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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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三十六 雪女

 それは、秋も終わりに近付き、木枯らしが吹き始めた頃であった。


 葉介宅では、いつものように雛が訪れ、家事をしてくれている。


 最近は見よう見まねだが、りんも少しずつ手伝いをするようになってきた。


 もっとも、最期までやりきらぬうちに飽きてしまうのだが……。


 まあ、少しずつではあるが、成長しているのを褒めるべきだろう。


「ああ、雛さん。疲れたでしょう。お茶を入れますから休んでください。よかった

ら饅頭もありますので」

「ありがとうございます。それじゃあいただきますね」

「やったにゃ!お八つにゃ」


 今までなら、お前は何もしてないだろうと言うところだが、まあ今回はいいか。


 そんな時、


「ごめんください。主殿はおいででしょうか?」


 玄関から声が聞こえる。


「あ、わたしが出てきますね」


 雛は立ち上がり歩いて行く。なんだろう。まるで新婚夫婦のようじゃないか?


 そんな想像をし、顔がにやけてしまう。


「葉介さん。お客さんです……」


 しかし、そんな顔も一瞬で引きつってしまった。


 戻ってきた雛は、さっきまでご機嫌だったのもどこへやら、明らかに冷気を発す

る瞳で葉介を見据えている。


「わ、私に客ですか?あ、狐さんですか?」

「いいえ、とてもお綺麗な妙齢の女性です。あんな方とお知り合いなんて、一度も

聞いたことはありませんけど……。どこでお知り合いになった方でしょうか?」

「え?いやいや!私にそんな知り合いなど……」


 雛から逃げるように、慌てて玄関へ出てみる。すると……、


 そこに立っていたのは、雛の表現が誇張でないというのが一目でわかるほどの美

女であった。


 腰まで垂れた髪は真っ白であるが、決して老人のものではない。艶やかに光を反

射している。


 瞳は真紅に染まり、雪のように白い肌と相反するように輝いている。


 この寒い時期だというの、着ているのは薄手の生地で、白地に紫がかった着物で

ある。右手に持っているのは、少々不釣合いな安っぽい日傘であるが。


 楓とは少し違うが、どちらも同じくらい美しい。


 ただ、何だろう?この世のものとは思えない美しさに、違和感を感じる。


 それに、先ほどから何かを警戒するように、葉介の背筋に悪寒が走っている。


「そ、それで、私に御用とはいったい?」


「突然お訪ねし申し訳ございません。申し遅れました。私は『雪』と申します。

人の世界では『雪女』と呼ばれております」


 美女の突然の発言に、玄関先まで来ていた雛と顔を見合わせる。


 確かに、雪女と言われれば、先ほど感じたものには納得ができる。


「実は、主殿にお願いがあって参りました」


 お願い?なんだろう、まさか、楓のときのように自分を攫っていく気では?


 しかし、雪女は雛の方をチラリチラリと見ている。


 そして、意を決したように、


「妹さんがこの場にいるのも、何かの縁かと存じます。じ、実は、その……、

く、く、熊吉様に、わ、私を紹介していただけぬかと……」


「「はあ!?」」


 驚きのあまり、雛と声が揃ってしまった。




 その後、恥ずかしさのあまりか、真っ赤になり倒れてしまった雪女を家に運び入

れ、ようやく落ち着いたところで話を聞く。


「も、申し訳ございません。私は暑さに弱いもので……」


 しかし、熊吉を紹介とはいったい……?


「じ、実は……」


 雪女の語ったところによると、なんでも先日の涼しくなってきた折に、山から下

りて町の散策を楽しんでいたのだという。


 しかし、まだ秋の中頃であったため、昼間は思ったより気温が上がり、暑くなっ

てきたらしい。


 耐えられなくなった雪女は、とある店先で動けなくなってしまったという。


 すると、そこの店主が店の奥に運んでくれ、たらいに水を張り足を冷やし、首筋

や額に濡れた手拭いを掛けてくれ、介抱してくれたのだという。


 帰り際には日傘を貸してくれ、


「別に安もんだし、俺が使うこともねぇから、無理に返しに来んでもいい。だいた

い、おめぇは栄養が足りてねえんじゃねえのか?どこぞの青瓢箪みてえに真っ白だ

ぞ。これでも食って栄養を付けろ」


 と、魚の干物を渡してくれながら毒づいたという。


「ま、まさかその店とは……?」

「お、お兄ちゃん……?そう言えばその日傘、見覚えが……」

「はい……」


 信じられない、あの熊吉が。この人を連れ込んで襲ったというのならまだしも、

そんな人助けをするとは……。


 しかし、顔を赤らめ恥ずかしそうにうなずく雪女を見る限り、事実なのだろう。


 しかも、この態度は、もしや……。


「それで、紹介をしてほしいと?」

「はい、せめてお礼を言いたいのですが、なにぶん恥ずかしくて……」


 なるほど、事情はわかった。しかし……。


 葉介とて雪女の伝説は知っている。人間と交わりを持つことも。


 だが、多くは氷付けにされて殺されてしまうお話だ。果たして、熊吉を紹介して

いいものなのか……。


 悩んだ末に、葉介は木霊を呼び出し、皆の前で正直に心配事を話す。


「そ、そんな……。私は決してそのようなことは……」


 雛も葉介の話を聞き、さすがに悩んでいるようだ。


「なに、心配いらんよ。雪女は本来、人と子を成すほど情の深いあやかしじゃ。

この娘からも邪気は感じられんしな」


 それに……、と


「ちょっとこちらへ来なされ」 


 と雛を呼び寄せると、なにやら小声でささやいている。


「それに、この娘の気配は、お前さんや狐の妹から発せられるものと、おんなじ匂

いがするからのう」


 よく聞こえないが、雛が突然真っ赤になると、


「わ、わーっ!わーっ!」


 なにやら叫んでいる。いったい何だろう?


