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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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三十七 千本鳥居

 憂いを帯びた真剣な顔で、葉介を真っ直ぐに見つめてりんは言った。


「あたしは葉介が好きにゃ。つがいになってもいいって思うくらいには好きにゃ」





 事の起こりは、たまにはりんに違う町も見せて、社会勉強をさせたいと思ったこ

とだった。

 そう思った葉介は、朝からりんを連れて、いくらか離れた町へと出かけた。


 その町を選んだ理由は、狐の兄妹が住むものよりも、大きな神社があること。

そして、そこに少しばかり不思議な謂れがあることだった。


 その神社は、千本鳥居と言われる幾重もの鳥居が立ち並ぶことで有名だ。


 もちろん、本当に千本も鳥居が立ち並んでいるわけではない。せいぜい数十本と

いうところであろう。

 しかし、時おりその鳥居の中に囚われたように、出られなくなる人が現れた。

 彼らは一様に、ひたすらに彷徨いようやく出られた時は、まるで千本の鳥居を潜

り抜けたようだったと語った。


 そんなことが幾度かあって、いつしか人々はその鳥居を、千本鳥居と呼ぶように

なったという。


「おーっ、面白いにゃ。たくさん棒が立ってて、ちび狐たちの住んでる所よりおっ

きいにゃ」


 自分のほうが小さいくせに、狐たちをちび呼ばわりしながらもりんはご機嫌だ。

 りんの後を追い、葉介も鳥居を潜る。

この神社にも、御使いがいるのだろうか?などと考えながら。


「へえ、さすがに評判になるだけのことはあるな。見事な鳥居だ」


 葉介たちは、立ち並ぶ朱塗りの鳥居の下を歩いていた。

りんはほとんど走るような足取りだが、右へ左へと寄り道をするので、真っ直ぐ歩

く葉介と進む速度はあまり変わらない。


「あんまり走り回ると、疲れて帰れなくなるぞ」


 などと、りんには無用な気遣いか。

この娘の体力は尋常ではないしな。


 しかし、さすがに鳥居を抜けるのに長すぎないか?

葉介のほうが歩き疲れてきた。


「りん、待ってくれ。少し休憩しよう」


 脇道にある床机に腰掛ける。

 それにしてもいい天気だ。初冬の肌寒さもあり、これだけ歩いても汗だくになる

こともない。

 まあ、いい運動をしたことだし、後でりんに土産を買ってやるかと決めて、再び

歩き出す。




 それにしても長い道のりだ。


 しばらく歩き、床机に腰掛け二度目の休憩を取る。

そして再び歩き出そうとしたとき、そのことに気付た。


「この床机台……?」


 葉介が腰掛けていた床机の、欠けていた部分に見覚えがある。

 先ほどの床机台は、欠けていた部分の形が、まるで鼠が齧ったかのようになって

いて、印象的でよく覚えている。

 そして、今回腰掛けているものも、ほとんど同じ欠け方をしている。


「まさか……」


 千本鳥居の謂れが頭をよぎる。

まさか、自分たちが嵌ってしまったのか……?


