四十 密会?
「あのですね、わたしは別に怒っているわけではないんです。ただ、この家には
りんちゃんや、まだ幼い座敷童子ちゃんもいるんです。そういう事は、二人の教育
にもいい影響は与えないと思うんです。」
そう言う雛は、明らかに怒りの表情をしている。
「そ、そうだぞ!小さな子がいる前でそういうことは……、良くないと思うぞ。
も、もちろん僕は怒ってないし、気にもしていないけどな!」
いや、妹狐も露骨に不機嫌そうだ。
「ふむ、葉介とて年頃の男じゃ。たぎる物を発散させるのは大事じゃと思う。しか
し、わらわがおるというのに他の女子を連れ込むのは、いかがなものかと思うぞ」
楓の表情からも、いつもの陽気さが消えている。
そんな女性三人に囲まれた葉介は、針の筵に座る思いで、その中心に正座させら
れていた……。
事の発端は、溯る事半刻ほど前、なにやら深刻な顔をした三人が訪ねて来たこと
であった。
いつものように上がりこみ、茶を出された雛は、それに手を付けもせず、唐突に
口を開いた。
「葉介さん、昨日の夕食後は、何をしていらっしゃったのですか?」
「え?昨晩ですか?」
「はい」
「夕食後は確か……。ああ、座敷童子が姿を見せたので、少し遊んで、それから、
熊吉さんとお雪さんの……、いえ、芝居の筋を書いていましたよ」
「そうですか……」
そう言うと、女三人は顔を見合わせた。
昨日はといえば、夕食後は熊吉と雪を題材にした筋書きを書いていた。
しかし、それがいったいどうしたというのだろうか?
「それでは、一昨日の晩は?」
「一昨日……ですか?一昨日は座敷童子はりんと遊んでたし、私は夕食の片付けを
して、部屋で筋を考えていましたよ」
「う、嘘だ!」
「え?」
いきなり妹狐が叫んだが、いったい何を言っているのだろう?
「実はですね……」
雛が語ったところによると、一昨日の夜、妹狐が『たまたま』散歩で葉介の家の
前を通りかかったという。
「そ、そうだぞ!『たまたま』通りかかったんだ!」
女性陣の妹狐を見る目に、何やら冷ややかなものを感じる。
それはさて置き、その際に中から漏れる光に、確かに葉介が座っているのを確認
したという。
しかし、問題はそこからだった。
座っている葉介の影に寄り添うように、女の影が映っていたというのだ。
「それは、たまたまりんが映っただけではないのですか?」
「確かに、普通はりんちゃんではないかと思うのですが」
しかしながら、その影は高島田を結っていたという。
もちろん、りんも他の三人も、ましてや座敷童子もそのような髪型はしていない。
「もちろん、妹さんの勘違いかもしれませんし、昨晩わたしも様子を見に来たん
です」
そこで、雛が見たものとは……。
そして、現在に至るわけである。
「いや、落ち着いてください!本当に私は何も知りません」
「じゃあ、あの女の人は誰なんですか!?」
「そ、そんなことを言われても……。むしろ私が知りたいくらいです」
さすがに葉介も、身に覚えのないことを説明しようがない。
「葉介。わらわはそなたを束縛しようと思っているわけではない。一夜の契りくら
いはかまわぬと思っておる。しかし、それが幾夜も続くようでは……」
「いやいや、待ってください。本当に知りませんし、そもそも私が女の人に言い寄
られるなんてことが、ましてや、よ、夜這いなど……」
言いかけて、はたと楓を見る。
いや、これでは説得力がないか。
「そ、そうだ!りんに聞いてみればわかるはずです」
「にゃ?昨日も今日も、夜には誰も訪ねて来た人間はいないにゃ。昼間に雛が来た
くらいにゃ」
「ほら!そうでしょう?誰も来てなどいませんって」
しかし、女性陣の疑いの眼差しは消えない。
「じゃあ、りんちゃん。寝るまでの間に、葉介さんの部屋に行ったり、姿を見たり
した?」
「んにゃ?朝起きるまで見てないにゃ」
「ま、まて!お前が蹴飛ばした布団を、直してやったりしていただろう!」
