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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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幕間 兄狐

「じゃあ、ちょっと行ってくる」


 最近、頻繁に葉介たちのもとへと通う妹を見送ると、昨日妹が貰ってきた油揚げ

に齧りついた。


 うん、やはり人間の作る油揚げは最高だ。これがあるから、時々愚かしい行動を

する人間といえど、見捨てようと言う気にはならない。

 もっとも、我ら御使いが人を見捨てようとしても、寛大なる稲荷神様はそんなこ

とを許さないだろうが……。


 妹は、普段から面倒を見てやっている礼に葉介がくれたと言うが、言動を見てい

るかぎり、世話をされているのはむしろ妹のほうではないかとも思う。


 しかし、あの子もずいぶん変わったものだ。

 真面目さは変わらないが、以前はもっと引っ込み思案で、人間はもちろんだが、

あやかしたちの輪の中にさえ、積極的に入っていこうとはしなかった。

 

 それに、感情表現もずいぶん豊かになったように思う。


 ああ、そういえば以前のあの子は、昔から見ていた、幼き頃の葉介によく似てい

るのかもしれない。


 そう考えれば、あの子が自分に良く似た葉介に惹かれる気持ちは、わからないで

もない。


 しかしながら、人ならざる者と人間の恋など、この時代に現実にありえることで

はない。


 そりゃあ太古の昔から考えれば、そのような話は幾多もあった。

 しかし、兄妹が御使いとして生まれたときには、もう彼岸と此岸の区別ははっき

りとつきつつあった時代だ。


 人は町を作り縄張りを作り、自分たちとそれ以外のものを区別していった。

結果として、自分たちのような存在は、だんだんと姿を消しつつあった。 

 

 今の葉介を取り巻く状況が、少々……、いや、かなり特殊なのである。


 そんなことを考えながら油揚げを食べていたら、いつの間にか残り少なくなって

いる。

 

 全て平らげてしまっては、妹に怒られるだろうか?

 いやいや、それ以前に、自分の優雅に取り繕った外見に似合わぬ行為と、笑われ

てしまうのではないか?

 そうは思うが、油揚げの誘惑は簡単に振り払えるものではない。

 

 ふむ、あの子はどうせ、葉介殿の家で美味しいお八つを出してもらっているのだ

ろうし、腹を膨らませて帰ってくるだろうから、これは食べられないだろう……。


 そう自分に言い聞かせ、最後の油揚げをほお張った。


 ふう……。


 満腹になり、少しばかり落ち着いたところで、妹のことを考える。


 確かに少し前までならば、自分たちと人間が恋仲になるなどとは、とうてい考え

られなかった。

 しかし、あの猫又が現れてから、世界は少しだけ変わったように思う。


 何より、一番変わったのは妹だ。


 それは兄として、妹が成長する姿を見て、嬉しいような、寂しいような複雑な気

持ちだ。


 自分は、ませた口調に派手な格好をして、男とも女ともつかぬ振る舞いをしてい

る。

 しかしながら、それは決して同姓が好きだとか、色恋話に長けているということ

ではない。

 葉介に好意があるかのごとくからかっているのも、あくまで『ふり』だ。

 本音を言えば、むしろそのようなことに関心が薄いからこそ、花魁のような格好

と立ち振る舞いをして、同性である葉介をからかっているのである。


 もっと言ってしまえば、人間という存在への興味も、さほどあるわけではない。

神使などという立場も退屈なものだったし、人間を守らなければという、使命感が

あるわけでもなかった。



 なぜ、自分たちよりも卑しい存在である、人間を守らねばならぬのか。


 

 そんな立場に反発するように、今の姿や立ち居振る舞いを身に付けた。

他人が驚き、困惑するのを見るのを、密かな楽しみとしていた。


 しかし、葉介たちに出会い、積極的にその中へ入っていく妹を見て、少しだけ自

分の考え方も変わっていったように思う。


 自分には、本当の意味での男女の機微はわからない。

 そう考えると、今まで子供だと思っていた妹のほうが、自分よりも遥かに大人な

のだろう。

 

 やはり少しばかりの寂しさと、自分に無いものを持つ妹をうらやましく思うが、

それでも幸せになってもらいたい気持ちに嘘はない。


 葉介殿ならば、あの子を幸せにできるのでは……。


 そうは思うが、自分の感情を素直に出せる子ではないし、なにより恋敵が多い。

 愚図愚図している間に、取られはしまいかとやきもきするが、肝心の葉介もずい

ぶんな奥手のようだ。

 もどかしいが、そんな葉介だからこそ、あの子も好きになったのだろう。



 人とあやかしの架け橋となる。



 葉介のそんな言葉を聞いたときは、なんと馬鹿げたことをと思った。

しかし、その後の葉介の行動や、彼を信頼し行動を共にするあやかしたちを見てい

ると、もしかしたら現実に起こり得るのではないかとも思う。


 そうして、少しばかり夢想する。


 何年か後、葉介と妹が、生まれたばかりの子供を連れて遊びに来る。



 兄さん、彼女に似て可愛らしい子ですよ。良かったら抱いてやってください。

 

 お、落とすなよ兄ちゃん!違うよ、そうじゃなくて、こうやって抱くんだよ!



 葉介と妹の子なら、きっと可愛い顔立ちをしているだろう。

男の子だと少々頼りなさそうだから、やはり女の子がいいか……。

 

 自然と笑みがこぼれる。

やれやれ、想像とはいえ、自分が人間の子を可愛らしいと思う日が来るとは……。


 そんなことを考えているうちに、ふと気付く。



 なんだ、自分も変わってきているんじゃないか。



 それが良いことなのか、悪いことなのかはわからない。


 ただ、もしも稲荷神様に訊ねたら、にっこりと笑いながら、いつものように言う

だろう。



 お前たちが自分で考え決めたのであれば、それはきっと悪いことではない。



 とりとめも無くそんなことを考えながら、一日を過ごしていた。

気がつけば辺りは朱色に染まり、日も暮れかけている。

 真面目な妹は、夕暮れ時には帰ってくる。

 あまり長居をしては迷惑だろうとも思うが、いっそのこと泊まってきてしまえば

いいのにとも思う。

 

 まあ、それが出来ない子だからこそ、皆と良い関係を築けているのだろうが。


「ただいまー」


 そうこうしているうちに、帰ってきたようだ。


「兄ちゃん、聞いてよ!あいつったらさ……」


 真っ先に葉介の話をするのも、いつもどおりだ。


 しかし、今日は何かが違った。


「ん?」


 何やら鼻をひく付かせると、辺りを探し始め、片隅に放ってあった油揚げの包み

を見付けた。


「あーっ!全部無くなってる!まさか兄ちゃん、一人で食べたのか!?」



 その後しばらく謝り続け、次に油揚げを貰ったときは、全て妹に譲ることで、

何とか許してもらうこととなった。


 やれやれ、こういうところは、まだまだ子供のようだ。

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