三十九 座敷童子
「子供……ですか?」
「はい、そうなんです」
「確かに子供のあやかしというのも、いろいろ存在するとは思いますが……」
はて?最近同じようなやり取りをした気がするが……。
そんなことを思いながら、雛の持ち込んだ話を聞いていた。
そういえば、あの時は子供は子供でも、子狸だったわけだが。
「葉介さんは、町外れの空き家をご存知でしょうか?」
「ああ、確か二、三年前に一人暮らしの爺様が亡くなって以来、誰も住んでなかっ
たあの襤褸……、空き家ですよね?」
正直に出かけた言葉を飲み込み、慌てて訂正をする。
確かに襤褸屋敷には違いないが、住んでいた人にすれば思い入れのある場所かもし
れない。
「息子さんがいらっしゃるらしいんですが、なんでも京に住んでいて、とてもこち
らに戻ってこられる状況ではないらしくて」
なるほど。空き家ではあるが、所有者がいる以上勝手に扱うわけにも行かず、荒
れ放題ということらしい。
「そんなお家ですから、面白がった子供が時おり入り込んで、遊んでいたらしいん
です。でも……」
雛の語ったところによれば、いたずら半分で忍び込んだ子供たちの多くが、不思
議な目に遭ったという。
ある子は、剣術ごっこのために持っていた棒切れを置いておいたら、帰る時には
無くなっていたという。
またある子は、お八つにと懐に忍ばせていた飴玉が、いつの間にか消えていたら
しい。
それだけならどこかで落としたか、子供の記憶違いかとも思えるが、なかには遊
んでいたら、知らない子供が混じっていたという。
初めに遊んでいた人数より数は増えているのだが、誰の顔を見ても知っている子
しかいない。
怖くなった子供たちは、慌てて外へ逃げ出した。
しかし、逃げ出した先で人数を数えると、最初に遊んでいた数と変わらなかったと
いう。
ただ、何度皆の顔を見直しても、誰がいなくなっているのかはさっぱりわからな
かったらしい。
「それでですね、その……、前回の葉介さんと、りんちゃんの活躍を聞いた町の人
たちが……」
目を伏せ、言い辛そうな雛の様子を見て事情を察した。
まあ、また自分とりんに解決をして欲しいということなのだろう。
怪退治屋と思われているのは少々不本意だが、自分たちが活躍することで、良い
あやかしがいると思ってもらえれば、それはそれで悪いことではないはずだ。
「わかりました。一度様子を見に行ってみます」
「あ、ありがとうございます。ごめんなさい、こんなことをお願いしてしまって」
恐縮する雛だったが、葉介は思い当たる事があった。
幼き頃に聞いていた不思議な話。それに、この話を聞いても木霊が出てこないこ
とで、確信にも似たものを感じていた。
危険なものであれば、木霊は何かしらの助言をしに出てくるはずだ。
「大丈夫ですよ。少し思い当たることもあるので、今日の夕方にでも出向いてみよ
うと思います」
夕刻、葉介と雛は件の屋敷の前にいた。
「あ、あの、本当にりんちゃんも連れてこなくて良かったんでしょうか?」
「はい、子供という意味では、りんを連れて来たほうが良かったのかもしれません
が……。ただ、あいつはやりすぎるかもしれないし、それに今回のことも、きっと
人間と一緒に遊びたかっただけではないかと思うので」
「人間と……遊ぶ?」
雛は不思議そうな表情だ。
「それに、そいつがきっと役に立つと思いますよ」
「はあ、こんなものが……ですか?」
雛が抱えているもの、それは、手毬であった。
あの後雛に聞いたところ、運良く子供の頃遊んでいた物が、押入れに眠っている
という。
そもそも、今回の件は葉介一人で来るつもりであった。
葉介には今回の不思議についての確信があったし、木霊が何の反応も見せないこ
とも、自信を裏付けるものであった。
しかし、なぜか雛は一緒に行くと言い張り、半ば強引についてきた。
きっと、役目を押し付けてしまったことによる罪悪感があるのだろう。
ただ、葉介にとってはありがたいことである。
本を読む以外は、熊吉に引っ張りまわされて、外を走り回るくらいしか子供らし
い遊びを知らない葉介より、女の子の雛のほうが、それらしい遊びを知っているだ
ろうと思ったからだ。
「では、行きましょうか」
揃って屋敷に足を踏み入れる。
別段不気味さを感じさせる屋敷ではないが、あやかしがいるかもと思うと、緊張
するのだろう。
雛は葉介の腕を掴み、不安げに体をくっつけてくる。
「だ、大丈夫ですよ。もう少し離れていただいても……」
しかし、雛はさらに体を密着させてくる。
いや、これは怖いからなのだろう。
妙な気を起こしそうな自分を戒め、周りの様子を伺う。