「りん、少し急ぐぞ!」


 りんの手を取り、真っ直ぐに歩く。

そして、しばらく先にあったものは……。


「同じだ……」


 進んだ先にあったもの、それは先ほど腰掛けた床机台と、寸分変わらぬもので

あった。


「しまった、油断したか……」


 右へ左へ、前へ後ろへ、はたまた植え込みを掻き分けと、さまざまな道筋を辿り

脱出を試みるが、まるで抜け出せる気配がない。

 結局は見慣れた場所へ戻ってくるだけである。

 狐や狸に化かされているのかと思い、眉に唾を塗ってみるが変化はない。


 そうこうしているうちに、やがて日は落ち、三日月が顔を出した。

 季節はすでに冬に差し掛かっている。夜は冷え込むし、野宿の用意などしている

はずもない。 


 朝になればなんとかなるかも知れないと思い、夜通し歩き続けたが、結局はそこ

から抜け出せない。


 朝日が昇り、どうにもできないまま、やがてまた日が落ちる。


「腹減ったにゃ……」


 さすがのりんも空腹には勝てないようだ。辛そうな素振りを見せる。


 そして完全に日が落ち、再び夜が訪れる。

 ほぼ二日間歩き続けたこの体力では、もう夜通し歩くのは無理だろう。かといっ

て、下手に眠ってしまえば凍死しかねない。


 りんを見ると、今までに見せたことのないような、不安げな表情をしている。

心なしか、もじもじと落ち着きもない。

 やはり不安なのだろう。


 その顔を見て決意する。自分がりんを守らねばならぬと。

それに、一つ思い付く。いや、思い付いてしまったと言うべきか。


 これがもし、自分に引き寄せられたあやかしの仕業なら、自分がいなくなってし

まえばこの檻は無くなり、りんは開放されるのでは……? 


「りん、寒いだろう。おいで」


 自分の体温で、りんを暖めようと考える。


 しかし、りんは表情を変えず近寄ってこない。

そんな態度に、りんが今までに無い不安を感じているのだろうと思った葉介は、


「大丈夫。怖くなんてないよ。私がお前を守ってやるから心配しなくていい。

それに、もし私が死んでも、おそらくお前は助かるから大丈夫だ」

 

