三十八 紙舞
千本鳥居のある神社から帰ってきて、幾日かが過ぎようとしていた。
その間しばらくは、葉介はほとんど家にこもり切りだった。
本腰を入れて、頼まれていた大掛かりな芝居の筋を書こうと思い立ったのだ。
何を題材に書こうか、悩んだ末に葉介が選んだもの。
それは、今までの葉介では絶対に書こうとしなかった物語、
『人とあやかしの恋物語』である。
今までは、あやかしが人を化かす話、人とあやかしが協力し、夜な夜な江戸の町
に現れる辻斬りを退治する話など、あやかしを紹介する話や、印象を良くする話を
考えていた。
そういった話で、あやかしが恐ろしいものではないと、人々に知ってもらうめ
に。
しかし、先日のりんとの騒動や、妹狐や楓との出会いが、葉介に変化をもたらし
たのかもしれない。
自分とは無縁と思っていた、恋物語など書いてみようと思い立ったのである。
とはいえ、生まれてこの方、そのような浮ついた話とは縁が無い。
さて、どうしようかと悩んだ末、とりあえずは主役と、大筋を考えてみる。
まず、主人公は物書きを目指す少年。
いや、あの役者の歳で少年は少し厳しいか……。
では、青年ということにしよう。
次に、青年と恋に落ちるのは、この世を恨んで化けて出た、化け猫の少女。
少女が青年と出会い過ごすうちに、いつしかこの世への恨みを忘れて、やがて成仏
する悲恋物……。
いや、悲恋というのは何か可哀想だし、青年といい化け猫といい、まるで自分が
りんを意識して書いたようではないか。
とりあえず却下し、半紙を後ろに放り投げて、それではと次を考える。
そうだ、では化け狐の少女というのはどうだろう?
狐は、ある時見かけた青年に一目惚れし、人間に化けて会いに行く。
うまく知り合いになることができ、幸せな日々を送っていたが、やがて人々に正体
がばれた狐は、町の人々に殺されそうになる。
しかし、青年が狐を助け出し、お互いの気持ちを知って大団円、というのは。
ふむ、悪くないぞ。
しかし、狐か……。
うーん、これも何か勘繰られそうで良くないな。
再び半紙を後ろに放り投げる。
では、妙齢の女天狗というのはどうであろう?
山中に迷い込んだ青年が、人を信じられず天狗となった女性に出会う。
最初は、神聖な山に入り込んだ青年を、殺してしまおうと思った天狗だった。
しかし、青年の優しさに触れ、共に暮らすうちに、やがて恋に落ちる。
いつしか青年も彼女に惹かれ、自らも天狗となって幸せに暮らす……。
いや、天狗になるのは飛躍しすぎか?
それに、楓に見られたら、葉介も本当に天狗にさせられそうだ。
またぞろ半紙を後ろに放り投げる。
いっそのこと、あやかしは賑やかしとして、人間の少女との恋物語にしてみよう
か。
近所に住む幼馴染の少女。
よき友人だとお互いに思っていた二人だったが、美しいあやかしたちに誘惑され
る青年を見て、自分の本当の気持ちに気付いた少女が……。
いや、これでは、あやかしの立場が無いな……。
物書きの青年というのも、まるで自分のことをいっているようで気恥ずかしい。
それに、どれを書いても、角が立って危険な気がする。
葉介の本能が、そう告げている。
しかし、恋愛経験の無い葉介に、そうそう色恋話は思いつかない。
やがて、書いては放り投げを繰り返した半紙が、畳の上に散らばり始めた頃、
「ごめんください」
「葉介、おるのか?」
「お、お邪魔するぞ」
三人の声が聞こえた気がするが、構想に夢中になっている葉介は聞こえたよう
な、聞こえていないような状態であった。
「おー。よく来たにゃ。葉介は今、なんか字をいっぱい書いてるにゃ。あたしは読
めないからわかんにゃいけど、まあ上がるにゃ」
なかなか、思いつかない。
一度休憩して、茶でも飲もうかと思った時、背後でガサガサという音がするのに気
付いた。
「ほほう、なるほど。葉介はわらわと共に、天狗になって生きたいのか。なに、か
まわんぞ。その気があるなら天狗の霊薬ですぐにでもなることは可能じゃ」
「よっ、葉介さん。わ、わたしのことを、こんな風に思っていてくださったなん
て……」
「おっ……、お前!僕に、こんないかがわしいことを考えていたのか!?」
し、しまった。
葉介の顔から血の気が引くが、いまさらどうこうできるものではない。
「そ、それで、どのお話を書かれるんですか?」
「もちろん、わらわとの幸せに暮らす未来であろう?」
「ぼ、僕との大団円なんて、気味が悪いから書くんじゃないぞ!ぜ、絶対だから
な!」
ああ、こうなった以上、誰の話を書くか決めないと、収まりそうにない。
さらに、続く楓の言葉が混乱に拍車をかけた。
「続きは、この紙切れの山に埋もれておるのではないか?」
もはや収集がつかない。三人の女は半紙と埃が舞い散る中、自分が書かれたお話
を探す。
いや、まだそんなものはないのだが……。
そして、悩んだ葉介が出した答えとは……、
「み、皆さん。聞いてください!じ、実はもう、どんな話を書くか決まっているん
です!」
床をあさっていた三人の動きがピタリと止まり、六つの目が一斉に葉介を見据え
る。
少々怯えながらも、葉介が出した答えとは……、
世間では乱暴物と思われているが、実は心優しい男が、ある日あやかしとは知ら
ずに雪女を助けた。
そんな彼に一目惚れして人里に下りてきた彼女と、あやかし嫌いだったはずの男
が、お互いに不器用ながら、少しずつ愛を育んで行く物語であった。
それを聞いて、一同は静かになる。
さすがに雛は、熊吉と雪にうまく行ってほしいと思っているようで、文句を付け
るわけにもいかず、複雑な表情だ。
妹狐は、自分が書かれるのは恥ずかしいが、まわりの女性達が書かれるのはお気
に召さないようで、どちらでもないのがわかると、安堵したような残念なような、
妙な表情だ。
楓はといえば、もともと皆をからかって楽しんでいた節があるので、葉介の落と
し所を楽しみにしていたようだ。
りんは、楓の土産に夢中で、我関せずであった……。
後に、木霊は語ったという。
三人の女が、自分のことが書かれた半紙を探して床をあさり、散らかった紙がそ
こら中に舞い散る様は、あやかし『紙舞』のようであったと。