「ふむ、では誰かが嘘をついているということになるの。そもそもわらわは、直接
その女を見たわけではないしな」
顎に手を当てた楓は、ぐるりと一同を見回す。
「ぼ、僕は嘘なんか言ってないぞ!本当に、こいつに寄り添っている女の影を見た
んだ!」
「わ、わたしだってそうです!妹さんに言われて、次の日に覗い……、じゃなく
て、通りがかってみたら、確かに島田髷の女の人の影が見えたんです」
「わ、私だって嘘など言いません!そもそも、女性経験だってまだ……」
「「「え!?」」」
三人の声と視線が揃う。
「そ、そうですか……じゃあ、初めてはわたしと……」
「ぼ、僕は別に興味ないし、どうでもいいけど……」
「なんじゃ。それならわらわが教えてやるのに……」
三人が何やらつぶやいているが、一斉に声に出しているので、何を言っているの
かはよく聞き取れなかった。
しかし、年の功か楓はいち早く冷静になると、
「とにかく、その場に居合わせていないのはわらわだけじゃ。もう一度公平に皆の
話を聞こうぞ」
その後、あらためて一同の話を聞くと、
一番最初に女を見たという、妹狐は言う。
「僕は嘘なんか付いていない。確かに見たんだ!障子に女の影が映っているのを」
第二発見者である、雛の弁は、
「わたしも次の日、妹さんに聞いた日の夜に、確かに見ました。障子に、高島田を
結った女の人の影が映っていました」
罪状を疑われている、葉介の弁明は、
「私は一人で仕事をしていました。その間は、誰とも会っていません」
そして、もっとも現場近くに居合わせた、りんの証言は
「夜は、誰も人間は訪ねて来てないにゃ」
皆、当初からの話に矛盾は無い。
それに普段から、誰も嘘をつくような者たちではない。
「なるほど……。二人は直接女の姿を見たり、声を聞いたわけではないのだな?」
「は、はい」
「それはそうだけど……」
しばらく腕組みをして、考えていた楓であったが、
「ふむ、おそらくじゃが、謎は解けた」
「え!?」
「本当ですか?」
「だ、誰が嘘を?」
楓は、雛と妹狐を見ると、
「まあ待つのじゃ。雛と狐御は、確かに障子に映る影を見たのじゃな?」
「はい!」
「うん!」
次に、葉介のほうを向き、
「葉介は確かに一人で仕事をしておったと?」
「はい、そのとおりです」
最後に、楓はりんに向き直ると、
「先ほどの証言を、もう一度言うてくれぬか?」
「にゃ?」
「ま、まさかりんちゃんが嘘を!?と言うことは、りんちゃんが変装をして……、
じゃ、じゃあ葉介さんと共犯……」
「まあ落ち着け。りんよ、先ほど何は訪ねて来なかったと言った?」
「人間は訪ねてこなかったにゃ」
「「「え?」」
雛と妹狐の声が揃う。
「と、いうことは、まさか……、あやかし?」
「そうじゃ。それに、おそらく特徴からして、葉介自信も気付いておらぬのも無理
はないだろう。りん、人間以外の、何は訪ねて来たのか教えておくれ」
「その障子の中に、影だけの奴が遊びに来てたにゃ。あのちび介が喜ぶから、影絵
の真似させて遊んでたにゃ」
結論からいえば、女の正体は『影女」というあやかしであった。
特に悪さをするわけでもなく、実体があるわけでもない。
ただ月明かりで、障子に自分の影を映すだけのあやかしである。
さすがに雛と妹狐はばつが悪そうであったが、楓が言い放った、
「ふふ、葉介。初めてでも、わらわがじっくり教えてやるゆえ、心配要らぬぞ」
という一言で、いつもの元気を取り戻したようで、仲良く!?喧嘩をしている。
まあ、今回は楓に感謝である。
さしずめ『名奉行 天狗の楓様』といったところだろうか。
ちなみに、木霊は影女が現れていたことを、とっくに知っていたようだった。
なぜ教えなかったのかという問いには、しれっと一言、
「お前さん方を見てるのが、面白かったからじゃ」
その後、影女は影絵がお気に入りとなった座敷童子の遊び相手として、しばしば
現れているのを見かけるようになった。




