三十五 伸びあがり
さわやかな秋晴れの日だった。
現在なぜか、りん、雛、妹狐、楓の五人で紅葉狩りに来ている。
事の発端は、楓が葉介を誘いに来たことだ。
二人で紅葉狩りに行かぬかと言う。
なぜ急に?という問いかけに、葉介の腕を掴みその豊満な胸を押し付けてくる。
「今は山が一番美しい時期じゃ。惚れた男と景色を眺め、逢い引きをするのもよい
と思ってな」
ついでに茸や山菜も取ってくればいいという楓に、たまたま来ていた雛と妹狐が
猛反対する。
すったもんだの末、兄狐を除くほぼ全員が参加となったわけである。
兄狐は、
「狐の姿ならともかく、この格好で山歩きは好みませんので」
と、早々に不参加を表明した。
「兄ちゃんが行かないなら僕も……」
妹は少し残念そうに言ったが、
「まったく、そんなことを言っていると先を越されますよ」
兄の一言で参加が決定した。何を越されるのかはよくわからないが。
しかし、皆で歩いて行くには遠すぎる。
葉介一人であったなら、前回のように抱えてひとっ飛びだったであろうが、この
人数ではそうはいかない。
しかし、楓は心配要らぬと言う。
なんでも天狗の団扇を使えば、風に乗せて人を運べるのだとか。
いや、だったらなぜ以前に葉介を抱き抱えていったのか訪ねると、悪戯っぽい
笑顔を見せた。
「そのほうが楽しそうだったからじゃ」
その言葉にまた雛と妹狐が気色ばむが、何とかなだめる。
しかし季節は秋だ。
以前に攫われた時より、ずっと外は寒い。
これでは皆が風邪を引いてしまうのではないか。
しかし楓は心配要らぬと、持っていた皮袋から人数分の毛皮を取り出す。
雛は獣の皮を着るなんてと文句を言っているが、葉介は気付いてしまった。
手回しが良すぎる。
ちょうど人数分の毛皮を持っていたことといい、大人数を運べるように団扇を
持っていたことといい、楓は初めから皆で行くつもりだったのではないか?
確かに団扇は普段から持っているため何ともいえないが、あの毛皮の入った皮袋
は初めて見た。
やはり、優しい人……、いや、あやかしなのだろう。思わず笑みがこぼれる。
「楓さん、ありがとうございます」
葉介の言葉に、予想外に急に顔を赤らめた楓は、
「よ、よさぬか。葉介はお見通しとは思っておったが、あらためて言われると気恥
ずかしいものじゃ」
「あら、ずいぶんと仲がおよろしいんですね」
事情を知らぬ雛から、冷たい視線を向けられる。
その言葉を聞いた楓が、いつもの様子に戻りにんまりと笑う。
「ああ、なんなら葉介はわらわが暖めながら飛んでいってもかまわんのだぞ」
「な!け、結構です!何なら、わたしの分の毛皮も葉介さんに差し上げますから!」
楓はなんだかんだと面倒見がいい。
そういえば、昔弟がいたと言っていた。姉であった彼女にとって、雛や狐は妹の
ような存在なのかもしれない。
反対に、雛や妹狐はどちらも末っ子だ。普段兄からからかわれているような気持
ちになって、反発したくなるのだろうか。
だが葉介が見る限り、なんだかんだと結構仲はいいように見える。
そして、手を振る兄狐を眼下に見ながら、空へと飛び立った。
しばし後、天狗の風に乗って山へ降り立った。
赤や黄色に色づいた木々たちの中を歩いていると、時おり小動物が目の前を通り
過ぎる。
確かに楓の言うとおり、見事な景色だ。
りんは先頭を歩く。
江戸の町で生まれ育ったりんには、山が珍しいのかもしれない。
元気に走り回るたびに、首元の鈴が揺れて音を立てる。
まあ、熊避けになるしいいか。
「あんまり遠くへ行くんじゃないぞ」
そんな言葉も耳に入っているのかはわからないが、景色には目もくれず、茸や