薄暗い廃屋の中は、別段変わったことは無かった。
自分の勘繰りすぎだったかと思った時、隣の部屋の襖を横切る影が見えた。
「ひっ!」
「だっ、大丈夫です。落ち着いてください」
葉介とて少々不安だが、怯える雛をなだめ、影が動いた先を凝視する。
しかし、そこには何もないように見える。
と、思えたが
くすくす……、ふふふふ………、あははは………………。
かすかな笑い声が聞こえる。
声と共に、襖の端に着物の裾が見えた。
「よ、葉介さん……!」
「心配はいりません。さあ、その手毬をついて、数え唄を唄ってください」
「は、はい……」
雛は怯えながらも、葉介の言うとおり毬をつきながら唄い始めた。
『ひとつ数えて幼子の~…………』
それは、とても綺麗な唄声であった。
初めて聞いた葉介が、驚くには十分なほどに。
しばらく聞き惚れてしまった葉介だったが、少ししてそれは自分だけでは無かっ
たことに気付いた。
見ると、いつの間にやら雛の周りを、唄に合わせ五、六歳ばかりの女の子が跳ね
回っている。
おかっぱ頭に花飾りを付け、朱色の着物を着た女の子は、雛が毬を突く度に、そ
れに合わせて楽しそうに体を上下させている。
「よっ、葉介さん……!!」
「大丈夫です。続けてください」
不安げに葉介を見る雛に伝える。
「この子は、座敷童子です」
その後、唄を聞き終わった座敷童子は、雛に向けて両手を差し出した。
不安げに葉介を見る雛に、葉介はうなずく。
「はい、渡してください」
雛から毬を受け取った座敷童子は、器用につきながら屋敷の中を走り回る。
「座敷童子って、家に幸運をもたらすっていう、あの……?」
「はい。本来は、子供にしか見ることのできないあやかしらしいのですが、私たち
にとっては見えても不思議はないのでしょう」
座敷童子の話は、あまりにも有名だ。
住む家に幸運をもたらし、居なくなればその家は潰れてしまうという。
しばらくして、毬遊びにも飽きたのか、座敷童子は葉介の膝や背に登って遊び始
めた。
葉介は、すっかり暗くなってきたために灯をいれた提灯を利用して、両手で狐や
鴉の影絵を作って遊んでやっている。
それが面白いのか、座敷童子は二人の周りを飛び跳ねるようにしている。
ひとしきり遊んだ後、帰ろうとする葉介の裾を掴んで話さない座敷童子をなだめ
て、屋敷を後にする。
あやかしの正体もわかったし、いつまでもここにいるわけにもいかない。
「あの子は、きっと寂しかっただけなんだと思います」
「はい」
「爺様が亡くなって、一人ぼっちになってしまって、子供たちがたまに忍び込んで
くるのが嬉しかったんでしょうね」
葉介は少し考えた後に言った。
「雛さんには申し訳ありませんが、今回は、解決できなかったということにしても
らえませんか?もちろん、座敷童子のことも内緒で」
「葉介さん?」
「座敷童子が住む家となれば、すぐにでも欲しがる人はいるでしょう。ただ、それ
は決して良い人ばかりとは限りません。欲に目がくらむ人たちだって……」
「はい、わかります」
「あの子には寂しい思いをさせてしまいますが、本当にあの家を気に入った人が住
んでくれたほうが、あの子も喜ぶでしょうし……」
「そうですね。わたしもそれがいいと思います」
そう言って雛は微笑むと、
「それに、いいものも見られましたし」
「いいもの……ですか?」
「はい、あの子と遊ぶ葉介さんは、まるで優しい父親みたいで……。葉介さんは、
将来素敵な旦那様になるんだろうなって。そ、それに今日横にいたのは……」
言いながら雛は、自分が何を言っているのか気付いたようで、下を向いて黙って
しまった。
さすがに葉介も、雛の言わんとすることに気付いた。確かにあれは、若夫婦が
子供と遊んでいるかのようだった。
なんとなく気まずいまま、やがて雛の家に着いた。
「で、では雛さん。また明日」
「は、はい。送っていただいてありがとうございました」
そして、葉介も家に着いた。
「ただいま」
「おーっ。帰ったにゃ?……ん?そのちび介は何にゃ?」
「は?」
りんの言葉に、その視線の先を見ようと振り返る。
「なっ!」
そこには、いつの間に後をついてきたのか、葉介の着物の裾を握り締めた座敷童
子がいた。
その後、葉介の家で、時おり子供の影を見かけるという者が幾人か現れた。
そして、葉介がりんに手を出して、子供を産ませたという噂が流れるのに、そう長
い時間はかからなかった。
ちなみに、あの空き家は座敷童子のいなくなったすぐ後に、持ち主が取り壊して
しまったらしい。
それがたまたまだったのか、座敷童子が出て行ってしまったからなのかは、誰に
もわからないが……。




