定だった。

そのまま体制を崩した葉介は、岩と共に斜面を転げ落ちていった……。




 

「うう……、痛ててて……」


 派手に転げ落ち、風呂敷包みの中身も散乱してしまっている。

一緒に落ちた岩にぶつかったり、下敷きになったりしなかったのは不幸中の幸いだ

ろうか。


 しかしながら、右足首にズキズキと鈍い痛みを感じる。

力を入れて立とうとしてみるが、そのたびに今度は鋭い痛みが走る。


 おそらくは足を挫いてしまったのだろう。


「こんなところで……」


 見上げると、道はかなり上だ。

怪我をした葉介の足では、簡単に登れそうにない。


「困った……。はて、どうしたものか……」


 しかし、冷静になって考えてみれば、幸いにもめったに人の通らないような山奥

ではない。

 日に幾人かはすれ違うくらいの山道である。


 運任せとはいえ、今はそれにすがるしかないだろう。


「とりあえずは、誰か通りがかるのを待つしかないか……」


 ひとまずは、散らばった荷物を拾い集めようとした時である。


「!?」


 ガサガサという音と共に、葉介の前に茂みをかき分けて、妙な生き物が現れた。


 初めは山猿かとも思ったが、猿にしては馬鹿に大きい。

 確かに猿のような外見をしているが、背丈は葉介よりも頭二つほど大きく、全身

は毛むくじゃらだ。

 どう見ても、葉介が知っている野生の生き物ではない。



 しまった。油断してあやかしと遭遇したか!? 



 初めは警戒して身構えていた葉介だったが、獣は葉介の様子を伺うだけで、何を

する素振りもない。

 いや、むしろ葉介の様子を伺うというよりは、散らばった荷物をじっと見つめて

いる。


 その視線を見て、もしやと思った葉介は、


「お前、もしかして、これが食いたいのか?」


 荷物にあった握り飯の包みを広げ、そっと近くの岩の上に置く。

すると獣は無言で近寄ってくると、嬉しそうにそれを食べ始めた。


「よ、良かったら漬物もあるぞ」


 同じく漬物の包みを広げて渡すと、あっという間に獣はそれも平らげた。





 やがて飯を食い終わった獣は、葉介の方を向いてなにやらフゴフゴと言葉を発す

ると、どこかへ去って行った。


 獣が居なくなったことに安堵した葉介だったが、状況は一向に改善されていない

ことに気付く。

 むしろ食料が無くなったことで、状況は悪化したのではないか?


 後悔したが、飯を諦めたことで自分が助かったのかもしれないと思い直し、再び

誰か通らぬかと頭上の山道を見上げる。


 しかし、少し経つとガサガサと音を立てて、再び獣が戻ってきた。


「な、何か用か?ま。まさか私を食いに!?」


 怯える葉介だったが、獣の様子を見る限りは少し違うようだ。

獣は両手に、なにやら草の蔓と葉っぱを持っている。


 そして葉介に近付くと、足首に握りつぶして汁の出た葉っぱを当てて、器用な手

つきで蔓を使い巻きつけ始めた。


「お、お前……。もしかして、これは薬草か?」


 一応江戸の町という都会育ちの葉介には、薬草の種類などあまりわからない。

これが楓であれば、的確に効能を教えてくれるのだろうが。


 そんな葉介の言葉を理解しているのか、獣はフゴフゴとなにやら言葉を発してい

る。

 理解は出来ないが、おそらくはそうだと言っているのであろう。


「はははは。ありがとう、助かったよ。しかし、欲を言えばここから麓まで連れて

行ってくれるとありがたいのだが」


 冗談半分で言ったことだったが、再びフゴフゴと言葉を発した獣は、葉介に背中

を向けると、そのまま後ろ手を差し出した。


「え?まさか、負ぶされってことか?」


 おそらくは、あやかしの類なのであろうこの獣を信じていいのかはわからない。

とはいえ、今は他にどうする手立ても無い。

 一か八かと覚悟を決めて荷物をまとめ、自らに括り付けると、藁にもすがる思い

で獣の背にしがみついた。


「うわっ!?」


 獣は葉介と荷物の重さをまるで感じさせない足取りで、飛ぶように駆けていく。


「お、おい、町はあっちだぞ」


 まるで見当違いのほうに駆けていく獣に声をかけると、葉介の言葉を理解したの

か、慌てて方向を変え、また走り出す。





 少しばかりの時間が過ぎたかと思ったら、気付けば山の麓であった。

親戚の住まう町までは、あとわずかばかりである。


「あ、ありがとう」


 葉介の足では、少なくともあと一刻はかかった距離だろう。

それを瞬く間……、少々大げさだが、そのくらいの時間で獣は駆けてきたのだ。

 

 そして獣は葉介を降ろすと、再び飛ぶように駆け去って行った。


 いつの間にか、挫いた足の痛みもずいぶん引いている。

町で売れば、ずいぶんと高値で売れそうなほどの薬草の効果である。

 この様子であれば、無理をしなければ帰りは自力で歩いて帰れるだろう。





 そして、無事親戚の家にたどり着いた葉介が聞いた話によると……。


 何でもあの山には昔から『異獣(いじゅう)』と呼ばれるあやかしが住んでいるのだという。


 決して悪さをするわけではなく、ただ人間の作る食べ物が好物で、それを貰い

にくるのだとか。

 そして食べ物を分けてもらった際は、何がしかの礼をしていくのだという。


 それは、山道で迷った旅人を麓まで送ってやったり、たくさんの荷を背負った商

人の荷物を背負ってやったり、病に罹った人に薬草を与えたり……。


 この山道を行き来する人にとっては、異獣は幸運の象徴なのだという。

例えるなら、座敷童子に遭遇するような……。


 そんな話を聞いて、葉介は思った。


 歩けるとはいえ、まだまだ足の具合は山を越えるのには辛い。

帰りは少し多めの食べ物を持って、あの山を越えてみるか……と。

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