山菜を採ってくる。
しかし、持ち帰るたびに葉介の右腕を掴みぴったりと寄り添う楓に、
「ふむ、食いたいならそなた一人で食うことじゃ。こいつは葉介が食ったら、延々
と笑い続けた後に死ぬぞ。おや、こいつは散々に嘔吐した後に死ぬな。おお、こい
つにいたっては、幻覚を見て気が触れた後に死ぬ」
見事に毒茸、毒草の類いを持ち帰ってきた。
雛はそんな楓から葉介を引き離そうと、背後で目を光らせている。
反対に妹狐はあまり町の外に出ることはないのだろう。珍しげに辺りを見渡し、
ともすればりんのように走り出したそうな素振りをしている。
皆を連れて来るのは迷ったが、やはり連れてきてよかった。
と、道の先に妙な生き物を見つけた。
まるで人と猿の中間のような不思議な姿をし、大きさは遠めに見ても犬くらいで
あろうか
雛と楓は葉介の後ろで言い合いをしているし、りんと妹狐は周りに夢中で気付い
ていない。
皆に声をかけようかと思った矢先、それは少しずつ天へ向かって伸びていく。
つられて視線を上げていく葉介だが、その生き物は見上げれば見上げるほど天に
向かって伸びていく。
「葉介っ!そやつは……!」
楓の声が聞こえたが、少し遅かった。
天地がひっくり帰るような錯覚を覚え、地面に倒れこむ。
まずいっ!
とっさに体を反転し、うつ伏せになり手をつこうとする。
背後から駆け寄る足音と、声が聞こえる。
そして……。
固い地面と思ったところは柔らかかった。
左手を着いた場所は、とくに柔らかく弾力に富んでいる。
顔が着いた真ん中と右手側は、左手の感触と比べると少々固いが、それでも怪我
をしない程度には十分な柔らかさがあった。
強いて言えば、真ん中の顔の部分のほうが、少しだけ柔らかいか。
いや、そんな感触を堪能している場合ではない。すでに柔らかいものの正体には
気付いている。
葉介の額から冷や汗が流れ、顔の下の布地に吸い込まれていく。
しかし、起き上がるにはどちらかの手に力を込めなければならない。まさか顔に
力を込めるわけにはいかないし。
一か八か、一気に飛び起きようとした矢先、
「「い……、嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
中央と右手から、信じられない力で突き飛ばされ宙に浮いた。
吹っ飛んだ葉介が顔を上げた先には、顔を真っ赤にして胸元を押さえ震える中央
の雛と、右手の妹狐。
ちなみに左手の楓はにんまり笑っている。
「おやおや、葉介は大胆じゃのう。それで、誰の胸が好みであった?やはりわらわ
か?それとも小ぶりなほうが好みか?」
真っ赤になりながらも、ピクリと反応する雛と妹狐。
しかし、まさか女性に対して胸の品評をするわけにもいかない。
混乱しながらも、角が立たないようにと悩んだ葉介が出した答えは、
「み、皆さんそれぞれとても素晴らしいものをお持ちです。甲乙付けがたく、一番
など決められるものではありません!」
「「へ、へ、変態っ!!」」
二人の声が揃う。
葉介の気遣いは逆効果であった。
秋の山に、パチーンという乾いた音が響き渡る。
それは幾度か山々にこだまする。
不思議な生き物はいつのまにか姿を消していた。何でも伸びあがりという、人を
転ばせるあやかしなのだという。
足元を蹴飛ばし、目をそらせば消えるのだとか。
帰り際、葉介の両頬に真っ赤な紅葉が付いていた。
もちろん、本物の紅葉ではないが……。
帰宅後、木霊が面白そうに話しかけてくる。
「ほう、お前さん見事な紅葉を持ち帰ってきたもんじゃのう」
今日も平和であった。