 りんを心配させないように、極力穏やかに伝える。

むろん葉介とて死にたくはない。

 ただ、今はなぜか自分がどうなろうとも、りんを助けたいと思う気持ちが強い。


 しかし、りんの返答は葉介の予想を裏切るものだった。

憂いを帯びた真剣な顔で、葉介を真っ直ぐに見つめてりんは言った。


「別に怖くなんてないにゃ。だって葉介が一緒にいるからにゃ」


 そして、続く言葉に葉介は驚いた。


「葉介が死んじゃうなら、あたしはこの世界から消えてもいいにゃ。もし葉介がい

なかったら、あの路地裏でとっくに死んでたにゃ。だから、葉介がいないところに

なんか、いたいって思わないにゃ」

「りん、お前……」

「あたしは葉介が好きにゃ。つがいになってもいいって思うくらいには好きにゃ」


 言葉が出ない。


 葉介も真っ直ぐに、りんを見つめ返す。

まさか、りんにこんな感情があったとは思いもよらなかった。


 この娘は、妹のようなものだと思っていた。

 人とかあやかしとかは関係なく、まだ幼さの残る少女に、そのような感情を抱い

てはならない、抱くはずはないと。


 いや、そう思い込もうとしていたのかもしれない。


 初めてりんを見たときに、そのあまりの美しさに、この世のものとは思えぬ雰囲

気に、惹かれたはずだ。

 だからこそ、厄介を承知で、危険かもしれないのを承知で、りんを助ける決意を

したのではないか。


 胸のあたりが、早鐘のように鳴り響いている。自分でも気付かぬうちに、りんに

向かい両手を差し出していた。

 その手が届く直前、りんが再び口を開く。


「あと、雛も楓も好きにゃ。あいつらとも、つがいになってもいいにゃ。あとは、

ちっこい狐も嫌いじゃないから、なってやってもいいにゃ」


 すっ転びそうになった。


 まあ、それはそうだろう。急に大人になるわけがない。変に成長するより、今ま

でどおりのりんが、一番いいのだろう。 

 ほっとしたのか残念なのか、自分でもよくわからない感情のまま、とにかく解決

方法を探さねばと思ったとき、りんの一言で再び葉介は動揺した。


「でも、葉介とつがいになりたいって思うときは、雛や他の皆と違うにゃ。葉介の

ことを考えるときは、飯やお八つの味がよくわからなくなるにゃ。それに、この辺

が急に早く動き出して、苦しくなるにゃ」


 そう言うと、りんは両手で胸を押さえた。


「りん、お前……」


 気付いた時には、腕の中にりんがいた。

抱きしめた際に、首元の鈴がかすかに鳴った気がした。


「にゃ?苦しいにゃ!」

「す、すまない。しかし……」

「でも、すごくあったかいにゃ。あの時みたいにゃ」


 そう言ってりんは微笑んだ。

その顔は、見たこともないほど魅力的だった。


 銀色の髪が、葉介の頬をくすぐる。


 だめだ、頭がくらくらして冷静でいられない。さらにきつく抱きしめる。


「りん、わ、私は、お前が……」


 しかし、その後のりんの反応は、さらに予想外のものだった。


「……るにゃ……」

「え?」

「もう、ここでするにゃ!」

「す、するって!?ば、馬鹿なことを言うんじゃない!お、お前はまだ子供なんだ

し、それに私にも心の準備が……」


「出るにゃ!もう駄目にゃ!」

「え……?出るって……?」

「もう漏れそうにゃ!厠が無いからここでするにゃ!」


 一瞬何を言っているのか理解できなかったが、自分の盛大な勘違いに気付いた

葉介は、真っ赤になると、


「ま、まて。もう少し我慢しろ!せめてどこか草むらを見つけてから……」


 しかし、りんは止まらない。

すでに半分着物を脱ぎかけていたが、


「わーっ!何してんだよ!待て待て待て!」


 自分たちのものではない叫び声と共に、目の前の景色が消えうせる。


「え!?」


 気付けば、周りは迷い込んだ時と同じく、お天道様が空高く昇っていた。

あれほど感じていた寒さも空腹も感じない。

 

 そして、目の前には十歳ばかりの男の子が立っていた。


「お、お前!神聖な稲荷神様の御前で、なに小便しようとしてんだよ!まったく、

とんでもない罰当たりだな」


「え?」


 目の前の光景にしばし思考が止まるが、まさか、この子は……。

そう思った矢先、


 ゴチーン!!


 空から、縦横とも一間あまりの巨大な握りこぶしが現れたかと思うと、男の子の

頭に拳骨を食らわせた。


 「くぉらぁ!お主はまた、いたずらばかりしよってからに!」

 「びえ~っ!!」


 拳骨を食らった男の子は、煙と共に子狐に変身すると、泣きながら走り去って

いった。

 唖然とする葉介に、どこからか声が聞こえる。


「いやいや、すまんの。あ奴は御使いとはいえ、まだまだいたずら盛りの子狐で

の。まあ、子供のすることと大目に見てやってくれんか」


 なるほど、御使いの神通力では眉唾など効果はないのだろう。


「い、いえ、それはかまいませんが、あなたはもしや、この神社の稲荷神様……」

「いかにも、儂はこの地の稲荷じゃ。かの地の稲荷より、お前さん方のことはよう

聞いておるよ。今後困ったことがあれば、いつでも訪ねてくるがよい。今回の詫び

じゃ」 

「あ、ありがとうございます。何かあれば、頼りにさせていただきます」

「うむ、かの地の稲荷によろしくの」


 挨拶をし、立ち去ろうとした葉介だったが、りんがいないことに気付く。


「おい、りん?」

「ふい~、すっきりしたにゃ」


 草むらから満足そうな顔で、りんが出てきた。


「「…………」」

「あの……、申し訳ありません……」

「い、いや、あの子狐のせいじゃからの……」


 別れ際は、少々気まずいものとなった。



「まったくお前は……。神様の前でなんてことするんだよ」

「漏らすよりはいいにゃ」


 しかし、何気ない風を装っているが、葉介の胸の内は複雑だ。

りんの言葉は、どこまで本気なのだろうか?

 

 自分の気持ちを見定めろと言う兄狐の言葉の意味が、少しだけ理解できた気がす

る。


 後ろから見つめていると、不意にりんが振り向いた。


「でも、葉介にぎゅってされた時は、あったかくて気持ち良くて、何にも怖くな

かったにゃ」


 不意打ちの言葉に、葉介の鼓動が高まる。


「ば、馬鹿!そんなことを、雛さんたちの前で言うんじゃないぞ!」


 この日以来、葉介のりんを見る目が少しだけ変わった。


 ちなみに、この出来事は翌日にはりんの口から雛、妹狐、楓に語られたという。

その後の葉介の苦労は、ご想像にお任せする。

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