 少しして落ち着いた雛は、


「わかりました、協力します。そもそもお兄ちゃんを気に入ってくれる人なんて、

この先現れるかどうか。それに……」


 ちらりと葉介を見ると、なにやら小声でつぶやいている。


「お兄ちゃんが雪さんに夢中になれば、私に干渉することも少なくなるんじゃ?

それに、自分に恋人ができたら、わたしと葉介さんのことにも寛容になって……」


 雛が普段見たことの無い表情で笑っているが、見なかったことにしよう。


 


 店が暇になる頃合を見計らって、熊吉を訪ねる。ちなみに、りんは来なかった。


 雪女は恥ずかしいのか、ずっと葉介たちの後ろに隠れたままだ。


「お兄ちゃん。お客さんを連れてきたよ」

「ああ?客?客なら勝手に見ていってくれればいいぞ」

「違うって。お兄ちゃんのお客さんだよ!」


 熊吉も雪女に気付いたようだ。


「ああ、あんたか。傘なんぞいらねえって言ったのにな」


 どうやら覚えているようだ。この男のことだから、忘れているかもしれないと

思っていたが。


 しかし、こんな美女を目の前にしながら、この男の態度の変わらなさは何なのだ

ろう。


「そ、その節はありがとうございました。おかげで助かりました」

「別に、たいそうなことはしちゃいねえ。それよりも、相変わらず不健康そうな顔

色だな」

「ふふ、そうですね」


 自分のことを覚えていたのが嬉しかったのだろう。緊張していた雪女に、笑顔が

戻ってきた。


「ん?」

 

 しかし、葉介は気付いてしまった。いつもは人に挑みかかるように、真っ直ぐに

相手を見ながら話す熊吉が、顔を背けたまま雪女を見ようとしない。


 いや、時おり一瞬だけ見ては目をそらしている。


 これはまさか……?


 雛を見ると、同じことを思ったのだろう。こちらの考えがわかったように、笑い

をかみ殺した顔でうなずいた。


 なるほど、これはいけるかもしれない。


 だが、相手は雪女である。あやかし嫌いの熊吉が知ったら、どのような反応を見

せるのか……。


 どのように紹介すべきか迷う。


 しかし、そんな葉介の心配を他所に、雛は思い切った。


「お兄ちゃん。こちら『お雪さん』って言うの。今日はどうしても、お兄ちゃんに

お礼が言いたくて来たって。それにね、お雪さんは雪女なんだよ。もちろん、りん

ちゃんと一緒で、いいあやかしさんだけどね」


「「な!?」」


 心外にも、熊吉と声が揃ってしまった。向こうも不本意だったらしく、こちらを

睨みつけている。


「あ、あの、何か悪さをしようというのではないんです。ただ、その、熊吉様と、

お、お友達になれたらいいなと……」


 雪女は恥ずかしがりながらも、自分の思いを伝えようと必死になっている。


 熊吉は目をそらしたまま、しばらく無言であったが、


「……勝手だ」

「え?」

「べ、別に、店に来ようが来まいが、そんなのは客の勝手だ!それに、あの馬鹿猫

やじじいみたいに、人になんの悪さもできねえ役立たずの妖怪がいるのもわかった

しな!」


 どうやら熊吉の照れ隠しであるようだ。それに、雪女に気を使ってか、化物では

なく妖怪と呼んでいる。


「だから別に、き、来たけりゃ勝手に来ればいい!」

「あ、ありがとうございます!」

「そ、それに熊吉『様』なんて呼ぶんじゃねえ。気味が悪い。熊吉でいい!」

「はい、熊吉さん」


 雪女は、嬉しさのあまりか、目に涙をため、顔を紅潮させている。


 あ、これはまずいやつでは……、と思った矢先、ふらりと倒れ掛かる。


「危ねえっ!」


 なんと、一番遠いところにいたはずの熊吉が、彼女を受け止めていた。


「おめえ、やっぱりどっか具合悪いんじゃ……」

「いえ、今のは熊吉さんが原因です。それに、このままだともっと具合が悪くなる

かも……」


 そうは言いながら、雪女は楽しそうだ。


 この場の介抱は熊吉に任せて、いったん雛と家に戻るとしよう。


 そういえば、自分がやろうとしていた形とは違うが、これも人とあやかしの架け

橋になったのだろうか?


 熊吉と雪の今後は、また別の物語である。

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