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大江戸銀鈴あやかし絵巻  作者: 徳井ヒロシ
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三十三 狐の嫁入り

 ふと目が覚めた。外はまだ薄明かりだ。


 りんは隣でむにゃむにゃ言いながら眠っている。


 外の明るさからして、起きるには少し早いが、今から二度寝をするほどの時間で

もない。


 せっかくだから、物語の構想でも練ろうかと机に向かう。


 その前に朝の空気を吸って、頭をしゃっきりさせようと思った。


 りんを起こさぬように注意して庭へ出る。


 外は雨であった。いや、雨といっても本格的なものではなく、霧雨である。


 しかし、日が昇りかけ空は明るくなり始めている。


 天気雨であった。空は赤く晴れているのに、霧雨が降っている。


 そういえば、昔父親から聞いた話を思い出した。こんな天気の日には、狐の

嫁入りがあるんだと。


 狐といえば、妹狐もいつか嫁に行く日がくるのだろうか?


 兄狐は……、嫁を貰うのだろうか?まさかとは思うが、嫁に行く気では……。


 妹狐に関しては、なにやら自分が気に入られているような気もする。


 いやいや、考えすぎであろう。


 最近尼天狗に露骨に迫られたからと言って、調子に乗ってはならない。


 生まれてこの方女性と付き合ったこともない自分に、突然振って沸いたように

幾人もの女性との色恋沙汰が持ち上がるわけがない。


 そもそも楓とて、うぶな葉介の反応が面白くて、からかっているだけかもしれな

い。


 外を眺めながらぼんやりとそんなことを考えていると、表のほうからしゃんしゃ

んと、何やら鈴が鳴るような音が聞こえる。


 不思議に思い路地へ出てみる。


「え?」


 唖然とした。そこには花嫁行列がいた。紋付を着た者たちが行列をなし、籠を

担ぎ、馬を引いていた。


 こんな時間に?と疑問を抱いた葉介だったが、しだいに行列に対し、何やら違和

感を感じていく。


 よく見ると皆小さい。


 皆、葉介の腰の辺りまでの背丈である。


 やがて、中央に位置する馬に乗った白無垢の花嫁が通り過ぎる。


 その頃には、違和感の正体に気付いていた。


 それもそのはず、その行列は皆狐である。


 花嫁が目の前を通過し、行列が通り過ぎようかというとき、最後尾の狐が葉介に

気付き話しかけてくる。


「おや、これは今噂の猫又の主殿。こんなところで出会えるとは運がいい。

今日は我が姫様の婚礼の儀、重ねて運のいい事で。主殿もぜひ祝ってください」


 やがて花嫁行列は見えなくなった。


 いつの間にやら雨は上がり、朝日も昇っている。


 ふと気付くと、狐の兄妹が傍らに立っていた。


「なに、同族の祝い事ですからねぇ。ささやかながらお祝いに来たのですよ」


 妹の方はいうと、何やらぼうっとした顔で花嫁が消えていった先をじっと見つめ

ている。


 そんな様子に、声をかけるのをためらっていると、


「この子はこんな格好はしていますが、年頃の娘が憧れるようなものが大好きです

からねえ。自分も花嫁衣装を着て、好きな殿方のもとへ嫁ぎたいと思ったのでしょ

うねぇ」

「ぼ、僕は別にそんなんじゃない!ただ……、き、綺麗だなって……」


 うつむきながら、最期はぼそぼそとつぶやく様な声になる。

 

 そんな妹の姿を見た兄は、葉介の方に向き直りにんまり笑う。


「そんなわけですので葉介殿、せっかくですので妹を貰っていただけませんか?

なに、こう見えてもご存知のとおり、とても女らしいいい子ですよ」

「なっ……、何てこと言うんですか!そういうのはその、本人の気持ちが……」

「に、に、兄ちゃん!変なこと言わないでよ!それに、ぼ、僕は別にこいつのこと

なんか……」


 妹狐は真っ赤になって怒っている。


「そ、そうですよ。こういうのは本人同士の気持ちが一番大事なんですから、周り

が無理に進めることではありませんし……」

「そ、そうだよ。兄ちゃんは強引過ぎるんだよ!」


 言いながらも、妹狐の表情が曇っていく。どうしたのだろう?


「それにですね、妹さんが可愛いのも、素直ないい子であるのも、優しいのも、

女らしいのも十分わかっています。もちろん妹さんのことを嫌いというわけでは

ありませんし。だからこそ、自分なんかにはもったいないというか……」

「なっ……。ば、馬鹿!気味の悪いこと言ってんなよ!」

「やれやれ、せっかくの好機を……。素直じゃない子だねぇ……。

まあ、それはそうと、雛殿といい楓殿といい、皆葉介殿と名前で呼び合っている

のに、この子だけ名を呼ばれないのはいかがなものでしょうか?」

「あ、確かに。もし構わないなら、妹さんの名前を知りたいです」

「おや、いいのですか?ふふ、この子の名は……」

「わーっ!!何勝手に言おうとしてんだよ」

「す、すみません。嫌でしたら無理には……」

「……………向いたら。」

「え?」

「き、気が向いたら……、気が向いたら今度教えてやる!それから兄ちゃん、勝手

に言うなよ!」


 顔を真っ赤にした妹狐は、そう叫ぶと一人で走って行ってしまった。


「す、すみません。妹さんの気分を害してしまったようで……」


 しかし、兄狐はおかしそうに笑っている。


「いえいえ、あの子のあんなに嬉しそうな顔は久しぶりに見ましたよ。葉介殿に

褒められたのが、よほど嬉しかったのでしょうねぇ」


 兄狐はひととおり笑った後、


「まあ、貰ってくれというのは早急すぎますね。でも……、そうですね、あの娘た

ちが大人になるのには三年……いや、四年ほどですか……。彼女たちが年頃になっ

ても葉介殿が独り身であったなら、きっとあの子にも勝ち目が……」


 なにやらつぶやいている。


「それでは、葉介殿がもう五年立っても独り身だったら、妹を貰ってやってくださ

い」

「な、なぜ五年なんですか?いや、それ以前に妹さんの気持ちが……」

「あら、人とあやかしの架け橋になるというのは嘘だったのでしょうか?

人とあやかしが契りを結べば、これ以上ないほどの立派な架け橋になると思います

が……」

「い、いや、それはそうでしょうが……」

「それに、早ければ数年、遅くても五年もすれば大勢は決するでしょうし」


 意味深な言葉に、あいまいな返事しかできぬ葉介であった。


 しかし、五年か……。


 そんな先のことは考えたこともなかった。しかし、人と同じように成長したなら

ば、五年もすれば妹狐は驚くほどに美しくなっているだろう。

 

 髪を伸ばし、化粧をした彼女の白無垢姿を想像する。


 そして、雛やりんも同じように成長したならば……。


 そんな葉介の心の内を見透かしたように、


「ふふ、五年なぞ長いように見えて、あっという間に過ぎ去ってしまいます。

それまでに何が本当に大切か、自分の気持ちをしっかりと見定めることですね」


 そうして兄は葉介に一礼すると、妹とは正反対の仕草で優雅に去って行った。

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